凪待ち 感想〜再生は簡単じゃない〜
凪待ち、アトロクのムービーウォッチメンに決まったので観てきました。テレビで大きく宣伝していないおかげで、事前情報はポスター情報のみ。想像を遥かに超えて打ちのめされました。
冒頭、ギャンブル依存症である郁男が川崎の競輪場に近づくと同時に、カメラがゆっくり斜めになるのを見て「競輪場のバンク(競争路)を表しているのかな?」と思いました。
時空が歪む様な画面の動きは、その後何度も現れ、ギャンブル行為へのスイッチが入る瞬間だと気づきます。目に見えない脳の障害である「依存症のスイッチ」を観客に視覚化させる演出。これが、もうやめて欲しいのに容赦なく続く。
「このお金を使ったら人として終わりだよ⁉︎ここで足を洗おうよ!」と鑑賞側から何度願ってもギャンブルを繰り返す郁男に「依存症、マジで怖い病気や…」と暗澹たる気持ちに。やめたい気持ちはあるのにやめられない、脳がどうしても反応してしまう。そこの描写は徹底していたと思う。
郁男と共に石巻に帰ってきた亜弓が殺され、誰が犯人かわからないまま話が進むミステリーでもありますが、ベースは明らかに震災で影響を受けた人々の話であります。
演者の皆さんは本当に素晴らしかった。特に音尾琢真さんのイヤ〜な感じの顔面力はニヤニヤしながら堪能。西田尚美さんの正論を振りかざす悪気のない母親も、常松祐里さんの凛とした佇まいも、吉澤健さんの無骨な情深さも本当によかった。出る人みんないい顔してた。
そして香取慎吾さん。私の最初の郁男の印象は「大きな身体にがらんどうの心だなぁ」ということ。亜弓に対しても美波に対してもどこか距離感を持って接しているように見えた。けれど、子供の自由と健やかな成長を願う優しさと、嫌がらせを受けている同僚の味方をする正義感を持ち合わせた人間だということは物語が進む中でよくわかった。
相手と距離をとって、がらんどうの様に見えたのは、多分郁男の「ギャンブルをやめられない、ろくでなし」という自分への後ろめたさなのでしょう。ギャンブルに使うためのお金をこっそり盗ることや約束を守れない自分に傷つき、自分を責めているから。
様々な出来事に傷つきながらも「変わりたい」と願う郁男を、よくぞここまで演じきったと思います。
笑えるシーンも随所にあって、白眉は吐きながら謝罪する元同僚(あれ最強の謝罪だわ。完全にもう関わりたくなくなる!)、組長の孫写真を「かわいい」「かわいっす」と言い方を微妙に変えつつ心がまるでこもってないチンピラなど最高でした。
エンドロールと共に流れる映像に自分でもビックリするほど思いがこみ上げ、号泣してしまいました。周囲の人も同様に静かに嗚咽している人が多かったです。
妻を津波にさらわれた勝男の「津波のせいじゃない。津波のお陰で新しい海になったんだ」という台詞。色々な思いと葛藤を重ねて飲み込んできて、そう思わずには生きていけない人の非常に重い言葉。
あれから8年が経過して、震災被害にあった人々のことを、私はどこか遠い出来事に思っていたのかもしれないと鑑賞しながら思いました。恥ずかしいことに。
でも震災以外でも、生きていると誰にでも不条理な出来事はある日突然やってきて、私達を傷つける。傷ついた私達がどうやってまた立ち上がるのか。その答えをほんのり照らしてくれる作品なのだと思いました。
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