イラン大統領ライシ氏の死と、背後に透けるイスラエルとアゼルバイジャンの関係性—7号.2024/06/02
5月19日、イランのイブラヒム・ライシ大統領を乗せたヘリコプターがイランの東アゼルバイジャン州を通過中に墜落した。ライシ大統領の他に、動機に搭乗していた外務大臣のアブドラヒアン外相、東アゼルバイジャン州の州知事、同州の宗教における最高指導者も死亡した。
イラン憲法第131条には大統領が病気、死亡などにより職務を遂行できなくなった場合、その職責は、最高指導者の同意を得た上で第一副大統領が引き継ぎ、新大統領を決める選挙は、国会議長、司法権長、第一副大統領の三者から成る評議会が50日以内にその実施準備を整える義務を負うと定められている。
憲法に従い、モハンマド・モクバル氏が大統領代行に就き、3者による評議会の上、亡くなったライシ氏の後継を決める大統領選挙は6月28日に行われることとなった。また、外務大臣代行にはハメネイ最高指導者の娘婿で外務次官(外務相に次ぐ位)を務めていたアーリー・バーゲリー・カニ氏が務めている。この人物は、2021年から行われていたイラン核合意を再建させるための当事国間会合で、イラン側の代表者を務めていた人物である。
事故発生当時は、4月に起こったイスラエルによるものと見られるシリアのイラン領事館施設への攻撃と、イランによるその報復攻撃、さらに昨年9月ヒジャブの着用が不適切と治安当局に拘束され死亡したマサ・アミーニさんの事件に端を発する大規模抗議デモなど、不安定要素が多数ある中で、イランの不安定化が指摘されていたが現在は比較的落ち着いている状況である。
イラン政治では予期せぬことが多々起こるが、今回の事故は流石に誰が予想しただろうか。そして本当に事故だったのだろうか、と政治に興味がある方なら誰しも感じるのではないだろうか。
その理由は、アゼルバイジャン国境からの帰路で事故が発生したことである。イランとイスラエルの関係が水と油であることはよく知られているが、アゼルバイジャンはそのイスラエルとの関係が非常に良い。
アゼルバイジャンとイスラエルの戦略的・歴史的関係性
まず、アゼルバイジャンはイランの監視や破壊工作をするための前線基地として、イスラエルの諜報機関モサドの活動を許していると言われている。さらに、イスラエルはイランの核開発を自国の生存を脅かす安全保障上の脅威と認識しており、阻止すべくイラン爆撃を真剣に考えている。しかしながら、イスラエルからイランは2300km以上もあり、重い爆弾を積んで往復することはできない。そのためアゼルバイジャンはイラン爆撃の際、イスラエル戦闘機の着陸場所とも指摘されている。
また、アゼルバイジャンとイスラエルは武器と石油のバーター貿易を展開している。カスピ海で採れるアゼルバイジャンの豊富な天然資源は、イスラエルが輸入する石油の約40%をも占めている。逆に、イスラエルは武器の輸出を行っており、特にアゼルバイジャン軍が使用するUAVsの70%はイスラエル製とされている(これが第二次ナゴルノ=カラバフ紛争でとても効果を発揮した)。
また、歴史的に見てもアゼルバジャンはユダヤ人が安定的に暮らすことの出来た地域である。その歴史は2500年もあると言われており、ナチスドイツの迫害から逃れてきたユダヤ人の他に、ジョージア系のユダヤ人、セファルディム、山奥で独自の生活を営む山岳ユダヤ人もいると言われる。
その関係からかイランとアゼルバイジャンの関係も良くない。ヘリコプターが墜落しした場所はイランの東アゼルバイジャン州である。イラン国内にもアゼルバイジャンという地名が存在し、そこに居住している人々の多くは民族的にアゼルバイジャン人である。具体的なデータは無いが、約1500万から2000万人のアゼルバイジャン人がいると言われている。アゼルバイジャン共和国に居住するアゼルバイジャン人が約1000万人なので、イランはアゼルバイジャンのそれを凌ぐ人口を抱えている。
イラン側が問題視しているのは、アゼルバイジャン共和国によるイラン系アゼルバイジャン人への分離独立の揺動である。逆にアゼルバイジャン共和国はそれをイランとの関係における駆け引きに使用する。
長くなったがそのような両者の関係から、暗殺ではないかとの憶測が飛びまっわたが、現在のところ裏付ける証拠は出てきていない。また、イスラエル側も工作を否定し、イラン側も非難するようなことはしていない。
今後、注目されるのはイラン大統領選挙の行方であろう。趨勢を注視したい。