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議案の賛成率などからみる岸本聡子区長時代の杉並区議会 その議決状況の変化
岸本聡子杉並区長の新刊『杉並は止まらない』。発売から2か月が経過し、多くの人が手に取っているようです。
杉並区長としての立場から就任後の取組を振り返りつつ「民主主義をアップデートする」との今後の目標が明らかにされています。
『杉並は止まらない』地平社
— 堀部やすし 杉並区議会議員 (@HORIBE_Yasushi) November 9, 2024
発売されたばかりの岸本聡子杉並区長の新刊ですね。
面白かったですよ。あえてネタバレや感想は書かないので、ぜひ読んでみてください。
これからもクリティカルに考えた上で、場合によっては力を合わせ、場合によっては別の方法を提案する区政をめざしていきたいですね。 pic.twitter.com/k22OWqIqC7
「岸本区長がどのような取組を進めているか」についてご関心のある方は、当該書籍を読んでいただくとして、今回はこれに対する議会の変化を確認してみましょう。
改選後の議会の変化として「パリテ議会が誕生/議員の過半数が女性となった」などについては広く知られるようになったものの、そこでの議決状況については、必ずしも知られていません(議員別の賛否・表決態度は、区公式ページの中で公表されています)。
そこで、本稿では、改選後の「議会における議決状況」はどうなっているのかとの観点から現状を紹介します。
要旨は、次のとおりです。
区長推薦を受けて当選した議員の複数が「区長提出議案」に反対するケースが頻繁に発生するようになった
全議員の賛成で可決となった「区長提出議案」が極めて少なくなった(6%)
賛否伯仲で決定される事案が増えたほか、区長推薦を受けて当選した議員の反対により「区長提出議案」が否決されるケースも発生するようになった
以上のような変化が議決上みられるものの、区長提出議案は1件を除き全て本会議で可決成立している(2025年1月現在)
過去の杉並区政の中であまり発生していないような出来事が続いていることは事実ですが、首長と議会が相互にチェック・アンド・バランスを働かせることが求められている地方自治(二元代表制)のあり方としてみれば、これらの多くはそう不自然なものではないと受け止めています。
詳しくみていきましょう。
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1)区長推薦を受けて当選した議員の複数が「区長提出議案」に反対するケースが頻繁に発生
岸本区長(2022年7月就任)は、杉並区議選(2023年4月執行)に先立ち、自分と政策合意を締結した候補者を選挙で応援すると表明しました。
杉並区議選を前に岸本聡子杉並区長からこんな文書が届きました。
— 堀部やすし 杉並区議会議員 (@HORIBE_Yasushi) March 17, 2023
列挙されている内容に異論があるわけではないけれど、区長とは貸し借りの関係にはなりたくないですね。
区長と議員は相互に独立してチェック・アンド・バランスを働かせることが大事だと思うので、私は区長の応援を受ける気はないです。 pic.twitter.com/wa20KgwDib
2023年の杉並区議選(改選定数48)には、数多くの方が立候補を準備され、最終的にも70名ほどが立候補しました。
岸本区長は、このうち候補者19人と政策合意を締結しています。当選者は16人(男性4・女性12)。この16人をここでは「区長推薦を受けて当選した議員」と表記します。
過去の杉並区政との違いは、この区長推薦を受けて当選した議員の複数が「区長提出議案」にケースバイケースで反対する事例が頻繁に発生するようになったことです。
岸本区長と政策合意(政策協定)を結んだといっても、区長本人による拘束は極めて緩く、その解釈はどうやら各議員の主体的判断に委ねられているようです。
そこで、区長推薦を受けて当選した議員の2人以上が「区長提出議案」に反対したケースの数々を確認してみましょう(2025年1月末現在)。
議会改選後、区長推薦を受けて当選した議員のうち2人以上が「区長提出議案」に反対した事例は、次のとおりです(人事案件を除く)。なお、これら各議案の詳細や議員別の賛否などは、杉並区公式ページの中で公表されています。
2023年5月~6月
杉並区立コミュニティふらっと条例の一部を改正する条例
杉並区特別区税条例の一部を改正する条例
杉並区立保育所及び小規模保育事業所条例の一部を改正する条例
令和5年度杉並区一般会計補正予算(第3号)
2023年9月~10月
杉並区立公園条例の一部を改正する条例
令和4年度杉並区国民健康保険事業会計歳入歳出決算
2023年11月~12月
杉並区印鑑条例の一部を改正する条例
杉並区立永福図書館及び杉並区立コミュニティふらっと永福の指定管理者の指定
杉並区長等の給与等に関する条例等の一部を改正する条例
2024年2月~3月
杉並区個人番号の利用及び特定個人情報の提供に関する条例の一部を改正する条例
令和5年度杉並区一般会計補正予算(第8号)
令和6年度杉並区国民健康保険事業会計予算
杉並区国民健康保険条例の一部を改正する条例
令和6年度杉並区介護保険事業会計予算
杉並区介護保険条例の一部を改正する条例
令和6年度杉並区後期高齢者医療事業会計予算
杉並区立荻外荘公園外2公園の指定管理者の指定
2024年5月~6月
杉並区立保育所及び小規模保育事業所条例の一部を改正する条例
(仮称)杉並区立国指定史跡「荻外荘(近衞文麿旧宅)」展示休憩施設棟建設工事の請負契約の締結
令和6年度杉並区国民健康保険事業会計補正予算(第1号)
2024年9月~10月
杉並区国民健康保険条例の一部を改正する条例
令和6年度杉並区一般会計補正予算(第4号)
令和5年度杉並区国民健康保険事業会計歳入歳出決算
2024年11月~12月
杉並区立高円寺図書館、杉並区立コミュニティふらっと高円寺南及び杉並区立すぎはち公園の指定管理者の指定
杉並区長等の給与等に関する条例等の一部を改正する条例
2025年1月
令和6年度杉並区一般会計補正予算(第9号)
2)全議員の賛成で可決となった「区長提出議案」が極めて少なくなった(6%)
杉並区議会の改選後1年9か月の間に「本会議の議決を要する区長提出案件」は178件ありました(2023年5月から2025年1月末現在まで)。
その内訳は、区長提出議案(予算、条例改正など)169件、各会計歳入歳出決算8件、本来事前議決が必要であった補正予算の専決処分報告/事後承認1件です(2025年1月23日臨時会まで)。
このうち議長を除く議員47人全員の賛成で可決成立させたものは11件だけでした。その他の案件には、反対者、欠席者(退席者含む)などが発生しました。
議長を除く議員全員の賛成によって可決した比率は全体の6%に過ぎないことになります。
もともと全員賛成という事例の多くなかった杉並区議会とはいえ、これは平成時代の全体平均との比較でみても明らかに低い数値です。
党議拘束(会派拘束)に伴って退席されたケースのほか、体調不良などを理由とする欠席を差し引いたとしても、他の議会に比べ議員全員の一致で可決となるケースが少ないこともまた特徴のひとつとなっています。
3)賛否伯仲で決定される事例が増えたほか、区長推薦を受けて当選した議員の反対により「区長提出議案」が否決されるケースも発生するようになった
「区長提出議案」が僅差で可決する事例がしばしば発生するようになったほか、区長推薦を受けて当選した議員の反対により「区長提出議案」が否決される事例も発生するようになりました。
代表例としては、2023年に提出された「杉並区長等の給与に関する条例の一部を改正する条例」が否決された事例があります。区長等特別職の給与報酬等を引き上げる提案でしたが、時期尚早との見解が大勢を占め、否決となったものです。
また、堀部やすしが総務財政委員会(2023年11月)において「補正予算に対する修正案」を単独提出したことがありましたが、この修正案も【賛成4:反対5】と僅差になりました。
委員会内で提案した修正案が否決された場合、それが本会議に回ることはないのですが、仮に委員会修正が可決し、修正案が本会議に回っていれば、おそらくこの件も賛否伯仲(僅差)となっていたことでしょう。
➊区長提出議案が「否決」された事例
2023年11月~12月
【賛成率34%】杉並区長等の給与に関する条例の一部を改正する条例(総務財政委員会否決:本会議否決)
➋区長提出議案が委員会審議で「否決」とされた事例(本会議で委員会の決定を覆した事例)
2023年6月
【賛成率59%】杉並区立コミュニティふらっと条例の一部を改正する条例(区民生活委員会否決:本会議可決)
➌その他、本会議で賛否伯仲となった事例
その他、本会議において議員の賛成率が5割台にとどまった案件(議員提出案件含む)を抜き出すと次のとおりになります。なお、委員会段階での賛否伯仲を含めると、さらに多数の事例を確認することができます。
2023年5月
【賛成率51%】杉並区議会議長の選出
【賛成率57%】令和4年杉並区一般会計補正予算(第10号)を区長が専決処分したことに対する事後承認
【賛成率53%】議員選出枠の監査委員に小林議員を選任することに対する同意
2023年6月
【賛成率59%】杉並区立コミュニティふらっと条例の一部を改正する条例
【賛成率53%】適格請求書等保存方式(インボイス制度)の実施延期を求める意見書
2023年9月
【賛成率59%】令和5年度杉並区一般会計補正予算(第4号)
【賛成率55%】令和4年度杉並区一般会計歳入歳出決算
2024年3月
【賛成率57%】令和6年度杉並区一般会計予算
2024年9月
【賛成率57%】令和6年度杉並区一般会計補正予算(第4号)
2024年10月
【賛成率57%】令和5年度杉並区一般会計歳入歳出決算
2024年12月
【賛成率51%】国際社会と将来世代に1.5℃目標の責任を果たす第7次エネルギー基本計画改定を求める意見書
なお、ここでいう「賛成率」は、全議員のうち賛成した議員の割合です(分母は議長を除く議員47人)。統一的な比較を行う観点から「採決に加わらない議長を除く議員全員」を分母として統一している点に注意してください。
杉並区の昨年度決算(令和5年度一般会計)の議決結果は、決算認定に賛成28:反対18:欠席1でした。昨年との違いは、日本維新の会で当選された議員さん2人が賛成された点ですね(昨年の議決結果は賛成26:反対21でした)。自民党は一般会計に反対、共産党は国保会計に反対など、他は昨年とほぼ同じでし…
— 堀部やすし 杉並区議会議員 (@HORIBE_Yasushi) October 17, 2024
4)区長推薦を受けて当選した議員が区長提出議案の全てに賛成するのが「暗黙の掟」となっていた過去の杉並区政
これまで区長の推薦・支援・応援等を受けて当選した議員は、その後、区長提出議案の全てに賛成するのが「暗黙の掟」となっていました。
採決時に明確に反対した場合などは、その責任をとって会派を離脱したり、役職ポストを自ら返上したりするのが通例となっていました。
このため、どうしても賛成できない区長提出議案が発生した場合は、採決の直前に「退席」を選択することが一般的でした。
党議拘束(会派拘束)の存在もさることながら、それだけ「選挙の借り」は重かったということでしょう。
しかし、区長の推薦を受けて当選した議員が「区長提出議案」に反対する事例はもう珍しいものではなくなりました。岸本区政における最も大きな変化です。
5)過去の区政では事前に水面下で調整や取引が行われることが少なくなかった
過去の区政においては、区長提案に賛成できない議員が多かった場合、区長側と水面下で交渉するなどして議案を提出させないようにしたり、一度提出した議案を撤回し再提出させたりする調整などが図られていました。
区長が議案を提出したものの、原案どおり可決する見込みなく、修正案が成立する可能性が出てきたケースでは、区長側が水面下で露骨な介入を図るなどして動きを封じたことさえありました。
しかし、日本は「三権分立」が保障されている国であり、地方自治体において「二元代表制」が採用されていることは、義務教育の教科書にも記載されていることです。
区長と議会議員の意思疎通が円滑で仲が良いというのは悪いことではないものの、重要な公の意思形成を行うにあたって「上下関係」や「貸し借り」が先に立つようになってしまっては、公正な判断を行うことができなくなります。
政治資金パーティーの問題(利害関係のある取引先に前区長がパーティ券を売り付けていた問題)などとともに、過去においては非常に悪い習慣が蔓延していたのです。
6)二元代表制を実のあるものにするために
地方自治体において、首長と議会(議員)は、それぞれ別の選挙で選出されており、杉並区長と杉並区議会は、独立・対等の関係です(二元代表制)。
予算編成権や職員人事権など首長の専権事項は多いものの、その独裁を防止するために、議会側にも一部重要事項に係る意思決定への関与(議決権、同意権など)や、業務執行の監視(調査権、検査権、監査請求権など)に係る固有の権限を持たせているのです。
区長推薦を受けて当選した議員が「区長提出議案」に反対するケースなどが頻繁に発生するようになっていますが(2023年4月の議会改選後)、これも制度趣旨からみれば不自然なことではなく、むしろ従来みられた強固な「オール与党化」現象のほうがはるかに問題であったと言うべきでしょう。
「区長推薦を受けて当選した議員」が区長に迎合的であるとの一般的な批判はそれなりに的を射ていると思いますが、これまでの表決態度(賛成・反対・退席)全体を客観的に確認すると、常にそうだと断言できるものでもなく、相応に自主的・自律的に判断されている事例があることもわかるのです。
まだまだ古い政治風土が残っているのは事実ですが、二元代表制を実のあるものにするためにも、緊張感を持って職責を果たしていきたいものです。
年頭のご挨拶◆課題山積の杉並区政ではありますが、昨年は長年続いていた疑問ある予備費充当(安易に続けていた予備費の執行)の改善とともに、課題が残っていた経常収支比率の適正化(算出の適正化)を図ることができました。本年も杉並区政を俯瞰的に捉え、党派対立とは一線を画して必要な財政監視を… pic.twitter.com/53VDOs6hZa
— 堀部やすし 杉並区議会議員 (@HORIBE_Yasushi) January 5, 2025
堀部やすしは、単に政党に所属していない無所属というだけではなく、利益集団・圧力団体などからの推薦も一切受けないことをモットーに活動してきました。もちろん、区長推薦を受けたこともありません。
賛否が伯仲する状況がしばしば発生していますが、Independentとして折々の課題に冷静に向き合うことにより、地方自治法の規定する二元代表制が実のあるものとなるよう今後も役割を果たしていきたいと思っています。2025年もよろしくお願いいたします。
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