2023.10.16(来ないジジイ、実質空母)

このところ週末がなんか楽しいこと多いな。その分お金は飛んでいくけど。土曜日は例のじいさんと飲むべく、三軒茶屋の55年つづく飲み屋に行ったものの、じいさんが来なかった。なんだかんだで彼女が来たりして楽しかったのだけど、老舗あるある・明細がなくて適正なんかわからない1万5千円(二人で)が提示され、あっ!!とはなった。先週はじいさんが三人分の会計の2万円超を払ってくれて、その時点で高いなとは思っていたのだが……。じいさんがサッと出した札束が30万くらいあったものだから、店主の婆さんもぼったんじゃねえか、普通に飲んだらそこまでいかないんじゃないか? とあてこんでいたのだ。結局そんなこたなくて、ちゃんと食べて飲んだ分請求されていただけだった。

まあじっさい、どの料理もちょっとそこらでは食べられないくらい美味しかったし、そういう体験もなかなかできるもんではないからいいかとは思っている。そもそもで考えると、日本(と、うちの会社)の給料が上がらないのがおかしいのであって、人がちゃんとした食材を手間暇かけて料理したものを食べて、お酒も飲んで、3、4時間くらい滞在したうえで、二人で1万5千円って、全然適正価格な気もする。牛丼チェーンとかのほうがおかしいのだ。そうだとしても俺の残高が減り続けているという事実は変わらないのだけれど。

いやはや、ほんとに、ギター買ったってのもあるけど、その前に20万円分近く機材を売ってるわけで、そのうえでこれだけお金が減っていってるっていうのはまあまぎれもなく私の無駄遣いですよ。そんな忙しくもないのに、いつもコンビニか外食かUber Eatsで食べてるからねえ。毎日そういうサービスに甘えていながら一個前の段落みたいなことを言っているっていうのもいささかナンセンスか。個人の八百屋さんや魚屋さんで食材を買って、ささやかながら日々自炊をして、たまの贅沢にそういうお店に行って、適切なお金を払えばいいんだ、そんなことを言い出しそうだが、実際にはぜんぜんそんなことはしていない。

しかしじいさんよ。先週に会ったときは「女の子と約束したから来たのに向こうがこなかった」と散々文句を言っていたではないか。俺との約束も守っておくんなさいよ。

日曜日は13時に目を覚ました。やばい!15時から横須賀で約束なのに。急いで準備して、なぜか一本タバコも吸って、それで必死で駅まで走ったらホームの直前で思いっきり転んでジーンズに穴はあくわ、スマホの角がガリガリ削れるわ、ビニール傘の紐は引きちぎれてるわ、手は怪我するわ小指は腫れてるわでさんざんだった。しかしそれ以前に、走っている間の自分の身体の重さ! これは驚きだった。もともと運動が得意な方じゃないがそれを踏まえても自分の鈍重さにショックを受けた。ショックといえば体重のせいで走行時の足裏への衝撃もかなりのものになっているようで、昨日からかかとが痛い。じょうだんじゃない。

まあ、なんの用事かっていうと、「ほぼ空母」と噂されている(というか、そうなのだが)護衛艦いずもの見学である。先輩の親友が海自の士官で、いずもに乗組しているとのことで、先月誘ってもらったのだ。

想像はしていたがでかい

そもそも電車が横須賀の駅に近づいた瞬間からバッと港の大きな軍用艦群が見えて、結構すごいインパクトがあった。良し悪しとか左右はべつとして、都心で育つのとここで育つのとでは軍事というものの存在感がまったくちがうだろう。

あとで「いずも」が横須賀の港を出る時の海図(進路とかが書きこんである)を見せてもらったのだけど、そのとき、天然の要衝、というのかどうか、まさしく軍港に向いた地形なんだなということが素人目にも感じられた。
自衛隊では大佐ではなく1佐とか、戦車ではなく特車とか(今はさすがに戦車って呼ぶと思うけど)旧帝国軍っぽさを脱臭するべく言い換えみたいなことを行ってきたのだけれど、横須賀は帝国海軍のイメージがあるから他のところに拠点を作りましょうということにはならないのだな、と当たり前のことを思った。
日本という国の地形は変わらないし、万が一戦争になった時にはどう防衛するのか、っていう課題は戦前だろうと今だろうと継続して存在する。俺は断固として戦争反対だし、自衛を名目にした軍事政権樹立みたいなことにはNOを言いたいが、それはそれとして、戦争が起きた時には守ってもらわないとどうにもなんないのだ。

携帯の電池が危うかったので写真はあまり撮らなかったのだけど、艦内では当直の自衛官の人がふつうに飯を食っていたりとかしていた。案内してくれた人はそうとう偉い立場にいるはずだが、部下とすれ違っても思ったよりはフランクというか、互いに「ッス」みたいなかんじだった。みるたびにビシィ!!って敬礼するのかなと思っていたけど。でもまあ、やらかしなんかがあると、折檻もあるらしい。

巨大な軍用船のなかにはまったく普段見ることのないようなものがたくさんあった。恐ろしく急な階段、斧、雷撃などで損傷したさいに鉄板を押さえつけて浸水を防ぐための角材。計器や配管一つ一つも堅牢に造られていて、そのいちいちにプレートで詳細が書かれている。

そんな中で目を引くのが、補足の書かれたテプラや、ごみの分別の啓発ポスター、かなり古そうな型のプリンタなどといった……まあ言ってしまうと、お役所的な意匠だった。この船内は、俺にとっての非日常ではあるが、確実に俺の日常とも接続しているのだ。なんか似たようなことで、艦の入り口でパンフレットをもらった時に今は平時なのだ、と感じた。平時の反対はあたりまえだけど戦時である。そんなことを思って、急に怖くなった。

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