紫陽花と向日葵
『紫陽花と向日葵』
登場人物
紫(ゆかり) なんだかわかんなくなっちゃった人
ケータイ 紫のスマフォ。最近ちょっと調子が悪い
日向(ひなた) アイスの移動販売の人
1.電車を降りる
紫 夏は、キライです。暑いし汗で化粧ベトベトになるし、いらいらするし、冷房ガンガンの部屋から一歩出ると外暑くて肌とかボロボロになるし。太陽に向かって咲く向日葵も、真っ白な入道雲も、真っ青な海も、昔は綺麗だと思ったけど今はなんだか作り物のような気がして。あんなに好きだったのになぁ。なんて、電車の外を見る事すら億劫に、なってしまいました。
紫がイヤホンをして座ったまま寝ている。
ケータイが現れる。起動。
ケータイ 朝7時30分です。アラームを起動します。ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ(何かに叩かれる)って!!…スヌーズを起動します。10分後にアラームを鳴らします。(叩かれたところを擦って)扱いが雑なんだよなあ。そうやって叩くからすぐ壊れちゃうんだよ。朝7時31分です。アラームを起動します。ぴぴぴっぴぴぴっ(また何かに叩かれる)って!!!1分後にアラームかけてるならスヌーズ設定すんなっって!!ああもう、さっさと起きろよ!乗り過ごしても知らないからな!!
ケータイがふて腐れる。ゆかりは眠ったまま。
電車のドアが閉まる。発車。電車の音。
ケータイ おーい、電車出ちゃったよ。ポン!新着メッセージが届いています。「昨日はごめん。今日会えないかな?」「仕事終わったら連絡するから」「スタンプ」(謝るスタンプの真似)ピンポン!新着メッセージが届いています。「おーい、どこにいる?」「朝礼はじまっちゃうよ」ねえ、起きなくていいの?また怒られちゃうよ?…ゆか先輩から着信。(ラインの着信音を歌う)…新着メッセージが届いています。「課長怒ってるよ~」「スタンプ」(怒っているスタンプの真似)…かな先輩から着信。(ラインの着信音を歌う)…新着メッセージがとど…ああ!忙しいなあもう!!!!
ケータイが強制終了する。やはりゆかりは眠ったまま。
どこからともなく海の音。
車掌さん お客さん、終点ですよ。
紫 (起きる)はっ…?!すみません、すぐ降ります!!
紫が電車を降りる。波の音。
紫 えっ、ここ、どこ?
音楽、オープニングダンス。
紫が呆然と立ち尽くす。
波の音。初夏の海。目の前には水平線。
紫 いやいやいや、えっ?どこ?(ケータイを取り出す)えっ、電源落ちてる?!うそでしょー!ちょっと困るんだけど!
ケータイが起き上がる。
ケータイ (あくびをして)おはようございます。今日の天気は晴れ。気温は平年よりも暑く、真夏日となるでしょう。6月生まれの運勢は50点!予想外の展開にびっくりするかも。ラッキーポイントは…
紫 いやちょっと!なんで落ちてんの?!アラームは?!
ケータイ 46分前にスヌーズを起動しました。
紫 うそでしょ…
ケータイ ピンポン!新着メッセージが27件あります。アプリを起動しますか?
紫 うわ、えぐいなあ。
ケータイ アプリを起動します。ここから未読メッセージです。
紫 …(ため息をついて)先輩に電話しよ…。
ケータイ こっちは読まなくていいんですか?
紫 もうどうでもいいや。
ケータイ 「かな先輩」に発信します。(発信音)
波の音。紫が海の方を見る。
紫 うわ…
ケータイ 「あっ、ゆかりちゃん?今どこにいんの?大丈夫??」
紫 きれい…
ケータイ 「ゆかりちゃん、聞こえるー?」
紫 …すみません、今日おやすみします。
ケータイ 「えっ、調子でも悪いの?大丈夫?ゆかりちゃん、聞いてる?休むなら休むでちゃんと連絡いれなきゃだめだよー。明日はおいでよ、課長に謝っとくから…」
紫が電話を切って、海の方に向かう。
紫 …潮の匂いがする。
ケータイ 新着メッセージがあります。アプリを起動しますか?
紫 ううん。いい。
ケータイ だよね。
紫 ねえ、ここどこ?
ケータイ 地図アプリを起動します。現在地はこちらです。
紫 (笑って)めっちゃ遠い。私どんだけ寝てたのよ。
ケータイ ただ今の時刻は、9:05です。よく寝てたな。
紫 よく寝たなー。ケータイ電源落ちるんだもんなー。
ケータイ アンタがばしばし叩くからだよ。
紫 ま、今日はいいか。せっかく、海だし。
ケータイ あちらの方向に、海岸があります。
紫 ちょっと、行ってみるか。
ケータイ 海水に落とさないでよ。
紫 いってみよ。せっかく、海だし。
ケータイ いいんじゃない?せっかく、海だし。
紫が海に向かう。ケータイがついていく。
波の音。
2.アイスを食べる。
日向がやってくる。頭には麦わら帽子。
自転車の後ろにはクーラーボックス。
日向 あっつ…もう夏だな…(クーラーボックスを見て)一個だけ。一個だけね。
アイスを取り出して食べる。
日向 あー、うまーい。
紫がやってくる。ケータイがついてくる。
紫 あっつ…
ケータイ 現在地の気温は30℃です。
紫 うわ、夏じゃん
日向 夏ですよねえ
紫 わ、びっくりした。…人だ。
日向 どうも。
紫 どうも。
ケータイ 「会社」から着信です。(ダースベイダーのテーマを歌う)
紫 うっわ。(と携帯を操作する)
ケータイ 「会社」からの不在着信があります。着拒しちゃえば?
日向 ケータイ、すごい鳴ってたけど大丈夫?
紫 あ、大丈夫です。たぶん。
日向 スターウォーズ、好きなの?
紫 えっ、いや、そうでもなくて
日向 あ、そっすか。
紫 すみません…
日向 お姉さん、仕事?
紫 え、いや。うーん。
日向 スーツで観光?珍しいね。
紫 そうですよね…
ケータイ ウェブで「ナンパ 逃げる」を検索します。
日向 どっから来たの?名前は?
ケータイ インターネットに接続されていません。もう一度お試しください。
紫 うそでしょ…
ケータイ いてっ、叩くなよ。しょうがないじゃん電波無いの!
日向 どうしたの?
紫 や、なんか。電波なくて。
日向 そうだろうねー。ここ田舎だから。
紫 あ、そうなんですか。
日向 あっ、もしかしてナンパか何かと思ってるでしょ?ごめんね、急に話しかけて。
紫 いやっそんなことはないんですけども!
ケータイ 検索履歴見ろよ。
日向 この辺でそういう格好の人珍しいから、つい。
紫 あ、そうなんですね。
日向 そう、漁師さんとかしかいないから。だから、観光だったら何も無いよ。海と、空と雲だけ。あ、ここにアイスはあります。
紫 (笑って)アイス売ってるんですか。
日向 うん。お1ついかがっすか。
紫 あ、じゃあ。
日向 バニラとチョコと抹茶、あといちご。どれがいい?
紫 あ、バニラで。
日向 はい、どうぞ。
紫 どうも。
日向 まいど。
日向がクーラーボックスからアイスを取り出す。
紫がお金を払って受け取る。
紫 あー、つめたーい。
日向 こういう日はアイスでしょ。
紫 ですねー。
ケータイ 僕にも。僕にも。そろそろ熱暴走しちゃうよ。
紫 うわ、ケータイあっつ。すみません、保冷剤とかないです?
日向 あるよ。はい。
紫 すみません。(受け取って携帯を冷やす)
ケータイ すずしー。
日向 あ、お姉さん仕事はいいの?
紫 あー実は電車、乗り過ごしちゃって。起きたらここだったんで。
日向 え、もしかしてあっちから?ずっと寝てたの?すごいね。
紫 ケータイの電源落ちたんですよ。アラームかけといたのに。
ケータイ 叩くからだよ。
日向 会社、戻んなくていいの?
紫 …せっかく、海だし。
日向 え?
紫 いや、なんかよくわかんなくなっちゃって。せっかく海来たし。きれいだし。ま、いいかなって。
日向 そっか。
波の音
ケータイ 「なつひこ」から着信です。(着信音を歌う)
紫 (携帯を見て)あー。
ケータイ 出る?
紫 一応、出とくかな…(電話に出て)もしもし
ケータイ 「あ、あのさー。朝のライン見た?」
紫 見た。けど…
ケータイ 「やっぱ、ちゃんと顔見て話した方が良いと思ってさ」
紫 うん
ケータイ 「俺今日、外回りだけだから定時で終われると思うんだよね。」
紫 そう
ケータイ 「ゆかりは、何時終わり?どっかで待ち合わせしよう。」
紫 うーん、ちょっとわかんない。
ケータイ 「忙しいの?」
紫 いや、そういうわけじゃないんだけど。今日帰るかもわかんないし。
ケータイ 「え?どういうこと?」
紫 海、めっちゃきれいだから。帰らないかも。
ケータイ 「は?海?お前どこにいんの?」
紫 (笑って)わかんない。
ケータイ 「大丈夫か?」
紫 わかんない。また連絡するから。じゃあね。
ケータイ 「おい、ゆかり?おい!!」
紫が電話を切る。アイスを食べる。
日向 (笑って)お姉さん、わかんないしか言ってなかったね。
紫 あ、本当ですね。
日向 彼氏さん?
紫 まあ、そんな感じです。
日向 喧嘩?
紫 いや、それが…プロポーズ?的なやつされまして。
日向 えっ、おめでとうじゃん。
紫 や、うーーん。どうなんですかね。わかんないです。
日向 ふーん。何がダメなの?
紫 え?
日向 彼氏さんの。何がダメだったの?お姉さん的に。
紫 ダメなとこがなさすぎるから、ダメなのかも。うん。
日向 んん、むずかしい。
紫 なんか、まだ決めたくないのかも。いろいろと。
日向 (笑って)お姉さん面白いね。
紫 いえ、私など何の面白味もない人間です。
ケータイ そうでもねえよ。
日向 そうでもないでしょ。そうじゃなかったら、ここまで寝過ごさないでしょ。
紫 まあ、それもそうか
ケータイ ピンポン!新着メッセージが10件あります。アプリを起動しますか?
紫 いや、こりゃ勘弁。
ケータイ だよねー!
紫 でも、なんか逃げてるみたいでヤダな
日向 逃げることの何がダメなの?
紫 え、だって。
日向 立ち向かうだけが、挑戦じゃないでしょ。人間の祖先だって、強いやつから逃げたから肺とか手とかが進化したんだよ。逃げるのは負けじゃないよ。戦略だよ。
紫 戦略、かあ。
日向 俺だって逃げたしねって。うわ説教くさ。やだね。ごめんごめん。
紫が笑う。
日向 お姉さんさ、俺にそっくり。
紫 は?
日向 俺もね、うっかりここにたどり着いたの。その日はちゃんと戻ったんだけど、この海忘れられなくて移住しちゃった。
紫 行動力ハンパないですね。
日向 なんかさ、わかんなくなっちゃったんだよね。好きなものまで嫌いになっちゃうところだったから、いっそ大好きなもののそばにいようって思って。
紫 海?
日向 (頷いて)水平線、みてると元気にならない?
紫 …わかる。
日向 あれさ、ここからたったの4.4km先なんだって。
紫 え、意外と近い。
日向 でしょ。そしたら、なんでもできる気がしちゃってさ。
紫 向日葵みたい。
日向 え?
紫 あなた、向日葵みたい。
日向 マジか。うれしいな。俺、日向って言うんだ。お日様の日に、向かう。
紫 うそ?(笑って)本当に向日葵なんだ。
日向 お姉さん、名前は?
紫 ゆかり。むらさきって書いて、ゆかり。
日向 へえ。紫陽花みたいだね。
紫 なにそれ、ナンパ?
日向 違うよ。なんとなく、水をあげたら元気になる気がしたから。
紫 梅雨の終りの紫陽花みたいな?
日向 そうそう。
紫 うーん、悪くない。
2人が笑う。波の音。
日向 もうお1つ、いかがですか。
紫 う、2つめ…太るのでは…
日向 俺のおごり。
紫 あ、じゃあ。
ケータイ げんきんなやつだな。
日向 バニラとチョコと抹茶、あといちご。どれがいい?
紫 いちごで。
日向 はい、どうぞ。
紫 どうも。
2人でアイスを食べる。波の音。
ケータイ ウェブで「花言葉 ひまわり」を検索します。検索結果を表示します。
紫 お、調子いいな。
ケータイ 向日葵の花言葉は…
紫 (笑って)それっぽい。
日向 何が?
紫 なんでもない。
紫が携帯で海の写真を撮る。
ケータイ 画像をインスタグラムに投稿します。キャプション「海も向日葵も綺麗でした。」うーわ、意味深。
波の音。日向と紫が話しながら去る。
3.麦わら帽子をもらう
波の音。夕暮れ。
紫と日向がやってくる。ケータイがついてくる。
紫 本日は大変お世話になりました。
日向 俺、何にもしてないよ。
紫 アイス。ありがとうございました。
日向 ああ!どういたしまして。
紫 なんで、2時間に1本しかないんですかね、電車。
日向 田舎だから。次の最終だよ。
ケータイ 現在の時刻は、18:30です。
紫 もうすぐかな。
日向 また寝過ごさないようにね。
紫 ホントね。でも、朝は寝過ごして良かったかも。
日向 すっきりした?
紫 んー。わかんない。でも、わかんないことは無理してわかんなくてもいいのかもってなった。
日向 深い。
紫 結局なんにも変わってないだけかも。
日向 (笑って)また、水平線見においでよ。
紫 え?
日向 意外と、近いでしょ。
紫 寝てたらあっという間ですよ。
日向 (笑って)やっぱ、お姉さん面白いね。
紫 いやいや、それほどでも。
電車の音。
紫 あ、電車。
日向 あ、そうだ。これあげる。(と麦わら帽子を紫にかぶせる)
紫 ええ?!
日向 水平線の記念に。
紫 あ、じゃあ。
日向 どうぞ。
紫 どうも。
2人が顔を見合わせて笑う。
紫がホームに向かう。
日向 お姉さん!
紫 (立ち止まる)
日向 またね。
紫 うん、また。
日向も去ろうとする。
紫 日向君!
日向 (立ち止まる)
紫 向日葵の花言葉!
日向 ええ?
紫 じゃあね!
紫が去る。
日向 向日葵の花言葉?(携帯を取り出して調べる)
ケータイが去る。
日向 …まじか
日向が去る。紫が現れる。
ケータイ 連絡先、聞けばよかったのに。ウェブで「花言葉 ひまわり」を検索します。検索結果を表示します。「あなただけみつめてる」「あなたは素晴らしい」「待っててね」
紫 ちょっと、かっこつけすぎたかな…
ケータイ 月9の夏ドラって感じ。
紫 ま、いいか。せっかく海だったし。
ケータイ いいんじゃない?せっかく、海だったし。
紫 ケータイ、電源落ちて良かったかも。
ケータイ そうでしょ。
紫 ありがとね。
ケータイ どういたしまして。
紫 夏は、キライでした。暑いし汗で化粧ベトベトになるし、いらいらするし、冷房ガンガンの部屋から一歩出ると外暑くて肌とかボロボロになるし。太陽に向かって咲く向日葵も、真っ白な入道雲も、真っ青な海も、昔は綺麗だと思ったけど今はなんだか作り物のような気がしていたけど、本物はやっぱり腹が立つくらい綺麗で。あんなに好きだった夏が、本当にキライにならくて良かった。なんて、見ながら帰る電車の外は、朝とは違った色に見えました。
おしまい
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