川沿いに住む売れない小説家は②
「帯コメントは誰にもらいましょう」
電話は編集者からだった。この言葉を聞くために、この1年間 川沿いのパン屋でパンの耳をもらって、執筆に専念してきたのだ。
あの記録的な水不足の後、秋雨が続き、川はすっかり元に戻っていた。
「ジェーン・スーさんにお願いしてください」
滔々と流れる川を見下ろしながら、売れない小説家は迷いなく答えた。
執筆期間中、唯一の娯楽は無料で楽しめるラジオだった。TBSラジオ「ジェーン・スー生活は踊る」を聴くのが日課で、気付けばスーさんに読んでもらえることを想定して、小説を書いていた。そのせいで、小説にはたびたび番組の話題が登場したほどである。
帯は編集者が考えることもあるが、書店員や書評家から推薦コメントをもらうのが一般的だ。ただ、ここぞという作品は、憧れの有名人に依頼することも不可能ではない。そして今回の本は、まさに「ここぞ」だった。
「よかったですね!ジェーン・スーさん、面白かったので帯コメントくださるそうです」
打ち合せ場所の喫茶店で、売れない小説家はうつむいたままニンマリと笑った。
勝算はあった。なにしろ、あの小説は番組の宣伝にもなる。全ては計画通りだ。
編集者は、滅多に笑わない小説家の笑顔を、少し不気味に感じた。
いつものように、また売れないのではないか、表紙が地味すぎではないか、などとネガティブな発言をしないことも不審に思ったが、ジェーン・スーさんに帯コメントをもらえたことがよっぽど嬉しかったのだろうと納得して、コーヒーを飲んだ。
「そうだ、校了のお祝いにケーキでも頼みましょうか」
編集者は、ケーキを奢ってやったその時の自分を、後に呪うことになる。
つづく
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