花束を…
note街の小さな商店街。
🌈虹色通り🌈
ここは、毎週金曜日ひっそりとオープンするお店。
本日の店主は、私、ららみぃたんです💛
「ようこそ。いらっしゃいませ💖」
早いもので2024年も1ヶ月が過ぎた。
一年の計は元旦にありというけど、今年の元旦、お正月は色んなことがあり、それどころじゃない部分もあった。
1ヶ月経ったけど、2024年をどんな風に過ごしていきたいか書いていこうかと思う。
去年私は虹色通りにて目標を書いた。
2023年の目標のキッカケをくれたやなぎだけいこさん、そしてその末娘ちゃんに本当に感謝なのです🥰
2022年の時はnoteには書いてなかったうっすらとした記憶の目標
2022年の目標も持ちながら2023年を生きてきて、めっちゃそうなった‼️ってわけではないけど、なんとなく、ぬるっとスルッとそうなってきてる自分がいる気がする。
怒りによってコントロールされない。
そして自分もしない。
人のことも自分のことも善悪をつけない。
つい、コントロールしそうになったり、善悪つけそうになることもあるけど、前よりはなんとなくいい感じだし、そんな自分に近づけている感じがする。
「ほっとけほっとけ」と自然と思える自分が増えてきてる気がする。
時々あか〜んってなっちゃうけどね。
それでもなんとなく前よりはいい感じになってきてる気がする。
気がするとか、なんとなくとかいい感じとか、曖昧な表現なのだけれど…💧
そんなわけで(どんなわけだ?)
今年の目標。
『自分が自分の1番のファンになろう』
サブテーマ
〜何者でもなくてもいいんだよ〜
これは『今日、誰のために生きる?』の本の中からの言葉。
サブテーマは、キンプリの『なにもの』の曲から。
私は今まで、頑張っていない自分、芯のない自分は、ダメダメで、そんな自分を応援するなんてダメだと思っていた。
ダメというか、そんな自分を応援出来ずにいた。
だけど、やなぎだけいこちゃんの末娘ちゃんを見ていると、
『頑張っても頑張らなくてもいいんだよ』
『そのままの自分でいいんだよ』
『なにものかにならなくてもいいんだよ』
『自分が自分のために生きよう』
と思えて、どんな自分でもいいんだし、どんな自分でもそのまんまの自分を応援して生きていきたいと思えてきた。
私の目標は、何かをしたいとか何かを成し遂げたいとか、目標に向かってがむしゃらに頑張るとかそういうことではない。
ダメな自分を変えるための目標ではなくて、そのままの自分を愛して生きていくための目標、指針みたいな感じ。
けいこちゃんの末娘ちゃんを見ていて
『私は、私を、私のために生きて、自分のファンになって自分を応援していこう』と、今年の目標が浮かんだ。
またまたやなぎだ家の末娘ちゃんから影響を受けた私なのです。
ということで、今回の私の🌈虹色通り🌈の記事は、私に影響を与えてくれるやなぎだけいこさんについて書いていきたいと思います。
こちらの記事からも「このままの自分でいいんだよ」と強く、そしてふわっと思わせてくれた。
これよこれ。
こういう末娘ちゃんの考え方、言動が可愛くて素晴らしい。
末娘ちゃんは、頑張らなくても可愛いし、そのままで可愛いし、存在そのものが可愛いということを本能で知っている。
自分がPrincessだということを本能でわかっている。
『今日、誰のために生きる?』の中に
『自分のために描いてね。お父さんやお母さん、人のために描かないでね』という言葉がある。
人は誰かに褒められたいとか、認められたいという想いをつい抱いてしまい、誰かが喜んでくれるものを選択してしまうことがある。
けいこちゃんは、そんなふうに子どもたちが自分(母親であるけいこちゃん)に褒められようとか認められようとする選択をしないように気をつけて行動している。
母親というフィルターを通さず、我が子という枠に収めず、自分の価値観を押し付けないように気をつけながら子どもたちと向き合って受け止めている。
けいこちゃんの子どもたちも人を喜ばせるためではなく、自分のために自分を生きている。
もし、誰かのために何かをする時、そこには、自分の喜びも入っている。
…と、私は勝手に想像している。
あぁ、そうか。
今書いていて思ったけど、やなぎだ家の人々は、『今日、誰のために生きる?』を地で生きているんだ。
『自分らしく生きる覚悟』を持って生きている。
縄文時代のかつての日本人が持っていた感性を持って生きている。
だから私はやなぎだ家に忘れかけていた何かを思い出させてもらっている感覚になるのかもしれない。
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