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スタートアップエコシステムと大企業の変革:まとめ


堀井秀之
日本社会イノベーションセンター(JSIC)代表理事
東京大学名誉教授

i.school innovation dialogue とは

2009年の i.school 設立以来、クローズドのセミナーであるinnotalkとシンポジウム等を開催してきましたが、innovation dialogue という新しい対談の企画を始めました。お話頂いて直ぐに聴衆からの質疑応答に入るより、対談により聞きたいことを深めることができ、その後の質問も深みを増すのではないかいうのが innovation dialogue を始めた理由です。その第1回としてCIC Institue ディレクターの名倉勝さんをお招きし、「スタートアップエコシステムと大企業の変革」というテーマで対談させていただきました。本note記事は、その対談からの学びをまとめたものです。

CIC とは

CICは、1999 年にマサチューセッツ州ケンブリッジ市で創業した、グローバルに展開するイノベーションセンターです。CIC は、日本最大級のイノベーションセンターとして起業家を支援しています。名倉さんはCIC Tokyoの立ち上げ及びスタートアップ支援を統括しておられます。名倉さんとは彼の学生時代の STeLA という科学技術リーダーシップの活動以来、文科省時代のEDGEプログラムなど、長いお付き合いをさせて頂いています。マサチューセッツ州 ケンブリッジの本家CICには昔訪問したことがあります。先日、虎ノ門のCIC Tokyoを訪問してびっくりしました。人が多く、活気があり、しかも外国人が多く、本家CICと同じ雰囲気でした。米国と日本のスタートアップを取り巻く環境の何が同じで何が違うのか、是非名倉さんに聞いてみたいと思いました。

日本のスタートアップの課題

まず、名倉さんからスタートアップエコシステムの説明と日本のスタートアップの課題等をお話しいただきました。以下は私の理解です。

  • Startup Genome によるスタートアップエコシステム ランキングによれば、2024年東京は10位。

  • スタートアップエコシステムの分析にはアントレプレナー、リスクキャピタル、企業、政府、大学からなるフレームワークを使うと良い。

  • 日本のスタートアップの数は増えているが、時価総額10億ドル以上の未上場企業であるユニコーンの数は世界15位で7社

  • 日本のスタートアップ投資は2023年まで順調に伸びている。最近は1社あたりの投資額が増えているが、VC投資総額は小さく、米国の1/100、欧州の1/7、中国の1/14に留まっている。

  • 日本の大企業の数は多く、大企業が作ったVCの数も増えており、スタートアップに対する投資への関心は高まっている。

  • スタートアップのイグジットにおけるM&AとIPOの比率に大きな差が現れている。米国ではM&Aは全イグジットの90%、IPOが10%であるのに、日本ではM&A24%、IPO76%となっている。

  • ニューヨークと東京におけるスタートアップエコシステムのステークホルダーの数を比較すると、ニューヨークの方が大きいが大差はない。しかし、VCやアクセラレーターなどのスタートアップ支援に特化したステークホルダーがニューヨークでは70%、銀行や大学などが30%なのに対して、東京では前者が24%、後者が76%である。

お話をお伺いして、日本のスタートアップの主要な課題はユニコーンが少ないこと、イグジットにおける本格的M&Aが少ないことにあると思いました。その原因を明らかにし、大企業とスタートアップの連携を強化することが必要なのではないでしょうか。対談を通じてヒントを得たいと考えました。

ユニコーンが少ない要因

対談では、まずユニコーンの数が少ない最大の要因をうかがってみました。

  • 一番重要な要因は、スケールする市場を見ているかどうか、グローバルに行けるかどうか。

  • 日本のスタートアップは大体が国内向けビジネス。エコシステムはそれに最適化されてしまう。

名倉さんのご意見を伺い、i.school の教育でも対応するべきことがあると思いました。i.school では、アイディア創出ワークショップで未来のイノベーションのアイディアを創出し、アイディア事業化ワークショップでは、そのアイディアを事業化するために、今起こす事業、つなげる事業、未来のイノベーション事業の3段階に分け、今起こす事業の事業計画を策定することを学んでいます。今起こす事業は今の当たり前の下で事業として成立しなければなりませんが、同時に未来のイノベーションにつながらなければなりません。

未来のイノベーションを事業化する戦略

アイディア創出ワークショップにおいてアイディア評価するときの評価基準に「スケールするか、海外に行けるか」という基準を加えることが考えられます。また、今起こす事業のアイディアを評価する時に、「未来のイノベーションにつながるか」という評価基準に加えて「スケールするか、海外に行けるか」という評価基準を加えて明確に意識することも考えられます。今後のワークショップでやってみたいと思います。

スタートアップのイグジットにおける本格的M&Aが少ない要因

日本と海外のスタートアップエコシステムにおいて大企業の関わりに差があるのではないかと思い、名倉さんのご意見をうかがってみました。

  • 日本の大企業も「スタートアップと連携するぞ」というブームが起きている。しかし、まだうまくいっていないところが多い。

  • その要因の1つがカルチャーの違い。これまでの日本企業のカルチャーを持ったまま、スタートアップと連携してもしんどい。スピード感も
    違うし目指すものも違うしスケールも違う。

以上が名倉さんの回答でした。名倉さんのお話を伺い、全くその通りだと思う一方、カルチャーを変えるのは難しい、どうすればカルチャーを変えることができるだろうかと考えさせられました。

大企業側の課題がある一方、スタートアップ側にも課題があるのではないかと考えました。自分でやること、IPOを目指し、M&Aはそれができなかった時のことというバイアスに囚われているところはないのでしょうか。最初から大企業にM&Aしてもらうことを目指し、それによって大企業の変革を促すというストーリーはあり得ないのでしょうか。名倉さんのご意見を伺ってみました。

  • アメリカとかヨーロッパでは、M&Aをする計画をして立ち上がってるスタートアップは相当数いる。スタートアップを始める時にこの大企業に使ってもらうことを想定して立ち上げるスタートアップが多いという風に言われている。

  • そのためには最初から大企業との適切なコミュニケーションが必要。我々がコミュニティを作ってる理由の1つでもある。

以上が名倉さんの回答でした。名倉さんのお話を伺いながら、新しいワークショップを思いついてしまいました。ある大企業を想定し、将来その大企業にM&Aされることを目標とするスタートアップの事業アイディアを創出するワークショップというのはどうでしょう。そのスタートアップの事業はその大企業の未来の主要事業に発展するというのが条件となります。面白そうです。是非、i.school でやってみたいと思います。

熟達者AIによるメンタリング支援

対談の本筋とは離れますが、i.school から派生した i.school Technologies が開発している熟達者AIが、スタートアップの支援に役立つのではないかと思いました。熟達者AIとは、学ぶ人を支援するツールで熟達者に対する質問に対して熟達者のAIが回答するというサービスが中心になっています。熟達者の知見の全てを2次元マップで表示し、クリックした箇所の知見に基づく質問を自動生成するという機能も加えられました。

知見・経験豊富なメンターやVC、アクセラレーターに熟達者として加わっていただけば、スタートアップの方々が、簡単に会うことが叶わない熟達者にいつでも簡単に質問することができるようになります。

対談後には、様々な質問が対面参加者、オンライン参加者からあり、知見・発想を広げることができました。innovation dialogue というイベント形式はかなり良いと思います。ご協力いただいた名倉さんには感謝の言葉もありません。12月に香川から高校生が i.school にやってきます。i.school生、i.school修了生によるワークショプに参加するのが目的です。その高校生に CIC Tokyo を訪問させて頂けることになりました。一緒に i.school生、i.school修了生も訪問させて頂きます。大企業への就職、終身雇用が当たり前ではなくなる時代に活躍する若い人に、CIC Tokyo はどのように映るのでしょうか。今から彼らの質問、感想が楽しみです。

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