揺さぶられる経験-もやもやを伝えたい【インタビュー記事[10]:[教育格差ー階層、地域、学歴ー]】
大切な一冊をおすすめしてくれた人と、1冊の本を出発点として人生を語り合うインタビュー記事第10弾。今回は、東大生なら誰もが知っているメディア”UT-BASE”の共同代表を務めていらっしゃるやす様が来てくださいました。
おすすめいただいた本は『教育格差 -階層・地域・学歴』。
おすすめのメッセージはこちら↓
居場所支援施設での学習ボランティア
本屋余白(以下、「余」):こんにちは。今日はよろしくお願いします。
やす様(以下、「[や]」):こちらこそよろしくお願いします。
余:以前は取材に来てくださいましたよね。
や:そうなんです。あの時はお世話になりました。
余:いえいえ、こちらこそありがとうございました。おかげさまで結構反響があって、UT-BASE様経由で余白のことを知ってくれたお客様もいるんですよ!
や:それはよかったです(笑)
余:ではまずは自己紹介からお願いします。
や:はい、東京大学農学部3年のやすだです。今は東大メディアのUT-BASEという団体で共同代表を務めています。
余:この本をおすすめいただいたので、教育系の学部かなと勝手に思っていました。
や:農学部に所属していますけれど、教育とか広い意味での格差には関心があります。
余:そういう背景だったんですね。ではまずは、改めて本のタイトルを教えてください。
や:はい。タイトルは『教育格差ー階層、地域、学歴ー』。松岡亮二先生という方が書かれている本です。
余:どんな内容なのでしょうか?
や:一応日本は今「メリトクラシー」であると言われています。
この言葉は、平等な教育を受けられて、そのもとで能力に応じて各々が機会を得ることができるよ、ということです。
「でもそれってほんと?」そんな疑問をこの本は投げかけます。生まれた地域・親の学歴・収入など様々な観点から分析して、日本の教育の現実を描いています。
余:定性的な分析がメインになるのでしょうか?
や:いや、そこがこの本の魅力の一つでもあるのですが、一冊を通してたくさんのデータが出てきます。ふわっとしがちな社会学的文脈の話ですが、説得力がすごいんです。読んだ後に突き動かされるような納得感があったのは、あれだけのデータがあったからだと思います。
余:実は僕(小澤)も松岡先生の本を読んだことがあるのですが、ここまで教育をデータで分析できるのかと目から鱗でした。やすさんのお話を伺う中で、そもそもどうして教育格差に関心があるのかが気になりました。
や:私自身は東京で生まれ育って、教育格差を体感したことはありませんでした。大学1年生の時に地方出身の友人の経験を聞いて、衝撃を受けました。
余:東京の中高一貫校でしたっけ。
や:そうですね。また、政策立案を行う学生団体に所属していたのですが、その年のテーマが教育格差で。課題図書として決めたのがこの本だったという流れです。
余:友人の話を聞いて受けた衝撃と、学生団体で課題図書として腰を据えて読み込んだ経験が教育格差に関心を向けたのですね。そこから何かアクションを取ったりしたんでしょうか。
や:足立区の「居場所支援施設」みたいなところで学習のボランティアを始めてみました。
余:おお、行動力がすごいです。どうしてそのボランティアをやろうと?
や:元々、自分がすごかったから東大に来れたのかなと思っていました。だけどこの本を読んで、僕がここ(東大)に来れたのは、強く環境に規定されているからだと気づきました。
逆に、環境という意味において規定されてしまったが故に、本来受けられるはずだった教育を受けられない人もいっぱいいることに、ムズムズしました。そんな人の力になりたいと思ったのがきっかけです。
余:環境、これもキーワードになりそうですね。そのボランティアではどんな活動をしたんですか?
や:簡単にまとめると、様々な困難を抱える子供たちの学習サポートです。いろいろな事情で学習に困難を抱えている子供たちがいるので、その子たちの学習をお手伝いしました。大体半年間やっていました。
余:体験してみてどんなことを感じましたか?
や:複雑な感情でした。教育格差があることを確信したというのは間違いないです。肌感覚で問題意識を持ちました。
全ての学生が受験勉強に向かう世界は平等だが正しいのか
や:一方で、その問題意識自体に疑問を持ちました。
余:問題意識自体に疑問を抱くとはどういうことでしょうか?
や:そこにいる子供たちに、「勉強しましょう」っていうわけですよ。でも彼らは元々勉強が好きじゃないから、いやいや勉強をするんです。
その様子を見て、教育格差の解消は重要とはいえ、果たして全ての子供が受験勉強に向かっていくのが正しいのかと思ってしまった。
平等は大事です。みんなが受験勉強に向かう世界はたしかに平等です。でもそれが本当に正しいのでしょうか。そこに僕は大きな疑問を感じてしまいました。
余:その課題は解消されたのでしょうか。
や:いや、まだモヤモヤしたままです。そして、この本を読んだ人も、同じようなモヤモヤを抱えるはずです。それこそが、僕がこの本をおすすめをした理由です。
そして個人的な直感ですけど、こういうもやもやって大学に入って得られる大事なものなんじゃないかと思うんです。
余:大学で得られる大事なもの、なんだかわかる気がします。正解が手に入らなくても自分で考えることに意味があるような気はします。まとめると、なぜ教育格差を是正するべきかに迷っているのでしょうか。
や:そうですね。これは、「人間にとっての理想の社会とは」という文脈に繋がる話だと思っています。
余:かなりマクロで抽象的な話になってきました。やすさんにとっての理想の社会はどんな社会ですか?
や:うーん。。みんなが「好き」だと言えることを見つけて、それに誇りを持って「楽しむ」ことができる世界、ですかね。究極の理想としては、環境による自己実現の制約を解消したいです。
余:環境の制約が、やすさんの中でテーマになっていそうですね。となると、やすさんの理想とする社会と教育はどう関わってくるのでしょうか。
や:教育は「自分を認識し、見つけていく」過程なのではないか。僕はそう思います。それは絵空事なのではないかという不安もありますが。
想像、共感、行動。
余:この本を東大の1年生(の首都圏の中高一貫校出身の人)に読んでほしい理由を改めて教えてください。
や:自分とこれだけ異なる環境の人がいるんだ、というところにまず目を向けて欲しいです。そして読んだ後に、すごくもやもやして複雑な気分になるとは思う。でも僕はむしろそういう気分になって欲しいんです。
これから新入生は大学でいろんなことを勉強する中できっといろんなモヤモヤを感じるんだろうなと思います。でもそういうモヤモヤが原動力になったり、向き合いたいものになったりするんだろうと思っていて、この本から得るモヤモヤが、そういうきっかけになってくれたらいいなと思います。
後は、自分と異なる環境がいることを知ることに対する想像力を身につけて欲しいですね。
余:松岡先生も言っていた。社会学的想像力というものですね。
や:まさにその通りです。そして、想像するだけでなく、行動してほしい。僕みたいにボランティアに行くのもいいですし、教育格差について勉強してみるのもいいですね。想像と行動。この間に、共感もしてほしい。実際にその人の痛み苦しみに対して、自分ごとにしてみること、これが僕にとっての共感です。想像、共感、行動。このステップを踏んでくれたら理想です。
余:素敵な思いですね。UT-BASEの代表として活動されているからこその視点だと思います。最後に、この本を一言で表すならどうなりますか?
や:えーー難しい(笑)「揺さぶり」でしょうか。
こういう揺さぶりという体験があるからこそ、人の問題意識や行動は形成されるのだと思っています。そして揺さぶりの数だけ人は行動できると思っているので、気持ちの良いものではないかもしれませんが、いっぱい揺さぶりを経験したいと思っているし、東大に限らず新入生の皆さんには、揺さぶられるという経験を積んでいただきたいと思っています。
余:揺さぶり、素敵な言葉だと思います。今日はありがとうございました!
や:こちらこそありがとうございました!
編集後記
東大生という、教育格差とある意味一番縁遠い存在。しかし現在の自分が環境によって規定されていることに気づき、行動して、そしてまた他の人にこの本を通して揺さぶりを届けようとするやすさん。その徹底した利他性に感服しました。
インタビューの中では東大生という言葉が出てきましたが、もちろん東大生だけでなく、全ての人に読んでほしい一冊です。