見出し画像

ココロザシナカバ~壮絶な自分史~ 第3話:「涙のチョコレート」


きょうだいたちはいつも通り元気だった。
私は家族に会えて嬉しいのと、母の顔が気になるのと、
父がどうなっているのかわからないのとで、
小さな声で「お母さん。」と発することしかできなかった。

私を見た母は「お父さんダメかも。」とボロっと泣いた。

肩を震わせて「内蔵破裂しているんだってさ。もうダメかもしれないって。」と少し怒っているみたいに私に言った。
後で聞いた話だと、救急で運ばれて手術した後、
医者に「助からないだろうから親戚や家族を呼びなさい。」と
言われたのだそうだ。
そしてすぐに病院に連れて来なかったことも、
ずいぶん責められたと言っていた。
でもそこはやはり、強運の持ち主であるさすがの父だ。
峠も越え、時間はかかったがのちに退院した。

だがその入院生活のおかげで、阿部家は生活保護を受けることになった。
収入源である父の稼ぎが滞ったのだ。
それでも父は毎晩お酒をくらっていた。

ある夕方、母といつものスーパーにおかずを買いに行った。
店内で何かを頼まれて見つけた私は、
お菓子売り場にしゃがむ母の元に走っていった。

と、その時、体が凍るようなものを見てしまった。

母が赤い箱のチョコレートを手提げ袋に入れたのだ。
それは悪いことをしているのだとすぐに分かるような動きで、
2個入れたのも見えた。

背中に妹をおんぶして、そばに立つもうひとりの妹と弟。
しゃがんでその子達を盾に手提げにチョコを入れた母。
今でも強烈に覚えている。
お母さんが捕まったらどうしようかとドキドキしたこと。
それでも知らないフリをして母に近づいた。
私は今すぐにこのお店を出たかった。

その晩、ご飯が終わってから母はニコニコしていた。
手を後ろに回して「いいものがあるよ。」とちょっと意地悪な顔で笑った。
弟たちが後ろに回ってそれを欲しがると「じゃーん!」と両手を前に出した。当時ひと箱50円の赤いガーナチョコレートだった。
弟たちはそれは喜んで、くれくれと言って母にまとわりついた。
母は「お姉ちゃんが一番大きいから一番多くだよ。」と言って、
私に3列分ぐらいくれた。

泣けた。泣いちゃいけないのに泣けた。

それはお母さんがかわいそうだから泣いたのに、
母は感激して泣いていると思ったらしく、もう1列足してくれた。

うちは、父の酒は買えても、子どものチョコは買えないような
ねじれた貧乏一家だった。
それを母が不憫に思って万引きしたのだ。

テーブルの向こうに座る、酔っては母を殴る父が心底恨めしかった。
そんな父はまだ仕事に復帰できていなかった。


そしてその翌日、小さな私は大きな決意をした。

つづく

おひねりを与えることができます。 やっとく?