君は五番目の季節
春が来て、夏が来て、秋が来て、また冬が来た。
夜の空にはオリオン座が見える。
彼女に出会ったのはもう2年も前のことだ。
「天使に会ったんだ」だなんて、誰に話しても信じてもらえなかった。
今、目の前で天使を抱いている彼女に出会うまでは。
仕事をクビになり、自暴自棄になって死んでやろうと思ったのも
もう2年前のことかと思い出すと、何だか笑えてきてしまう。
いや、あの時は真剣だったのだ。
あくまでも自分なりに、だけど。
もしもあの時、彼女に会っていなかったら今の自分はいない。
自分の不甲斐なさに苛立って、八つ当たりをしてしまったのは、
今考えれば本当に申し訳なかった。
大きな目にいっぱい涙をためて、運命を悔やんだ彼女の顔は忘れられない。
あれから何とか実家へ連絡し、故郷に戻った。
最初のうちは何だか負けたような気がして、
何に対してかわからないが悔しい気持ちでいっぱいだった。
しかし、父に紹介された小さな工場で汗を流しながら働くうちに、
いつのまにか製品の精度を上げることに喜びを覚えるようになった。
工学部で学んだことは無駄にならなかったのだと思うと、何だか嬉しくて
仕事はもっと楽しくなった。
学生時代は必要ないと思っていた「友人」はなぜか増えた。
不思議と、生きづらさは感じなかった。
自分がよく笑う人間になったように感じた。
そして今、家族と呼べる存在が目の前にいる。
これが幸せってやつなのかなあ、なんて考えていると彼女から声がかかった。
「ほら、抱っこしてあげてよ。パパ。」
パパ、だって。
そういえば、あの時の天使にもそう呼ばれたような気がする。
小さな小さな娘を恐る恐る胸に抱く。
軽い。
そのあたたかさを腕に感じているうちに、なぜか涙があふれてきた。
「やだ、どうしたの?」
「いや、なんか。よくわかんないんだけど。」
かすかな重みがたまらなく愛おしい。
「ふふ、おかしな人。パパ泣いちゃったね。」
しっかりしてほしいよねーと笑いながら娘に話しかける妻を見て
あの時の天使の顔を思い出す。
そうだ、あの子にもしっかりしなさいって言われたんだった。
背筋をぐっと伸ばす。
あの子の分まで、なんていうのはおこがましいけど
あの子が見せてくれた蝋燭の長さが僕の人生の長さだとしたら、
その全部をかけて、この幸せを守りたいと思う。
それが僕にできる、精一杯の恩返しだ。
春が来て、夏が来て、秋が来てまた冬が来ても
オリオン座を見るたびに必ず君を思い出す。
君は僕の五番目の季節。
おわり
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