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☆癒しのとき・宝箱☆

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#短編小説

信仰の彼方に (悪徳薬剤師・美鈴の物語)

信仰の彼方に (悪徳薬剤師・美鈴の物語)

「神を信じないくせに、自分は信じられるですって? 笑わせるな。人間なんてさ、自分の力で生きてるんじゃないよ。他人や環境、過去の積み重ね——ありとあらゆるものから与えられた恵みをさ、自分の力だと勘違いしてるだけなんだから。ああ、本当に滑稽だね」

 女は嘲るような笑みを浮かべながら、処方箋に目を走らせた。その冷ややかな表情は、患者の命を預かる薬剤師の顔にはまるで似合わなかった。薬局のカウンターに置か

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掌編小説|人間の名前

掌編小説|人間の名前

 雪が降ったら雪という字を、晴れた日ならば、間近に訪れつつある春の字を。息子の名前を考える夫はそう話していた。

「初めてのプレゼントだから」
 そう言って、上等な革のカバーをつけた手帳に何やら書き込んでいる。

「はりきるねえ……」
「一緒に考えないの? 楽しくない? 名前決めるの」

 楽しめる人が考えてよ、名前なんて……と言いかけてやめた。ただ微笑んで、「私より、進ちゃんの方がセンスあるから

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掌編小説|風わたるキミ

掌編小説|風わたるキミ



 風の音を聞いていたのは中学三年生の夏だ。

 三年生の教室は校舎の一階にあった。一階といってもグランドは校舎よりも低いところにあり、教室の窓を開ければ見下ろすことになる。
 昼休みになると私たちは、窓の近くに椅子を寄せ、砂混じりの風を浴びた。
 沙和は、まるで油粘土のような柔軟さで手すりに体を預けている。
「早くおばあちゃんになりたい」
 そう言った沙和の、細くて茶色い髪が風になびいた。

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美人かもしれない|ショートショート

美人かもしれない|ショートショート

自分が美人じゃないことぐらい、わかってる。
だって、他の子が「美人だね」って言われてるというのに、私は「飽きない顔だ」って言われるんだもの。

「飽きない顔」って言われながらも、男の子が選ぶのは、やっぱり美人だ。
どうしてなのよ!

ふつふつとした思いで歩いていたら、ある神社が目に止まった。

「鴨志玲内神社 美人祈願」
美人祈願。今、私が求めてたことだ。

境内の石板にはこう書いてある。
祀られ

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掌編小説|アムール・デュ・ショコラ|シロクマ文芸部

掌編小説|アムール・デュ・ショコラ|シロクマ文芸部

 甘いものが流れてきたら、それ食べて帰ろうな。それで、いいよな。
 返事はない。今日はずっと無視されている。

 一緒にいる相手との関係が順調でも気まずくても、夜になれば腹は減るから回転寿司に入った。レストランと違って、一緒にメニューを選んだり、料理を待つ間の沈黙に耐えなくてすむ。
 弥生は席に座ってから一度もおれと目を合わせない。適当に流れてきた寿司の皿を掴んでは黙々と口に押し込んでいた。その一

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魔女|掌編小説

魔女|掌編小説

「いらっしゃい」

 魔女は玄関から一直線にカウンターに向かって来る。この店に魔女が来るのは久々だ。

「地図を頂けないかしら」

 魔女は少し口角を上げた。微笑んでいるようにみえるが、目つきは鋭い。警戒心を解く気はないらしい。
 年齢は200、いや190歳といったところか。若いが左手に持っている杖は上級用だ。きっと優秀な魔女なんだろう。

「地図だったら、町の入口の観光案内所でもらえるはずですが

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掌編小説|Aurora

掌編小説|Aurora

 水の中を彷徨って宇宙を見つけた。
 わたしが見た宇宙は暗くて、冷たい。そこにしか無い哀しみがあった。
 そのことを思い出して時々怖くなる。
 一人になりたくない。一人で消えたくない。一人では、生きられない。

 ママの布団に入って、抱きついて泣いた。
 もう何度目だろう。大人になるわたしは、こんなにも暗い気持ちを抱えている。それなのに、そんなことは微塵も感じさせない昼間の姿は生き生きとして、心の

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掌編小説|アングラ歌謡祭|シロクマ文芸部

掌編小説|アングラ歌謡祭|シロクマ文芸部

 母親の遺品から古いカセットテープを見つけた。
「これ、どっちが曲名?」
 手書きで書かれた文字を、隣で作業している親父に見せた。
「『恋猫とおりゃんせ』に決まってんだろ。あるシーンの中では一世を風靡したんだぞ」
 我らが青春のよしんば千秋だよ、と懐かしそうに目を細めた。

「プロデューサーはつんこ♀︎。あのころはアングラな曲書いててさ。その中でヒットしたのがこれだよ」
 へえ、と冴えないリアクシ

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短編 | 私の人生はいかんとですか?

短編 | 私の人生はいかんとですか?

短編 | 私の人生はいかんとですか?

 目覚めると見知らぬ光景が広がっていた。明らかにここは、ケーニヒスベルクではない。いまだに元気ではあるが、やるべきことはすべてやったという気持ちはあった。残りの人生は、普通に散歩して、無理せずに死を迎えるまで、悠々自適の生活を送ろうと考えていたのに。なぜ、よりにもよってこんな荒野に、私は立っているのだろう?

 渾身の力を注ぎ込んで書いた理性能力に関する私の

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小説 | 夕焼けを眺めながら

小説 | 夕焼けを眺めながら

「あぁ、今日も終わったな」

 夕焼けを見るたびに、気持ちに一区切りがついたように思える。
 悩み事なんて外から見えるものではない。自分ではなんとも思っていないのに「大丈夫だよ、気にしなくていいんだよ」なんて繰り返し何人もの人から言われると、「気にしなくちゃいけないのかな」と思えてくる。

 何度も言葉がブンブンと頭の中を飛び交ううちに、やりきれない気持ちに包まれてくる。
 もしも僕がいっさいの言

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短編小説|自分の道の迷い猫

短編小説|自分の道の迷い猫

 寒い日に俺は捨てられました。生まれつき、俺は自分を猫だとは思えなかったからです。親も兄弟も自分のことを黒猫だとあえて考えるまでもなく、猫として生きていました。外見は猫でも、俺は自分のことを人間だと思っていたのです。

 裸で歩くのも、落ちたものを食べるのも嫌でした。家族は当たりまえだと言いました。ここは俺の場所ではないと、悔しくて土につけた爪痕さえ情けない。捨てられた冬空の下、道に迷って行き着い

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短編小説|星を忘れて暮らすこと

短編小説|星を忘れて暮らすこと

 星が降る夜に少女は外へ飛び出します。大人たちは寒いからと家にこもっています。信じられません。少女は初めて星が降るのを見ました。「久しぶりね」と母はこともなげに言い、「あした電車動くかな」と父は天気予報を眺めていました。
 マンションの駐車場で少女が上を向くと、白い息が消えた冬空から星が青くきらめきながら舞い降りてきます。手を伸ばしました。手のひらに星が載ります。ちょっと冷たくて、体温で溶けて消え

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掌編小説|投げ星|シロクマ文芸部

掌編小説|投げ星|シロクマ文芸部

 星が降る先はきまってぼくんちの庭だった。

 チエ姉ちゃんとあの海の家で過ごした夏、ぼくは最高にしあわせだった。そういう夢を見ている夜に、星は降る。

 星は、雹のように庭に落ちてくる。とても大きい。その衝撃でぼくらはベッドから投げ出されてしまい、宙を舞う。
 ぼくら、というのは、ぼくの足もとで丸くなって寝ている犬のゲーテのことで、ぼくはたいていゲーテの激しく鳴く声で目が覚める。

 うちは幸い

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短編小説「どぶさらいのノベリスト」

短編小説「どぶさらいのノベリスト」

※サークル「小説を書く会」にて、1時間で創作した小説です。
少し荒い点もありますが、ご容赦下さい。

……………………………………………

カフェのドアがカランと鳴り、やつが入ってきた。

「やー、お待たせ。残業がなかなか終わらなくてねぇ」

そう言いながら、屈託ない笑顔でおれの正面に座る。
セミロングの髪を書き上げ、ふわっと香水の良い香りがおれの前をかすめた。

「おせぇよ」

おれは、思わず目

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