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短編戯曲「三日月を編む」

夜(よる)…OL。月を拾う。ヘビースモーカー。
月(るな)…たぶん女子大生。夜のところに転がり込む。


◇満月

  夜が現れる。マフラーを巻いている。

夜   たぶん私は、月(つき)を飼ってたんだと思う。
月   ーー月ってね、魂を運ぶ船なんだって
夜   あの子は、新月の夜に現れて
月   ーーほら、だんだん満ちてくでしょ?
夜   そして、次の新月の夜に消えた。
月   ーー三日月って船みたいだし
夜   (胸を抑えて)ここに、三日月みたいな引っ掻き傷を残して

  夜がマフラーを外す。
  音楽。夜と月がすれ違ったり出会ったりしながら踊る。
  やがて二人は眠ってしまう。静かになると、月が起き上がる。

月   (伸びをして)ううん、よく寝た。
夜   布団持ってかないで
月   やだ、寒いもん
夜   私も寒いの
月   見てよ、夜。満月。
夜   ああ、本当だ。でか。
月   私、満月嫌い。
夜   何で、綺麗じゃん。
月   月ってね、魂を運ぶ船なんだって。
夜   へえ
月   ほら、だんだん満ちてくでしょ。
夜   それはさ、地球から見える反射光が変わるからじゃん
月   うわ、懐かし。中学でやったけど全然わかんなかった
夜   ウソ
月   ホント。
夜   簡単だよ、あんなの
月   わかりたくなかったし、反射光とか
夜   何で
月   だって、船の方がいいじゃん
夜   意味わかんない
月   三日月って船みたいだし
夜   ああ、それはわかる
月   でもさあ
夜   何?
月   魂で満ちてくなら、満月って死んだ人でいっぱいってことじゃん
夜   まあ、そうなんじゃない?
月   どうそれ?
夜   は?
月   死んだ人見て「お月見」とか
夜   別によくね?
月   興味な
夜   ねえ、寒い。
月   夜は寒がりだね
夜   明日仕事なの
月   じゃ、あたしがマフラー編んであげるよ
夜   は?何急に
月   寒がりだから。
夜   (笑って)何それ。まじでもう寝よ。
月   うん。

  夜が月の手を握る

夜   つめた。
月   あったか。

  月が笑う。

夜   何?
月   思い出してた。拾われたときのこと。
夜   ああ。あの日は確か
月   新月の夜だったね。

  暗転


◇新月

  雨の音。
  月が蹲っている。夜が傘を差して歩いてくる。
  夜が月の前を通りかかる。
  一瞬、びっくりして何事もなかったかのように通り過ぎる。

  雨の音が強くなる。
  夜が帰ってくる。月に傘を差し出す。

夜   何してんの?
月   お月見
夜   ……雨だけど
月   うん
夜   ……うち、来る?

  月が夜の手を取る。にっこりと笑う。

夜   名前は?
月   ルナ。月って書いて、ルナ。
夜   私は夜。おいで、ルナ。
月   うん。(傘を持って)ね、……ちょうだい。

  月が夜の傘を持ってくるくると回る。楽しそうに笑う。

夜   ーー月のない夜に月を拾うなんて、漫画かよって話だけど
月   夜、夜。
夜   ーーつまんない仕事とつまんない人間とつまんない人生に飽き飽きしてた私は
月   夜、雨、夜。
夜   ーー月のない夜に囚われたのだ

  月が傘を持ってくるくると回る。
  いつの間にか夜も巻き込まれる。
  二人、踊りながら、回りながら

月   夜は何してる人?
夜   OL
月   なにするの?
夜   つまんない仕事
月   たとえば
夜   お茶汲みとか
月   昭和じゃん
夜   はは、それな
月   明日休み?
夜   仕事
月   休んじゃえばいいじゃん
夜   やだよ、
月   なんで?
夜   有給減る
月   減っちゃダメ?
夜   だめ。
月   残念。
夜   月はいくつ?
月   新月
夜   わかんね
月   あ、やっぱ三日月
夜   もっとわかんね。ハタチ超えてる?
月   ギリ
夜   あぶね
月   (止まって)何が?
夜   さすがに未成年拾うのまずいっしょ
月   そっか
夜   うん、社会的に
月   社会わかんね。
夜   (笑って)うん。
月   帰ろ?
夜   うん。
月   家、どこ?
夜   近く。帰ったらお風呂ね。
月   うん。
夜   めちゃ濡れた
月   えへへ
夜   行くよ

  夜が月の手を引く。

夜   つめた。
月   あったか。

  二人が笑う。傘を置いて去る。
  雨の音が強くなる。


◇三日月

  月がやってくる。傘を持つ。

月   夜は、優しい。
夜   ーーただいま
月   あったかい。
夜   ーーご飯買ってきた。
月   いい匂いがする。
夜   ーーあんた、髪濡れてるじゃん
月   安心する。
夜   ーー乾かしてあげる
月   あたしの夜。
夜   ーーおいで、ほら。
月   あたしの……
夜   ーー月?

  夜が月を覗き込む

月   に、できないよなあ。
夜   なにが?
月   無理無理、私一文無しだし。
夜   だろうね。
月   ダメダメ。だめだよ。
夜   え、なに?
月   なんでもない。
夜   あ、そ。
月   つめたーい
夜   (ため息をついて)ほら、髪。
月   うん

  夜が月の髪を乾かす。

夜   月は、綺麗だ。
月   ーー今日ご飯なに?
夜   いい匂いがする。
月   ーー明日はあたしが作るね
夜   守ってあげたくなる
月   ーー何が食べたい?
夜   私の月。
月   ーーねえ夜
夜   私の……
月   ーー夜?

  月が夜を見上げる。

夜   いや、アホか
月   えっダメ?!
夜   違う違う、そっちじゃない
月   じゃあ、何?
夜   なんでもない。
月   えー、気になる。
夜   なんでもないって。
月   ね、何が食べたい?
夜   なんでもいいよ。てか、料理できんだ。
月   意外と。
夜   へえ、まじで意外
月   ねえ、失礼!
夜   ごめんごめん
月   編み物とかできるんだぞ!
夜   うそ?
月   うそじゃないもん!
夜   まじかー
月   全然信じてない、信じてないでしょ、夜!
夜   明日のご飯で審議。
月   よーし、受けて立つ。

  夜と月が顔を見合わせて笑う

夜   ご飯食べよ。冷めちゃう。
月   うん。

  夜が去る。

月   次の日、あたしは夜にとっておきのご飯を披露した。夜はとってもびっくりしてたけど、喜んでくれた。それからあたしは、三日月から満月になって、それから月がまたかけ始めても、夜にご飯を作った。夜はいつも、美味しいって言ってくれた。(嬉しそうに笑って)……夜、よる。夜があたしのご飯だけ食べててくれればいいのに。


◇有明の月

  月が編み物をはじめる。夜が帰ってくる。

夜   ただいま、
月   おかえり〜
夜   何やってんの?
月   マフラー編んでる。夜のだよ。
夜   うそぉ
月   嘘つかないよ
夜   ……ほんとに編めるんだ
月   嘘だと思ってたでしょ
夜   ちょっとだけ
月   残念だったな!
夜   見せて
月   ダメ、花火が上がったらあげるから
夜   はい?
月   (笑って)花火が上がったらあげるね
夜   ……今冬じゃん
月   待ってて
夜   夏まで待てってか
月   (笑って)ご飯食べる?
夜   食べるけど
月   今日、オムカレー。
夜   最高
月   辛口!
夜   完璧!

  月が立ち上がる。

月   待ってて、準備してくる。
夜   あ、月(ルナ)

  夜が月の腕を取る

月   ……?
夜   (顔を月に寄せて)……ただいま
月   ふふ、タバコ臭。

  月が夜を抱きしめて

月   おかえり、夜。

  月が夜から離れて去っていく。
  夜は月の触ったところをゆっくりと撫でる。

夜   ……しまったなぁ。

  夜が後ろを向く。月がやってくる。背中合わせ。

月   マフラーを、編むことにした。
夜   ーーねえ、寒い。
月   夜は寒がりだから。
夜   ーー明日仕事なの
月   あたしがマフラー編んであげるよ
夜   ーー何それ急に
月   急じゃないよ
夜   ーーもう寝よ
月   夜をあっためるのが、私ならいいなって思ったんだよ。

  背中合わせのまま

夜   マフラーを、編んでくれるらしい
月   ーー夜は寒がりだから
夜   マフラーって、恋人とかに編むんじゃないの?
月   ーー夜のだよ
夜   嘘かと思った
月   ーー嘘つかないよ
夜   ほんとに?
月   ーー花火が上がったらあげるね
夜   来年の冬でもいいのに

  二人、違う方を向いたまま

夜/月 このままずっと……

  声に出さずに何かを言う。両側に去る。


◇晦

  夜がやってくる。電話している。

夜   うん、もうすぐ帰る。え?アイス?こんな寒いのに?……わかったよ、何がいいの?雪見だいふく、はいはい。好きだね〜雪見だいふく。月、だいたい雪だいふくでできてるんじゃないの?はは、ごめんごめん。おっけー、うん。待ってて

  夜が電話を切る。タバコを一本出して、火をつける。
  深く吸って、吐き出す。

夜   雪見だいふくね。……もちもちだな。

  夜がタバコを吸いながら去る。
  月がやってくる。電話している。紙袋を持っている。

月   夜、もう着く?ねえ、アイス食べたい。寒いからいいの、寒い時にこそアイスなの。……えへへ、雪見だいふく。え?ええー!ひどい!そんなにもちもちしてないよ!夜の分も買ってきて、一緒に食べよ。うん。……待ってる

  月が電話を切る。

月   ……嘘ついちゃった。

  月が紙袋を眺める。

月   冬でも花火は上がるんだよ、

  月が紙袋からマフラーを取り出す。抱きしめて、口づけ。

月   バイバイ、夜。

  月が紙袋にマフラーを入れ、置く。傘を持って去る。
  遠くに花火の上がる音。

  夜が帰ってくる。コンビニの袋を持って。

夜   ただいま、ねえ花火上がってた。見た?

  夜が辺りを見回す。

夜   月(ルナ)?

  夜が月を探す

夜   月?どこ?雪見だいふくあるよ、月

  夜が紙袋を見つける

夜   月?……何?

  夜が紙袋の中を見る

夜   ……マフラー

  夜がマフラーを広げる。手紙が落ちる。拾う。

夜   「月(つき)に帰るね」……なんだそれ

  夜がマフラーを巻く

夜   ……あったか。

  月が現れる。傘を持って踊っている。楽しそうに。寂しそうに。

夜   たぶん私は、月(つき)を飼ってたんだと思う。
月   ーー月ってね、魂を運ぶ船なんだって
夜   あの子は、新月の夜に現れて
月   ーーほら、だんだん満ちてくでしょ?
夜   そして、次の新月の夜に消えた。
月   ーー三日月って船みたいだし
夜   (胸を抑えて)ここに、三日月みたいな引っ掻き傷を残して

  月が踊る。夜も踊る。二人、溶け合って離れていく。
  今日は月が見えない。
  遠くで花火の音がする。
  風に乗った火薬の匂いが、月のない夜を通り過ぎた。

終わり

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