星を見るひと
天宮貴之には、不思議なものが見えた。
いつからだったのか詳しい時期は覚えていない。
「あの白い人だれ?」と尋ねた時の両親の顔はよく覚えている。
それが母方の祖父が息を引き取った直後だったからなのか、“アレ”はよくないものだと察するには充分なほどの表情だった。
それから、何度も誰かの死の間際に白い人を見た。
彼らは死を連れてやってくる。人間の魂を取っていく。
そういうものだと分かっていても、貴之には彼らを止める方法がわからなかった。
「白い人が、白い人が」と繰り返し、ノイローゼになりかけた貴之を、両親は田舎で暮らす父方の祖父に預けた。
父の実家は山奥の小さなプラネタリウムで、祖父はそこの館長だった。
彼は貴之に詳しい事情を聞くことはなく、ただ「星を見ろ」と言った。
貴之は、毎晩星を眺めるようになった。
プラネタリウムで行われる星空観察会には、毎晩のように祖父の友人たちが訪れた。気難しい祖父が、その時だけはよく笑った。貴之もよく笑った。
祖父の友人は変わった人が多かった。
特に奥村という男は、特別変人だった。
超常現象研究家を名乗る彼は、白い人が見えるという貴之の話を、それはそれは嬉しそうに聞いた。そして必ず「いいな〜!僕も見たい!」と言った。
奥村は、貴之に魂の巡りについて語って聞かせた。
超常現象研究家といいながら、彼の話す内容はほとんどが科学に基づいたものだった。
「いいかい、貴ちゃん。これは都市伝説なんだけどさ、魂にはどうやら重さがあるらしいんだよ。質量があるってことは、魂は物質なんだ。物質はこの世界をめぐってる。質量保存の法則って知ってるだろ?」
奥村は、目をキラキラさせてそう語った。
白い人はきっと魂を運び巡らせるものなのだ、という奥村の持論に対して祖母は「まるで天使みたいね」と言った。
それは貴之にとって救いになった。
近くの町で不動産屋を営んでいる高尾は、毎日のようにプラネタリウムに来ていた。そして必ず貴之の星空観察会に同行した。
星が好きだという彼は、少年のような顔をして望遠鏡を覗いていた。
「人は死ぬと星になるっていうけどさ、それなら悪くないなって思うよな」というのが、高尾の口癖だった。
昔秘書だったという奥さんが迎えに来ると「いつかお前も、お前だけの星を見つける日が来るんだよ」と惚気ながら帰っていった。
……人は死ぬと星になるというのなら、
自分が見ているものは星なのだろうか?
プラネタリウムで過ごすうちに、貴之の考え方はじんわりと変化していった。毎週末に様子を見に来る両親は、貴之の変化に驚いているようだった。
貴之は、奥村が亡くなる時も白い人を見た。
奥村には黙っているつもりだったが、しっかりバレた。
泣きじゃくる貴之に向かって奥村は「ありがとう」と言った。
魂の迎えが来ることは幸せなことなのだと、独りで逝かなくていいと知ることができて安心したのだと、そう言っていつもと同じように帰っていった。
そうして次の日、彼は空へ還っていった。
奥村は、貴之に手紙を残した。
それには、貴之が見ているものについての考察がびっしり書かれていた。
手紙というより、もはや論文だった。
珍しく落ち込んでいる祖父に、貴之はその手紙を見せた。
祖父は一通り目を通したあと、貴之の頭を撫でて「そうか」とだけ言った。
祖母は、べしょべしょに泣きながら何度も「ありがとう」と繰り返した。
その手紙は、祖父母にとっても大切なものになった。
貴之は、彼らが少しうらやましかった。
これからの人生で、これほど大切に思える何かに出会えるだろうか。
それを、探してみたいと思った。
貴之の心に、なにかが灯った。
天宮貴之には、不思議なものが見えた。
いつからだったのか詳しい時期は覚えていない。
けれど、それは悪いものではないのだと信じている。
星を見よう。
いつか、世界の巡りの中でたいせつなものを見つけるまで。
おわり
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