弁当売りの書店員①
始まりは有楽町だった。たまたま通りかかったところに貼り出されていたアルバイト募集のポスター。あれがなければこうして本を書くことも、会社員になることもなかった。そもそも、この年まで生きていたかどうかも怪しい。私は本来、そういう人間だ。
私を真人間にしてくれてありがとうございます。
その感謝の気持ちを込めて、歌います。どうか聴いてください。
『弁当売りの書店員』(作詞:新井見枝香)
駅前の街路樹に 滲むイルミネーション
新幹線見送り 震える制服姿 冷たいマイク握る
首から下げた四角い箱 あたし弁当売り書店員
買ってくれないと帰れない まるでマッチ売りの少女
(掛け声)熟女だろー!
1冊いかがですか たったの1000円(+税)です
1冊いかーがーでーすかぁ~♪
(掛け声)毎度ありー!
ご清聴ありがとうございました。
12月14日(木)18時00分~「(先行発売)弁当売り書店員@三省堂書店有楽町店前」
歌いはしなかったが、寒そうに肩をすぼめる姿が哀れみを誘うのか、私と同年代の娘がいるという旅行中のご夫婦に、1冊買ってもらえた。お父さんは赤ら顔だった。
手にとってくれた人たちに「私37歳なんです」と言うと、見えないねと笑って、買わずに帰っていった。世辞はいらぬ、買ってくれ。
出版社のおじさんや、取材のおじさんが見守る中、それでも順調に箱の中の本は減り、空いたところにはクッキーやらプリンやら、おひねりならぬ差し入れが投げ込まれていった。紙袋に入った焼きたてのメロンパンからは、甘い匂いが立ち上る。
もう少し、がんばれる。
中学時代の友人が子供を預けて駆けつけてくれたり、元アルバイトの後輩が自分のことのように喜んでくれたりした。有楽町時代からの常連のお客様が、自ら両手に本を掲げて、声を張り上げてくれることもあった。
どうしてみんなそんなに良くしてくれるのか。
俺はいつだって俺で手一杯なのに。
村上春樹の『1Q84』が出た時にも、こうして寒空の下、同じ場所で声を張り上げたが、それは決して村上春樹のためなんかではなかった。本当に、誰かのために何かをしたことなんて、一度だってない気がする。
私は私の本を売るために、そして新しい本の売り方を模索して「弁当売り書店員」をやった。
だが、まさか自分の心が「ほかほか」にされるとは思わなかった。
あ、弁当だけに。
つづく
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