2023.3.29(うまくいく人、いかない人)

昨日も意味もなく夜更かししてしまい、四時に眠りについた。なんか最近、Twitter依存が強まっているのを否応なく感じる。といってもそんなことするのは出社日だけなんだけど。日中できなかったことを取り戻そうとするのか、なかなか素直に寝れない。かといって日中したかったことというのは別にTwitterでもYouTubeでもないわけで…

朝。起きてスマホを見ると後輩がTwitterスペースをやっていたので一時間足らずくらい話した。自分もよく起動してるのだけど、ふだん酔っ払って深夜とかにやっているせいか頭があんまり回ってない。今日は面白かったな。やっぱり朝は頭が元気なんですね。

就活の時期に大学のカウンセラーみたいなのを受けに行ったら「君はいろいろ繊細に気づくんだけど全部自分にベクトルが向いてしまっている、もったいないね。外に向けられればすごく気のつく人になるのに」と言われた。いまとなっては確かになと思う。まあ最適解を出せているか、人を快適にさせているかはわからないけれどもいろいろ気は回しているという意識が最近ある。それも別に負担にならない範囲で。昨日書いた「人をナメる」の結果かもしれない。ナメるというか、他者を普通に等身大で見るということなんだと思うけどね。まあこうやっていちいち補足が必要なあたり使いやすい表現ではないので、これくらいにしておこう。

昼に、友人の家具を買いにいこうの会についてグループLINEで相談をしていると当人から電話がかかってきた。仕事で無茶振りをされまくってしんどいらしい。つらいにゃんねえ、くらいのことしか返せないけれどもとにかく聞く。自分もそういう時に彼に電話をかけて話を聞いてもらうようにしている。お互い一人暮らし歴が浅いので相互扶助の協定を結んだのだ。

最近人間関係が比較的うまくいっているというか、面白いことになってきているなあと思う。朝の後輩もそうだし、妹とかともそうだし、新しく立川で出会ったベーシストもそうだ。先月バーに連れて行ってくれた先輩にしろ。かつてはうまくいかなかっただろう人もいるけれど、お互い歳を重ねて楽しく話ができるようになってきている。これは逆に、同棲していた時代にはできなかったことかもしれない。相手のせいとかではなくて、そういう状況下ではなにかあればまず彼女に相談して頼っただろうから。

きょうは先の友人の家にスピーカーと、おそらくレコードプレーヤーも届くとのことで、夕方に赴いて前回渡すのを忘れてたチェスの国内編集盤を持っていくつもりだ。例の机も棚も椅子もない家に最初に届くのはレコードプレイヤー。清貧の文化人みたいでおもしろい。うちに取りにくるか、という話もあったがとにかく届いたならさっさと自分のプレイヤーを試してみたいだろうと思って俺が持っていくことにした。こういう想像力もかつてはなかったかもしれない。あるいは、「お節介かな」などというノイズが入ってできなかったかも。そのくらいのことは多くの人は許容して(というか、ことによっちゃ喜んで)くれる。「この人はだいたいこのくらいは許容してくれるかな」という境界とか距離感がなんとなくわかってくると、人付き合いは楽だ。

でも反面で切れていく人もいる。たとえば自分には理解できない行動原理で動いている人。まあ理解はできるが、それをいちいち想像して気を遣ったり、自分の感情を抑えたりしなくてはいけない相手。
歳上の、友達のように接してくれる人の言を借りるなら、「合わない人は自然と離れていく」。まあ、この判断を誤ったり、認知が歪んだまま実践しようとするととんでもない孤独を囲いそうだが、すくなくとも今ではなんとなくうまくいきそうだ。

彼とは長い付き合いで、まあもともと似たもの同士というわけではけっしてなかったけれども、小学生の同窓会で高校の時に再開して以来音楽を一緒にやっていく友達だった。大学二年くらいの時までは、よく彼の車でドライブに行ったり、スタジオに入ってセッションごっこをしたりして、それは楽しかったものだ。

でももう、半ばお互いの理解ができないところまで来てしまった。彼と過ごした時間がなくなるわけではないし、まったくの絶縁をするような気はないけれど、彼の行動とか、彼を取り巻く環境のことを考えると自分の負担になる。そして彼は、それを理解してはくれないだろうと思う。彼のいまの居場所はバンドから高い金を集めて半分くらいを使途不明にする糞セクハラキモ中年が仕切って、しょうもないコピーバンド大会をやらせているライブハウスなのだ。もうそれだけでおれは、まともじゃないと感じるし、そう思いながら友人関係を続けていくのはつらい。

関係ないけど、五月に決まっているライブが終わったら、しばらくライブやめようかな、スタジオとそのあとの飲み会で金も減るし。それに、今の自分と周りの現状で、やれそうなレベルっていうのはわかってしまった。友人とバンドをやりたいのはそうだし、バンド運営みたいなことの楽しさも初めて分かったけれども、やってる限り自分に嘘をつかなくてはいけないし、そうである以上堂々とブルースをやっていますと名乗れないのが息苦しい。

レッチリにしてもファンクにしても、今の理解でできることというのを一通りやってはみたかった。自分がいろいろなことをやれるなら、そのいろいろを試してみたかった。でも自分がやりたいのはブルース(次点でファンクかもしれないが)なんだろうなということがなんとなくわかってきた。それに遠のくようなことをあまりやるべきではないと感じるし、そう思っている以上はやる人にも悪いということになる。申し訳ないけど、今回まではやって、次は降りる。

それはそれとして、友人や新しくできた後輩(立川の)は、演奏機会とか、新しい界隈に連れ出してあげたいという思いもある。まあそれもあまり急がなくていいのかもしれない、まず自分がよくなること。そうでないと彼らにもいいものが見せられないし、いいものを一緒にやれない。うーん。夏くらいで、なんか気持ちがまとまりそうなんだけどなあ。


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