掌編小説【人見知りのチイちゃん】




 チイちゃんはおとなしく内気で、小さなころからじっとオトナを見つめるクセがあった。その関心はやがて対象人物の外見から性格、生活習慣などにも踏み込んでいき、中学生になるころにはさらにそのときどきの気持ちの動きや、なぜそのような反応をするようになったのかまで、ある程度自分なりに合理的な説明をつけられるようになった。


 チイちゃんは知らず知らずのうちに観相術や深層心理を自分流に学んでいたのだ。


 顔つき体つき、所作などを観察しながらその人物になりきり、アタマのなかで行動をたどっていくと、やがてふだんは隠されていた人物像が輪郭を表す。中学2年生のチイちゃんは恐ろしく早熟でもあった。


 チイちゃんは気配、空気にも敏感になった。たとえば誰かと話しているときに相手の緊張がこちらにも伝わってくるのはふつうだが、チイちゃんは接触したことも面識もまったくない他人が相手でも、さらに数メートルほど離れていても、おおまかにだが心の動きを把握することができた。


 想像上の拡大鏡をかざして見ると、どこかで反応する部分が見つかる。探らなくても向こうのほうから否応なく働きかけてくることもある。


 ごくふつうの穏やかな家庭で育ってきたチイちゃんがこんな、一面では不健康でもある習慣を身につけてしまった理由は自分でもよくわからない。最初はただ人の顔を眺めて面白がっているうちにこうなってしまったのだ。


 いつも無口でじっとオトナを眺めている子どもなどというと可愛げがなさそうなものだけれども、チイちゃんは家のなかでは甘えんぼうで、その一方ではすでにオトナっぽく聡明な美人の面影を宿していたから、いつも愛情や好意に恵まれていた。


 学校では教師も生徒もすでに全員観察ずみだったので、休み時間にはいつも自分の席で本を読んでいた。だから学校にいるあいだじゅう机に伏せているようなもので、友達と呼べるクラスメイトもいなかったけれども、幸いなことに1学年上の3年生にいささか活発すぎる兄がいたのでいじめられることはなかった。


 ある日の放課後、話が合うのはおそらく飼っているペットの犬だけだろうと思われる中年の担任教師と進路の相談をしたあと、廊下を歩いていると、向こうから社会科の教師がやってきた。三十代半ばの女性で、恰幅がよく少しアンパンマンに似ている。


 いつもと同じではないざわついた違和感を感じたチイちゃんは早めに黙礼をし、そのままあまり目を合わせないようにしてすれ違った。


 わかったことがあった。

 すると少し距離を開けてアンパンマンの後ろを痩せた白髪の校長がやってくる。長めの髪の毛が念入りに寝かしつけられている。2人がやってきた向こうには校長室があり、さらにその向こうは設備室だ。

 オトナなんてみんなこんなもの。

 チイちゃんはトイレに入って鏡の前に立った。その瞬間、全身が電気に打たれたように痺れて硬直した。そこに立っていたのは、われながらべッピンさんのいつもの自分ではなく、ひどく卑しくいやらしく、醜い笑いに顔を歪めた少女だった。



 自分が耽っていたのは、実はとても危険な遊びだったのだ。


                    (了)


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