掌編小説●【幽けき16歳のレゾンデートル】
ある不可解な事件で世間を騒がせた少年の内面の物語である。
朝まだきの半醒半睡のなか、山田剛は左の尻臀に鈍い痛みを感じて身を捩った。棒の先のようなもので強く押されたらしい。しかし手を回して探ってみても左の尻臀にはなにもなく、痛みの感覚もすぐに消えてしまった。
客観的に考えて、寝相の悪い16歳の少年の尻を棒でつつくというのはなかなか滑稽で楽しい悪戯だろう。しかし山田剛はいつも自分の部屋で独りで寝ているので、それはあり得ない。もちろん誰かが密かに潜り混んできた気配もない。
不思議な気持ちのままそのうち再び半醒半睡になると、またグイグイと棒の先のようなものが柔らかな尻臀を押す。身を捩って逃れようとするがそれは執拗に追いかけてくる。狙われているのは左の尻臀だけで、右側と、それから最も攻撃の対象にされやすいと思われる中心部の辺りにはなにもない。
左のケツに恨みでもあるのか。左のケツがなにかをしたというのか。
目を閉じたまま繰り返し痛みの場所を探っても変わったことはないようなので、山田剛はようやく目を開け、ベッドの上に起き上がった。
だいたいこういうときには、たとえば寝しなに読んでいた本がいつのまにか尻の下に敷かれていた、とかいうようなことが原因になっているものだ、と山田剛は考える。
しかし四つん這いになってベッドを丁寧に調べてもなにも出てこない。いったいなんだったのだろうと考えているうち、また眠りに落ちた。
左のケツは傷も痣もなく、いつものようにツルツルしていた。
退屈な授業のあいだ、山田剛は今朝方の出来事について考えを巡らせている。あれはなんだったのだろうか。なにか理由か動機があるはずだ。そしてその理由か動機はなにかの目的に向かっている。まったく見当がつかないが、大切なのは自分が選ばれたことだ。
紐解いていく。まずは攻撃に用いられた凶器だ。人の指にしては固く強すぎる。木刀では先が尖り過ぎているし、バットやスリコギは太すぎる。面打ち棒も太い、というか、先が平らすぎる。
ああ、精神注入棒というのがあった。直径4、5センチで長さは1メートル2、30センチくらい。修学旅行のときにどこかの土産物屋で見た。800円くらいだった。「肩たたきに」と書いてあった。
しかしケツから注入される精神とはどのようなものだろう。あまり格好よくはない。うだうだしていないでさっさと前に進め、前進あるのみ、go for broke !! 当たって砕けろ!!ってか。そういうことか? オレにそれを伝えたいのか?
先端部分がスリコギとあまり変わらない形状であることもあって、山田剛は精神注入棒にはあっさりと興味を失ってしまう。
ケツツキ!! ケツを突くからケツツキ!! キツツキではなくて敢えてケツツキ!! なるほど。これはなにかの暗示かもしれない。そうか。
そしてケツツキ、ケツツキ、と反芻しているうち、山田剛の空想は次の段階に入る。
キツツキといえば鳥。鳥といえばケツァールという鳥がいる。漫画『火の鳥』のモデルらしい。大型でカラフルで確かグアテマラかそこら辺りの国鳥のはずだ。
火の鳥。そうか永遠を求めて生きろというわけか。やはりオレは芸術を生きるべきなのだ。
そしてここで山田剛は鳥から2つのテーマが導かれたことに気づく。ケツツキとケツァール。しかし2つで終わりのはずはない。こういうことは必ず3つで1組になっているのだ。
ケツに鳥、ケツに鳥、ケツに鳥、……。おお、さすがにオレは選ばれた人間だ。これはしりとりだ。3つめはしりとりだ。尻と鳥でしりとり。素晴らしくうまくできているではないか。最高だ。
成績が悪くても、喧嘩が弱くても、女の子にモテなくても、オレは最高だ。いつかみんな思い知るだろう。
こうして山田剛の自尊心は満足させられ、特別な存在である自分という自惚れの気持ちはさらにさらに高ぶっていくのであった。
たぶんこの道を誰もが通る。
(了)
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