川桜

川沿いに住む売れない小説家は③

『川沿いに住む売れない小説家は②』のつづき


「お待ちかねの帯コメントです!」

編集者からのメールを開いた 川沿いに住む売れない小説家は、むっつりとコメントを1000回ほど読み返し、静かに幸せを噛み締めた。開いた窓からは、川のせせらきが聞こえてくる。

もう、売れる予感しかしなかった。このコメントは、自分の本でなければ、絶対に買っているレベルだ。あの人に頼んで、正解だった。

ところで、この連載の第1回目に何があったか憶えているだろうか。

今はさらさらと流れる川の水が、すっかり枯渇したのである。そのおかげで命拾いをした彼は、あと1冊本を出してから死のう、と心に決めた。水を失った川のように、帯をとっぱらうことで、人々の注目を集められると信じて。

しかし本を書き上げた彼は、編集者を通して、いつも通りに帯コメントを依頼してしまった。よりによって、超有名人に、だ。

確かにそのコメントは、読んだ者を強烈に惹き付けた。
だが問題は、帯そのものを、もう誰も見てくれないということだ。本に帯が巻かれているのを見て、ナンダコレワッ!!と驚いてくれる素直な人間は、もうこの国にはいない。巻かれていることに、慣れきっていた。

そこに、最低駄作!とか、涙も引っ込む!とか、桃太郎の桃みたいに刺激的な異物を流せば、あるいは洗濯の手を一瞬止めてくれるかもしれないが、そもそも金を払ってそんな小説など読みたくない。目を引くためだけにこき下ろすのは、本末転倒なのである。

だらしなく緩んでいた頬を引き締め、売れない小説家は、編集者に電話をかけてこう言い放った。

「私の本に帯はいりません」

「は?」

「どうせあんなもの、誰も見ちゃいないんだ」

じゃあ貴様なぜコメントを依頼した。

思わず相手が作家ということも忘れて怒鳴りつけたくなったがグッと堪えたこの若き女性編集者を、誰か褒めてあげてくれないか。

つづく

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