飼い犬の鼻先をゆっくりと触れるように

★クマムシ研究日誌

 私がクマムシの研究を初めて10年以上が経ちました。ここでは、これまでのクマムシ研究生活を振り返りつつ、その様子を臨場感たっぷりにお伝えしていきます。

【第38回】飼い犬の鼻先をゆっくりと触れるように

 杉花粉が大量に狂い舞う季節が、つくばにやってきた。博士課程もすでに二年目に突入していた。

 僕は飼育に手間がかかりすぎるオニクマムシを諦めて、簡単に飼育できる種類のクマムシを新たに探すことを心に決めた。札幌にいた時のように、再び野外からクマムシを採集することにしたのだ。

 自分がクマムシについて興味があるのは、その高い環境耐性である。なので、僕にとっての理想のクマムシとは、簡単に飼育できるだけでなく、ストレスに強いようなヤツだ。そんな種類のクマムシを見つけることができれば、言うことはない。

 乾燥して寒い地域に棲んでいるクマムシは、高い環境耐性を持つことが予想される。ちょうどこの年(2005年)の7月にデンマークで開催される環境生理学関係の学会、ISEPEP2005に出席することにしていた。そこで、この学会出席のついでに、北欧でのクマムシ採集を計画した。北極圏付近のフィールドにも出かけることにした。

 学会開催日よりも数日前にデンマーク入りをし、まず向ったのはスウェーデンのオーランド島だ。実はこの島には、緩歩動物門、つまりクマムシの中で最も体が大きな種類であるRichtersius coroniferが生息している。このクマムシは、体長がなんと1ミリメートルもある。

☆Richtersius coronifer
http://goo.gl/MWEpQ

 デンマークやスウェーデンのクマムシ研究者は、しばしばこの島から採集したRichtersius coronifer材料として使った研究を行っていた。この種類は乾燥耐性も凍結耐性も高いことが、すでに分かっている。しかも体が大きいので、ピペットで扱ったり顕微鏡で観察するのも、比較的楽である。研究者らが出版した研究論文には、オーランド島の岩の上に繁茂するコケに多数Richtersius coroniferが棲んでいることが記されていたため、この島は北欧クマムシハンティングツアーでは、絶対に外せない場所だったのだ。

 レンタカーを走らせ、オーランド島に到着した。この平坦な島は建物も多くなく、太陽の光がとにかく眩しかった。そして、この地域が非常に乾燥していることを肌で感じた。この時は夏で暑かったのだが、冬は寒くなるようだ。

 島では、車道に沿って石垣が果てしなく続いていた。石垣にはおびただしい量のコケが付着しているのが、時速70キロメートルで移動する車内からでも、視認できた。コケは褐色でほどよく乾燥しており、クマムシの住処に適していそうだった。

 車を停めて、石垣に近づいた。飼い犬の鼻先をゆっくりと触れるように、静かにコケの感触を確かめた。きめを細かくしたたわしのような感触で、この微小空間内にクマムシが潜んでいることを確信した。丁寧にコケを剥ぎ取り、黙々と封筒にしまい込んだ。

 学会後には、ヨーロッパ最北端に位置するノルウェーのマーゲロイ島にも訪れた。マーゲロイ島の北緯は71度であり、北極圏に入る。この地域には高木は一本も生えておらず、低木が点々と見られるような草原帯である。ところどころで、トナカイにも遭遇した。

☆マーゲロイ島の風景
http://goo.gl/RGq6p

 ここでは自転車をレンタルし、リュックサックがいっぱいになるまでコケを見つけ次第採集した。白夜の中で太陽が静かに放つ光が織りなす、神々しい風景を満喫しながらの、楽しいクマムシ採集となった。

☆自転車採集
http://goo.gl/yGiI7

 さて、時間軸が前に戻るが、デンマークのロスキレ大学で行われていたISEPEP2005に、コペンハーゲン大学のクマムシ研究者、ラインハルト・クリステンセン教授が1日だけ出席していた。クリステンセン教授とは2003年の国際クマムシシンポジウムで顔を合わせたことがあり、こちらのことも覚えてくれていた。

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