【log】終戦記念日に映画「Swing Kids」をみた〜Fuck’n Ideorogyという祈り
「スウィングキッズ」
2020年8月15日 シネマ・アミーゴ 12時〜14時半 で上映。
http://klockworx-asia.com/swingkids/
カン・ヒョンチョル監督
2018年製作/133分/PG12/韓国
原題:Swing Kids
配給:クロックワークス
朝鮮戦争が始まった1950年、朝鮮半島の突端・韓国第2の大きさの島である巨済(コジュ)島につくられた「巨済捕虜収容所」がこの映画の舞台だ。まずは背景となった朝鮮戦争の概要と、この巨済島・収容所について調べてみる。
朝鮮戦争とは
>ブリタニカ国際大百科事典「朝鮮戦争」によれば
https://kotobank.jp/dictionary/britannica/1064/
朝鮮民主主義人民共和国 (北朝鮮) と大韓民国 (韓国) の間で 1950年6月25日に始まった朝鮮(韓国)戦争。
およそ 300万人が命を落した。米軍を主体とする国連軍が韓国側に立って戦争に参加し、また中国が最終的に北朝鮮支援に動いた。戦況は目まぐるしく変化した末,戦争は 1953年7月,決定打のないまま終結した。
アメリカ・中国が、南=韓国と北=北朝鮮のそれぞれの背後におり「イデオロギー代理戦争」とされる。
巨済島について
巨済島は、大韓民国の南部・慶尚南道巨済市に属する同市の大部分を占める島で釜山(プサン)広域市の南西に位置する。面積は約 400平方キロメートルで、韓国では済州島(チェジュド)に次いで2番目に大きな島である。
対立絶えない再教育キャンプ・巨済捕虜収容所
巨済捕虜収容所は国連軍が北朝鮮・中国の捕虜を収容するためにつくった。最大17万人収容したといわれる。17万人の捕虜のうち、2万人は中国から、15万人は北朝鮮からとされている。
捕虜となっても北朝鮮に忠誠を誓う「親共派」と、自ら進んで降伏した「反共派」との間の捕虜の対立が激しく、流血事件も起きた。1952年5月には、親共派が米国人収容所長を拘束する事件が発生している(巨済島事件)。
この映画の原案になったのは創作ミュージカル「ロ・ギス」(2015年)。この収容所の北朝鮮軍の若き捕虜の名をそのままタイトルにしている。
そしてこのミュージカル創作を喚起したのは、1952年、写真家のワーナー・ビショフ(Werner Bischof)が撮影した、朝鮮戦争下に設置された巨済島捕虜収容所の写真だったといわれている。
magnumphotos instgram より
https://www.instagram.com/p/BlvpBCgl0wx/
PHOTO. 大きな自由の女神の前でスクエアダンスを踊る囚人たち。北朝鮮の捕虜のための収容所。韓国、コジェド島。1952
1952年1月、ワーナー・ビショフは中国と北朝鮮の囚人のための国連再教育収容所を記録するために韓国のコジェド島を訪れた。収容所は二つの谷にまたがる広大な土地に広がっており、最盛期には約16万人の北朝鮮と中国の囚人が収容されていた。ジャーナリストは比較的自由に探索することができましたが、受刑者との会話は禁止されていました。
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ビショフは囚人に焦点を当て、彼らの日常生活や国連の再教育の試みを記録した一連の映像を作成した。この旅での彼の文章は、状況に対する彼の批判的な見解を明らかにしている。"私たちがここで行っていることは、政治的な操作であり、私たち自身の人生観の背後にある考え方を彼らに理解させようとする試みであることは否定できない」。.
このフォトストーリーはその後、1952年3月に『LIFE』誌に掲載された。ビショフは編集者が選んだ写真を否定的に受け止めていたが、それは彼のフォトジャーナリズムに対する問題意識を反映していた。
Fuck’n Ideorogyという祈り
今年2020年、戦争勃発から70年が経過した。(映画制作は2018年)。
第2次世界大戦時の日本による占領支配からの解放もつかのま、同民族同士が「イデオロギーの違い」によって戦い、多大な死傷者・離散家族という犠牲を払った傷跡は今も残る。
その「傷」はなぜついたのか?
同じ民族なのに若者たちはなぜ犠牲にならなければならなかったのか?
いったいなんのために自分たちは戦ったのか?
監督は私たちに問いかける。
単に告発する形ではなく「個のからだの肯定」からはじまる「ダンス」という装置を用いて、その問いに対する答えを探す時間を、見る者に差し出す。
ダンスと音楽は圧倒的な生の肯定の時間だ。「いま・ここ」に幸せを見いだす装置だ。
肉体の躍動、リズムに乗る原始的な喜び、その動きを仲間と共振させて得る興奮と陶酔。ダンスはイデオロギーを超えさせる。
アートや文化を利用して「イデオロギーを宣伝する・洗脳してやる」という支配者の思惑も超えさせる力があることを、この監督は信じたがっている。
思想教育の場であり、暴力が支配する収容所という場所でさえ、ダンスはイデオロギーや肌の色や言葉を越境し、凌駕してしまう力を持つ。幾多のダンスシーンは、肉体と肉体の会話から、個と個の間に尊敬と友情が始まる瞬間を描く。
そして、この映画から私がよみとるのは「平和への希求」は、文化に向き合い「1人1人が感動するという体験」から始まるということだ。
逆に、1人の人間をイデオロギー優先で暴力でつぶす戦争は「国のため世界のための美しい物語」じゃないことを、この映画は明らかにする。
戦争はいつも、一人ひとりの未来の幸せの可能性を潰すことにほかならない。
「タップダンスに夢中になった”アカ”あがりの兵士」は、イデオロギーの先鋭的な対立さえなければ、世界的なタップダンサーとしてカーネギーホールで喝采を浴びたかもしれなかったのだ。
クライマックスであるクリスマス公演を終えた「スウィングキッズ』チームを見て思う。
「尊い犠牲の下に現在の繁栄がある」というエライ人たちの言葉は欺瞞だ。
イデオロギーや国のメンツの犠牲になんかなりたくなかったはずだ。
主役のロ・ギスを演じたのは、K-POPの人気グループEXOのメーンボーカルであるD.O.(ディオ)だ。タップダンスの切れ、運動能力の高さは画面越しでも圧倒的な迫力を感じる。そして、彼の魅力はそれだけではない。
世界の見方がまだ定まっていない少年のようでいて、苦渋の選択を引き受けようとする大人でもあるような揺らぎが1人の人間のなかにある。
いま、EXOやBTSをはじめとするK-POPは世界・アジアを席巻している。70年を経て、ロ・ギスはD.Oとして現れて世界を舞台に自由に踊り、歌を歌っているようにも思える。
「平和になってよかった」と言いそうになる。
平和?
けれど現実は、そんな「今はよかった」物語では終わらない。
D.Oは、昨年(2019年)に入隊し、陸軍で兵役に就いた。2021年2月の除隊まで活動は休止状態だ。
70年経っても、同じ民族が依然「敵」である現実は変わっていないし、国境やイデオロギーを超える力を持つはずのアーティストたちも例外なく兵役に従事しなければならないし、その間の表現活動も休止せざるを得ない。
そんな状況は、70年前と変わらずにある。
「fuck’n Ideorogy」
この言葉に、こんな現実を踏まえてなお、人をつなぐダンスや音楽の力を信じようとする「祈り」が込められている。
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