見出し画像

Memories of love⑥

「嘘だろ…」
「これ夏休み中に終わるの!?」

クラス全体がざわめいている。

それは宿題の量。

期末テストがおわり、
赤点組は補習もおわって、やれやれと思っていたときに山とでた宿題。

「はあ…」

ふと見ると、リクも表情が固まっている。

「篠原くん、俺と得意分野わけっこしてやらん?文系得意だろ?」

「いいよ。終わらないよね。その方がぼくも助かる」

ん…なんでリクはぼくが文系なのを知っているのかな?

そんな話しただろうか?

誰かから聞いたのかな。
あ、もしかしたらたっくんに聞いたのかもしれない。

とりあえず宿題に没頭したら、
なんともいいがたい
気まずさも消えるだろう。

その点はありがたかった。

先生からの夏休みの諸注意をうけたあと、ぼくらは夏休みのはじまりを迎えた。

「篠原くん…よければ一緒に帰らない?」

「うん。いいよ」

ここで戸惑うとまた不信感を抱かせてしまうから、ぼくは即答した。

帰り支度を終えて、階段を降りていくと、何やら校門が騒がしい。

女子がカッコいい!とかキャ―とか、誰の彼氏?と人だかりが出来ている。

その先には一台の車がとまっていた。

「なに…?」

近づいていっても、なかなか全貌が見えない。

「あれ…」

リクはなにか気づいたようだ。

車のドアが開き、
運転席から出てきたのは、サングラスをかけた
たっくんだった。

「家にいても退屈だから迎えにきたよ」

にこやかに手を振るたっくん。

「神崎くんのお兄さん?」

「篠原くんのお兄さん?」

あちこちから質問の声が飛ぶ。

「俺は神崎陸のイトコだよ。ごめんね。お騒がせしてしまって」

にこやかに群がる女性をやさしく避けて、ぼくの腕を引っ張る。

「さ、早くのって、ソラくんは前、リクは後ろ。しんどくなったら寝転げるから」

あわただしく車に入ったぼくらは
シ―トベルトを装着した。

「二人ともいい?いくよ」

たっくんは「じゃあね、みんないい夏休みを過ごしてね」

と窓から女子たちに手を振り、
エンジンをかけた。

「びっくりしたぁ…まさかたっくんが学校に来てるなんて」

「俺の目論み大成功。二人を驚かせたくって来た」

そういって、たっくんはいたずらっぽい笑みをうかべた。

「でも助かった。山のように宿題が出て、二人とも足取りが重かったのはたしかなんだ」

リクの言葉に、たっくんはそうかそうかとうなづき、

「大学は大学でレポートあるからなぁ。高校と違ってほんと先生次第なところあるけど」

たっくんはそう言いながら、解放感ある海が見える公園にいこうと
提案してくれた。

「ずっと教室で閉じ込められてるのもきついでしょ?二人ともリラックスできるかなって」
  

「うん。ありがとう、たっくん」

「ありがてぇ。いまだけは現実逃避して―。あの宿題の山から」

「二人とも相当ショックだったんだな」
たっくんは笑いながら、すぐつくからゆっくりしてな、と声をかけてくれた。

青い空。夏の空は人の心をとらえてはなさない、不思議な魅力がある。

冬の空が高く、夏より早く暮れゆく空の美しさを教えてくれるのと
違って。

視界に海岸線が近づいてくる。
霞んでいるが、はるか向こうにかかかる赤い橋、小さな船が見える。

「さてさて、二人はここで降りて。俺は駐車場に車おいてくるから」

海の見える公園の入り口で僕らはおり、少し先の駐車場にたっくんの車はむかった。

「先行っとこうか」
「うん」

岩でできた、ごつごつした階段。

「危ないから手、貸して」

先を歩くリクがぼくに手を伸ばす。

「ありがと」

その仕草があまりにも自然で、
記憶を失くす前のリクみたいだった。

差し出したぎゅっと握ってくれた手。
いつもぼくの頭を撫でてくれた手。

握った手を通して、じんわりと心をがあたたかくなる。

座りやすそうなところを探して、僕らは腰かけた。

目の前には太陽の光を受けた
海面がきらきらと輝いている。

「きれいだね」
「ああ。広い海をみていると、解放感があって気持ちいい」

よかった…。たっくんに感謝しなきゃ。
リクの心と身体にとっても、マイナスにはならないはずだ。

「なあ、俺、篠原くんのこと、名字で呼んでたっけ?」

ふと、リクがぼくの方を向いてまっすぐにこっちをみる。

リクの瞳のなかにぼくが映っている。

「いや、ソラって呼んでたよ。リクは覚えてないかもだけど、幼稚園からそう呼ばれてた」

その声でやさしくソラ、とよばれるのがたまらなく好きなんだ。

ぼくの全てを受け入れてくれるような、やわらかくてあたたかさを感じる声。

「そっか…覚えてなくてごめんな」

「大丈夫。それで嫌いになったりしないよ」

「でも、いつもリクは哀しい目をして、笑うんだ。俺と一緒にいるとき」

「リク…」

やめて、やめてよ。
また涙が出てしまう。
リクのなかに以前のぼくはいないんだ。

「おまたせ―」

足音とともに、明るい声がやってくる。

「暑いからね。水分補給は大事だから。はい」

たっくんはぼくらにスポーツドリンクを買ってきてくれた。

「ありがとう!いただきます!」

「ありがと。やっぱたっくんは気が利くよなぁ、だからもてるんだろうな」

「向こうはレディーファ―ストの国だからね。でも、これくらい日本でも普通でない?」

たっくんは、
ぼくのとなりに腰かけて、ペットボトルを開けた。

ふたが固い…
ぼくもペットボトルを開けようとしたが開かない。

すると自分のあけたドリンクを渡してくれて、
ぼくのもっていたペットボトルを
取り、開けてくれた。

「これ固かったな」

たっくんはたまにこういうのあるね、と笑っていた。

「あせった―。ぼくも力こんなになかったかなと思ったんだけど、これが固すぎたんだね」

「自販機から落ちたときにすこし歪んだかな?開いてよかった」

リクはチラチラこっちを見ていた。
これ以上話すと、辛くなりそうだったから、たっくんがいてよかった。

「ソラは焼けない体質?白いなぁ」

シャツから伸びるぼくの腕をまじまじと見ている。

「赤くなって終わり。白すぎて嫌なんだけど」

「いや、そんなことない。ソラはそのまんまでいいんだよ。無理して変わることもない。俺が保証する」

「う―ん、そうかなあ?」

「大丈夫、大丈夫」

たっくんはそういって頭をぽんぽんしてくれた。

たっくんの眼がやさしい。

頭のいいたっくんのことだ、ぼくが内心落ち込んでいて、それを外に出せない辛さを汲んでくれているんだろう。

リクはまた、チラチラこちらを見ていたが、なにも言わなかった。
一瞬、悲しそうにみえたのは気のせいかな?
ぼくのこと、忘れているもんね。

そのあとぼくらは海沿いを歩き、サイクリングしている人や子供連れの人、散歩がてらに歩いているお年寄り、いろんな人とすれ違いながら穏やかなひとときを過ごした。

「さあて、今日は取り合えず、帰りますか。俺、車とってくるね。入り口でまってて」

たっくんが早足で駐車場へむかった。

また、石の階段のところへくると
「ソラ、手を貸して」
とリクが
来たときと同じようにぼくの手を握ってくれた。

(好きだ)

空耳だろうか?
ぼくの妄想かな?

声が聞こえた気がした。

リクは繋いだ手をぎゅっと強く握った。

ぼくはずっとずっとリクを好きだよ…。

返事の代わりに、ぼくも強く手を握り返した。

たっくんがくるまでのすこしの間、ぼくらは手を握っていた。










いいなと思ったら応援しよう!