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ICU⑳|父親の使命


放心状態の私たちだったが、それでも蘇生は続く…

私たちが中止を求めない限り、蘇生の手を止めることはないのだ。


「私たちが言わないと… ですよね…」

と、私は小児科医に問いかける。


「そうですね… 私たちが出来ることはもうありません…」

と、小児科医も悲痛な表情を浮かべながら答える。


正直、思考回路が破綻し、数秒先の未来にすら意識が向かない。


今は地獄のような時間だ。

だが、これだけ惨憺たる状況であるにも関わらず、この地獄が続いてほしいとさえ思ってしまう自分もいた…

もしかしたら、“終わりの号令” をかける勇気がなく、医療チームに決めてもらいたいという思考も僅かにあったのかもしれない。



そんな中、小児科医から、

「凰理くんは本当に頑張りました… もう楽にさせてあげて下さい…」

と進言された。


この状況を、息子はどう思っているだろうか…?

もうすでに、自発的な生命活動が出来なくなったその時が、息子の決めた “命の終わり” なのではないか…?

だとしたら、今この蘇生をやっていることは、息子の意志に反することなのではないか…?

そんなことが私の中によぎった。


そして、小児科医はさらに、

「凰理くんを元気な姿でおうちに帰したかった…」

「お母さんにもっと抱っこさせてあげたかった…」

「未来につなげてあげたかった…」


と大粒の涙を流しながら、私たちに告げる。
これは、医療チームとしての言葉ではなく、彼女自身の言葉… 心の叫びであろう。


ここにいる全員が苦しいんだ。


(もう、凰理には自発的に生きる力はない)

(もう、十分闘った)

(もう、この苦しみから解放してあげよう)


決断する時だった。

“息子の命の終止符を打つ” という、親としての最期のつとめ…


望んだことではない。

愛してやまない息子の命を自らの手で終わらせる…
こんなことをやりたい親がどこにいるだろうか…


だが、それをしてやれるのは、「親」だけだ。

そして、この決断… “終わりの号令” は、父親である私の「使命」


自分の人生で、こんな「使命」が待っていようとは…

後にも先にも、これほど重く “魂を削る決断” はないだろう。


(俺が、決めなきゃいけないんだ)

私は深呼吸をし、あらゆる邪念を全て払い、覚悟を決めた。



そして、医療チームに告げる…


「次の薬の投与で最後にして下さい」


と…



「かしこまりました…」


と医療チームは返事をし、最期の蘇生サイクルに入った。


だが、最期の瞬間まで、絶対に希望は捨てない。

薬の投与までは数分間ある… 奇跡を起こす最後のチャンスでもあった。


「凰理!」


私も妻も、息子を信じ、名を呼び続けた。


そして、数分間の心臓マッサージが終わり、最期の薬の投与が開始。


医療チーム、家族、そして私たち… 全員が固唾を飲んで、モニターの数値を見る…



しかし、血圧は戻らなかった。



そして…


「全ての治療を終了させていただきます」


と医療チームより宣言された。



つづく



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