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Happy lucky? vacation
「はあ、今日も暑いね。暑いって言ってもどうにもなんないんだけどさ」
「だな。『心頭を滅却すれば火もまた涼し』って俺らでは無理だ。」
ぼくは篠原空(しのはらそら)」
高校一年生で、ただいま夏休み中。
そして、隣にいるのが神崎陸(かんざきりく)
ぼくの幼馴染みであり、大切な人。先日長年の思いが実って、ついに恋人同士になれた。
「そうだよね。おそらく現代ほど猛暑じゃなかったと思うしね」
「だよなぁ」
リクは笑っている。
「打ち水しても、瞬く間に乾いてるし、そもそも昔アスファルトなんてないもんね」
ぼくはリクが渡してくれたジンジャーエールを飲む。
「ないない。そんな俺らに昔の歴史をどうだったか書けって、無茶振りな教科だよな」
「あはは…そうだよね」
歴史が苦手なリクは、暗記したらできる科目だけど、納得がいかないようだ。
現に宿題が全然進んでいない。
「歴史はぼくが受け持つよ。そのかわり数学お願い」
ぼくはプリントをちょうだいとリクに手を伸ばした。
するとプリントでなく、リクがぼくの腕の中に入ってきた。
「どう?いつもと逆の気分は?」
お腹のあたりにリクの頭があって、上目使いで見られるのはなんだか新鮮だ。
きれいな切れ長の瞳。
まっすぐぼくをみつめる視線に、
思わずぼくはドキドキしてしまった。
「顔赤いよ?大丈夫?」
リクはやさしいけど、色っぽい視線を向けてくる。
文句無しにかっこいい。
「かわいいな」
リクは首をのばし、ぼくの後頭部に手をやり、すこし自分の方へ引き寄せる。
リクの目にぼくがうつる。
ゆっくり目を閉じた。
そっと触れた唇はとても
柔らかい…。
「宿題手伝ってくれるお礼」
「ふふ…じゃ、もう一回」
ぼくのお願いに
リクは穏やかな笑みを浮かべた。
今度はぼくの膝に手をおいて起き上がり、正面からぼくの顎をもって唇を寄せてきた。
幸せだ…。
「うお―い、少年たち、頑張ってるかぁ」
階下から近づいてくる声。
たっくんだ。
たっくんはリクのいとこだ。
現在の留学先のニューヨ―クから
一時帰国している。
ノックをしてくれるのは、ありがたい。
ぼくらは体を離すと、宿題をやっているふりをした。
「は―い。頑張ってるよ」
「ほんとかぁ?でも真面目にしないと終わらん量だよな…」
ドアから一番近い机の床に腰を落とすたっくん。
「あ、挨拶わすれてた。ソラくん、リク、Good morning!」
たっくんはぼくにハグをした。
それをリクがにらんでいる。
「あ、リクもね。もちろん」
「……」
たっくんの手を振り払うのも大人げないと思ったのか、不機嫌な顔のまま、ハグを受け入れている。
無言の数秒間が長く感じる。
「さて!二人ともまた宿題が増えたんだって?」
たっくんの言葉に、思わずぼくとリクは顔を見合わせた。
「「なんで知ってるの!?」」
「君らが登校日の日、俺、公園あたりを散歩してたんだけど、
そのとき同じ制服着た通りすがりの子に聞いたんだ」
「あちゃー」
思わずぼくは頭を抱えた。
「めんどくせ…」
リクは天を仰いでいる。
「だからさ、息抜きも兼ねて、ショッピングいかない?」
たっくんの言葉で、何を聞いたか
なんとなく理解できた。
リクとぼくは顔を見合わせた。
(嫌な予感が当たってないといいな)
おそらく二人とも同じことを考えているような気がした。
―――――――――――――――
外はまだ熱気で蜃気楼のように景色がゆらゆらと揺れるほど、夏本番の陽気。
けれどぼくらは新学期からは忙しい。
なぜなら、秋は体育祭に文化祭、なんだかんだでやらなきゃいけないことが多すぎる。
うちの学校はなぜか文化祭に力を入れており、なんと兄弟校と合同でやるというわけのわからない伝統になっている。
それもなんでこんな釣り合わない高校同士が兄弟校なのかわからない。
担任によると、私立華厳(けごん)学院は男子校で、セレブ校。
ぼくらのいる滝山高校は共学で市立だ。
それぞれの学校の創設者同士が親友だったらしく、その縁で
兄弟校になったらしい。
良家のお坊っちゃまとか、ざらにいるから、下に見られるのが嫌だなぁ…。
内心そう思っている。
たまに本当に優しい子もいるけれど、生息している確率はかなり少ない。
そして、うちは共学校なので、女子はミスコンテスト、
男子は、ミスターベストカップルコンテストというのが行われる。
男子の場合は、華厳学院に合わせて、男性カップル同士だ。
たっくんは、おそらくぼくらが選出されるであろう…という予測をしたに違いない。
と、なるとぼくは女装しなくてはいけないから、その服をみるのが目的じゃないかなと推測している。
現にたっくんはファッションフロアを歩いているしね。
しかもメンズでなく、レディースのほうにいるのが…。
「どんな格好でも、ソラはかわいいんだけどな」
ぽつりとリクが言った。
「へへ、ありがとう。リクもそうだよ。なんでも似合うし、いつでもカッコいい」
リクは照れたのか、ぼくの頭をポンポンしてくれた。
先を歩いていたたっくんがこちらに向かって手招きする。
「ここ…」
お店はパステルカラーの洋服とレ―スやリボンが並べられたキラキラした空間…。
男同士のカップリングは
自分達でテ―マを決めていいことになっている。
ここを選んでるということは…。
ぼくはリクの方をみた。
なんだかちょっと目が泳いでる。
動揺しているのかな。
ぼくらのテ―マは
「嫉妬深い執事と愛されメイド」
らしい。ひとつききたい。
なぜたっくんが決めた。
そこよそこ。
これはコスプレじゃないの?
ハロウィンの仮装とも違うの?
店先でぼんやりしていると、
「いらっしゃいませ―」
アニメ声のツインテ―ルの店員さんが出てきた。
似合ってるけど…。
これはぼくはできそうにない。
この空間自体が落ち着かない。
しかもこのトリオだと目立ちすぎる。
あの子かわいい!
横の男の人どっちもかっこいい!
という声が聞こえる。
なぜ夏休みにこんな罰ゲ―ムのようなことにならなけりゃいけないんだ。
「実は執事の服とメイド服を探してまして…」
とたっくんがどんどん話を進めていく。
「大丈夫でぇす。当店はメイドカフェのお衣装も取り扱っておりますので、本格的ですよ―。男の娘(こ)サイズも揃っております。」
「やっぱり需要は多いんですか?」
「そうですねぇ。やはりみなさん休日くらいは
日常を忘れておもてなしされたいとか、
優しくされたいとか、
癒しを求めていらっしゃる方が多いのかとおもいますぅ」
また、男装カフェもあるので、
執事の服はメンズ、レディースともにサイズが豊富だ。
「どういった感じのがおすすめですか?」
ぐいぐい進めていくたっくん。
声をかけようとすると急にぼくらのほうを振り向き、
「この二人に合う衣装をおねがいします!」
「おまかせください!」
ぼくとリクは顔を見合わせ、
反論をあきらめた。
もうこうなったらさっさと決めて、帰りたい。
「では、奥から何着か本格的なお衣装を選んでまいります。
もし店頭に出ているものでも
気にいったものがあれば、遠慮なく試着してくださいねぇ」
ツインテ―ル店員は、分厚いカ―テンの中に入っていった。
品出しをしていたもう一人の店員が、やってきた。こちらはほわっとしたうさ耳がついている。
「彼女さんですか?可愛いですね」
ぼくがずっとリクにくっついていたからか、店員さんがリクにたずねてきた。
「あっ、えっと、あの実は…」
「はい、そうです」
ぼくが驚いてリクを見ると、
「性別はともかく、彼女は合ってる」
と小声でいった。
は、はずかしい…。
でも否定されるとそれも悲しい。
「では、お二人のお衣装をさがされているのはお兄様ですか?」
たっくんは
「正確にはいとこなんです。この男のほうの」
「ああ~、そう言われると、どことなく雰囲気は似てらっしゃいますね」
ぼくはもう嬉しいけど恥ずかしくて、外に出たかったんだけど、
うしろからそっとリクが腕をまわして、手を握ってくれた。
それだけでぼくは嬉しくなって
リクに笑顔を向けた。
リクは凛々しい切れ長の目がカッコいいパ―ツのひとつなんだ。
けれど素でいるときは、目を細めて、とても穏やかで優しい目をしている。
笑うと普段の大人っぽさが消えて、それもまた素敵なんだ。
二人でたっくんのすこし後を歩き、店内を見渡す。
あ、コスプレはコスプレ用で、簡単に着用できるものがそろっているんだ。
チャイナドレスや定番のナ―ス服、そしてハロウィンの衣装も並んでいる。
「いっぱい種類があるね」
「ああ。こんなに幅広く
展開してあるとは予想してなかった」
ぼくらはアクセサリーをみていると、奥にはいっていた店員さんが
「こちらにも試着室ありますのであててみるだけでも、どうぞ!」
と奥に招かれた。
「地下アイドルの方とか有名な方が来られているときは、見られないようこちらにご案内しているんです。衣装を置いているので手狭ですけど…」
いよいよ着せ替え人形になるときがきたようだ。
ぼくらは覚悟を決めて、中に入っていった。
つづく。