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ひと違い
(11章)
〈1〉
事前にクレジット決済をした
カルチャースクールの講座。
会場入り口に着くと
受付で
高齢男性が
ふたり分の名前を
告げている。
聞こえてきたのは
自分の名前と思われる男性名
フルネームと
家族と思われる女性の
下の名前。
「ま」から始まる名前。
同伴の女性は
エレベーターを降りたあと
別のところにいるのか。
〈2〉
どうやら男性は
支払いがまだのようで
担当者が
カルチャースクールの
事務所へ行くようにと
お願いしている。
その男性が
踵を返したあと
私の番だと思い
名前を言おうとしたら
受付担当者が
「寄ってきてください」
と言う。
え?
私が口を開こうとしても
それを制する。
「お願いします」と
頭まで下げられて。
〈3〉
男性のいう
「ま」から始まる
女性の名前と私は別人で
その男性とも
縁もゆかりもないのだが。
名前さえ言わせてもらえないとわかり
言われた通り事務所へ行く。
そこでは
「支払いですか?」
と聞かれる。
いやいや勘弁。
なぜ二重で払う?
〈4〉
再び
会場入り口へ。
すると
受付担当者。
私の顔見て元気よく
「◯◯さんですね!」と
「ま」から始まる女性の名前を
廊下に響かせる。
「違います」
〈5〉
受付で
"名前を言わせてもらえない"
という経験は他にもある。
違う意味で。
教員の研修会のとき。
生徒昇降口で靴を履き替え
受付で名前を言おうとしたら
私が言う前に
面識のない受付担当の先生が
「⬜︎⬜︎中の堀内先生ですね」と
名簿の私の欄に◯をつける。
「え?」
と戸惑っていると
「本、読みました」と仰る。
ということが2回あった。
これは
"名前を言わせてもらえない"
ではなく
"名前を言うすきもなく
受付を通してくれた"
というべきか。
〈6〉
さて
先ほどの
カルチャースクール。
席に着き
しばらくすると
ほとんどの席が
埋まり出してきた。
空席が残り少しのところで
会場に入ってきた女性。
ん?
ひと目で
あ! と思った。
〈7〉
あの人はきっと
中高の同級生かも。
なんとなく似ている
ではなく
確信をもって
きっとそうだ!
と思い込んだ。
いやあ
こんな偶然って
あるんだろうか。
〈8〉
中3から高3まで同じクラス。
卒業後、
同窓会や誰かの結婚式でも
一度も顔をあわせていないから
ウン十年ぶり。
18歳以来。
めちゃくちゃ奇遇じゃないか。
終わったら声かけよう。
〈9〉
いや
本当にあの子だろうか。
なんて声をかけよう。
違ってたら困るしな。
ひそかにシミュレーション。
「あの、、、すみません。
失礼ですが、◯◯さんですか?」
これが一般的だろう。
〈10〉
終了後、
その人の近くへ行く。
シミュレーション通り
声をかけて
もしそうだったら
自分の名前を言うのだ。
あまりの年月だ。
名前くらい言わないと
わからないかもしれない。
近くへ行き、
さあ言おうと思ったら
相手は
満面の笑みをたたえ
「めーちゃーーーん!」
(中高時代の私のあだ名)
〈11〉
わかってたんだ?
「さっき質問してたでしょ?
それで、顔見て
あ、めーちゃんだって」
あ、そかそか。
お互い
18歳もいまも
顔変わらず。
結局、
名前言わずに済んでしまう。