川影

川沿いに住む売れない小説家は⑤・完

『川沿いに住む売れない小説家は④』のつづき


そこそこのキャリアはあっても、売れない小説家のフォロワーなど、たかが知れている。

しかしその一連のツイートは、バズッた。

名のある小説家たちは、国内最高権威の文学賞選考委員である大御所作家と、国内最大手の出版社に気を使って、この件に関しては貝のように黙っていた。そこへ棺桶に片足を突っ込んだ小説家が「帯もったいない」「最高傑作って嘘だったの?」などと無邪気に発言したのである。彼のガラケーはRTの通知であっという間に充電がなくなり、しばらくコードから外すことができなかったほどだ。

その後続いて、自分の本の写真をUPすると、今度はガラケーが震えすぎて熱を発し、思わず手を離したら川に落としてしまった。運悪く、散歩中だったのである。

これを機に、ついにスマホを購入すると、すぐにnoteのアプリを入れた。さすがに売れなくてもプロの文筆家である。彼はそこに、熱のこもった、長い長い文章を投稿した。

要約するとこうである。

本にコメントをくださったジェーン・スーさんと私は、一蓮托生だ。

例えばもし、彼女が道ならぬ恋に溺れて、TBSラジオのメインパーソナリティの座を追われることになっても、彼女へのリスペクトは変わらないし、コメントの価値も変わらない。そうだろう?

慌てて帯を外して、コメントを捨てるような真似は誰にもさせない。

だから、絶対に外せないように、コメントは帯にではなく、表紙に刷り込んだ。カバーを外したらバーコードまでなくなって、売り物にならなくなる。最初から帯なんて巻かずに、潔くそうすればよかったのだ。

帯のない本を出すに至るまでのストーリーを綴った感動のnoteは世界中に拡散され、彼の本は瞬く間に100万部を突破した。それでも100万部帯が巻かれることはなく、それがなくても売れるということが証明され、出版業界における帯のターニングポイントにもなった。

しかし忘れてはならない。彼は、小説家である。つまり彼の得意とするものは創作だ。

きっかけは、干上がった川を見て、帯を外したら目立つかしら?くらいの考えだったはずだ。つい欲が出てコメントをもらってしまったものの、帯は巻きたくないと駄々をこね、年下の編集者にこてんぱんに叱られた結果、折衷案で表紙に刷ったのではなかったか。

noteには「#小説」と、ひっそりタグが付いていた。よって彼は、後付けの理由をもっともらしく語ることに、なんの痛痒も感じていなかった。ただひとり、真実を知る編集者も、売れればなんの文句もない。ベストセラーを生み出した編集者としてダ・ヴィンチに堂々と登場し、頼まれてもいないが、口裏を合わせた。

ただひとり、「帯」コメントをくださいと言われてそのつもりでコメントを返したジェーン・スーさんだけが、何か勝手にとてつもなく重たいものを背負わされたような気分で、沈黙していた。

※この物語はフィクションですが、一部現実の世界とリンクしています

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