2023.4.6(日記の日記)

ふう〜

珍しく遅くまで残業して作業をやっていた。もう一歩というところでどうにもエラーが解消できず諦めて退勤。まあいいや。

昼に後輩がスペースをやってたんで参加した。彼女の友人の皆さんも参加していたのだがみんな文化的感度の高そうというか、知的というか、そういう人が多くて自分などは…と思わなくもない。
まあ、三年前くらいだったら意地を張って自分もと知ったふうなことを言っただろうが、とりあえずそういう気持ちが起きないようになったのは本当に成長だな。なんだろうね。最近ちょっと憑き物の落ちたような感じがしている。

そのスペースで、ネットに文章を書いて、発表するということについてけっこうむずかしい議論というか雑談があって、うーむと考え込んだのだけど、むしろそういうことを考えない、というのがそういえば自分がこの日記に課した目標であったな、と思い返してほどほどで切り上げた。
じっさいこの日記、たいして面白くもないし、とくに有益だったり深いことも書いていないのだけど、まあそれでいいと思っている。量を出力しておけば、意味とか、面白みみたいなのは、あとから見出せるタイミングが来る。たとえば二十年後に見返したら、どんなたわいのない内容であってもそこそこ面白く読めるだろう。

そういえば自分は文章を書くというよりしゃべるような気持ちで日記を書いている。かっこいい、知的な、まとまった文章を書きたいという気はないではないがそう思った途端に書けなくなるのでやめた。自分は話好きだ。この内容とて、しゃべって消費しても別にぜんぜん構わない。でもそんな毎日喋ってくれる人は今いないので、一人でそれをやっているだけのこと。

まあこういうエクスキューズめいたことを書きたくなるくらいには、人の目を気にしているといえるかもしれんけど。

最近自分がジジイ化しているなあ、と思う。そしてそれを必ずしも否定的に捉えていない。尖ってないわけでもないけど尖り方が変わったというか、なんだろうね、自意識の形が少しずつ変わってきたのかもしれない。人からどう見えるかとかが前ほどには気にならないし、気にしてない方が周りに与える印象もよくしやすいということがわかってきた。
代わりに、どういう言葉をかけたら相手は嬉しいかなみたいなことにだんだんウェイトを移している。
まあそもそもが自意識がバグった異常者であっただけで、いうほど大人なわけではないけど、でも自分の優しい面のよさも知っている。であればそれは使ったほうがよいな、と素直に思う。まあイキらんで済むようになってきたということ?

今日聴いたやばい音源。あんまりハウリン・ウルフのアンプリファイしたハープって聴いたことがなかったので、あれをアンプに通すとこんなんになるんかい、というのが衝撃だった。ハーモニカですよ? もう鳴りすぎてボディの振動が飽和してるんじゃないか? ってくらい、フルレンジでぶっ太く音が出ている。恐ろしい。ダンプカーがぶつかってきたようなもの。


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