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【選んで無職日記56】膵尾、輪切りの胴体、病院のコンビニ

2024/9/10

 この日は朝から早起きして地元のハローワークへ行った。ハローワーク自体行くのは初めてだった。
 失業保険を申請するにあたり、私の現在の仕事条件上、失業保険が貰えないのではないかという不安があったため、確認したく訪れたのだ。いよいよ本当に会社員ではなくなるのだなと実感する。来週中頃には私は会社を完全に退職して、まずは年金の変更に行かなければならない。その後に本命の失業保険のために、住まいの地域が管轄しているハローワークに行く予定だ。

 朝一番に行くとかなり派手な見た目(真紫色のベストみたいなのを着ていたような気がする)をしたおじさんが玄関前の階段に座っており、「まだ開かないよね!?」と初対面の私に質問してきた。丁度その時玄関の中で職員さんが窓に貼ってある『閉館』のラミネートを裏返して『開庁』にしたので、「開きましたよ」と伝えると、おじさんは挨拶もなしに入っていった。
 総合受付に向かうと、まだ職員さんたちは朝礼中だった。朝礼って部外者に見せていいんだな~と思う。一般企業ならまずない光景だ。例えば百貨店に朝一でかけこんで、従業員が朝礼しているところってあまり見ない。
 受付で簡単に用を説明すると、番号が書いてある紙が入ったファイルを渡された。その後ほとんど待たずにカウンターに呼ばれたのでありがたかった。
 担当の男性は私よりも若く見える。細かく内容を説明すると、奥にいる先輩らしき人に相談しつつ、回答を出してくれた。「これって住まいによって条件が変わったりすることはありますか?」と質問すると、住んでいる地域のハローワークにも念のためお電話でご相談くださいとのことで会話は終了。
 車に戻り速攻、住んでいる地域の方のハローワークに電話。私はこういう時、すぐにでも回答が欲しいタイプで、まあ退職してからでいいやとかそういう大らかな性格ではない。まだ少し蒸し暑い車内でかけた電話先の男性はかなり細かく調べて説明してくださり、結局先ほどの担当者の説明に誤りがあったことも発見してくれた。電話してよかった~。

 一旦家に帰り、父母と合流。この日のメインはハローワークではなく、病院だった。祖母にがんが見つかったのだ。母方の祖母の検査結果が良くないとの電話を受け、担当医師との面談が十時に予定されていた。
 ここで話は複雑になるのだが、その担当医師は私の小中の同級生だ。もう一年以上祖母を診てくれているようで、その事実を知った時はびっくりした。特に友達と言えるほど仲が良いわけでもなかったが、九年間も共に学生生活を送っていたのだから感慨深い。一方は医師として地元の大きな病院で活躍し、一方は自分で選んだとはいえ今は無職だ。しかも金髪だし。関係ないか。自分で選んでそうしているのだから、人と自分を比べるのは良くないね。
 そういう人間関係もあって、今日の面談には私は行くつもりがなかった。行ってもなんだか気まずいし、何より祖母の未来を聞くのが怖かった。しかし母は一緒に行こうとのこと。私も錯乱するかもだしと。
 自分の親の余命を聞くことになるかもしれないという状況を考えただけで私は卒倒しそうだ。いよいよ私もそういう年齢になってきたのだと覚悟を決めて、一緒に行くことにした。

 病院に着くぐらいのタイミングで、そういえば高校時代かなり仲の良かった友達もこの病院に勤めていたなと思い出す。総合病院で、その子は小児科の看護師だった。行ったら会えるのかな、でも会いに行っても忙しいだろうし、久しぶり過ぎてこちらも気まずいかな。
 病院に入って母が受付をしている間トイレに行ったけれど、なんと久しぶりに見る、和式トイレに洋式便座を被せたタイプのものだった。めっちゃ久しぶりに見る。びっくりして二度見した。例えば古いアリーナとか、古いビルなら今でもたまに利用するので、まだ全部和式です!とかは当たり前にある。もうこれなら逆に時代に逆らって潔い。しかし頑張って洋式にしましたタイプは何とも物悲しい。昔からある病院ならではか。うおお、という気持ちで便座に座った。

 呼ばれるまでかなり待たされ、しかも確認するとあと三十分待たなければならないとのことで暇になり、父を置いて母と院内のローソンに向かった。私は何故か病院内にあるコンビニが好きだ。普通の店舗にはない商品が陳列されているので、見ていて面白い。おもちゃや本が充実し、生活必需品もここで手に入る。その系列でいうと病院に入っているカフェも好きだ。人で溢れかえって殺伐としている建物の中で唯一の憩いの場、オアシスのように見える。
 飲み物を選んでいる途中、母がカップでコーヒーを買いたいけど、面談に持って入れないよねと言う。確かに、”ご家族”がコンビニの淹れたてコーヒーを持って入ってきたら先生も優雅だなあと思うだろう。匂いも気になるしね。面談前で緊張していたが、そんなことを考えていると少し笑えて落ち着いてきた。

 そんなこんなしていたら父から電話がかかってきて、急いで先生のもとに向かう(便宜上先生と呼んでいるが、私の気持ち的には同級生に近い)。
 久しぶりに見るその子は勿論年を重ねて大人になっていたが、顔に子供の頃の面影があってなんだか懐かしく思えた。えんじ色の医療用スクラブが良く似合っていた。私が来ることを知らなかった彼女はびっくりしてくれて、久しぶりと声をかけてくれた。こういう時は敬語で話すべきか、それともため口でいいのかわからなかった。
 挨拶もそこそこに説明が始まる。祖母は今まで膵臓に前がん細胞という、がんに必ずなる細胞を持っており、それがいよいよがん化した可能性があるとのことだった。CTスキャンの画像を見せながら、ここが少し細くなっていて、と説明してくれる。確かに、膵臓の他の部分よりも一部が少し細く見える。祖母の胴体が輪切りにされた様子が映し出されている。
 幸いまだ大きくなっていないし、がん化したところは手術のしやすい場所ですと先生は言う。手術をしなければ一般的には一年。あとはご本人の気持ち次第ですが。
 祖母は八十を過ぎており、手術は難しいのではないかと思いながら来た両親が、手術の成功率やどちらの選択肢がよいのかと先生に聞いている時に、「私の家族だったらどうするかな・・・」と彼女が言った。昔からおっとりしていて、頭が良くて優しい子だったな、と思い返す。こういう時に寄り添ってくれる先生なんだな。
 話を聞くには、進行度として手術はまだ出来る段階だし、祖母は背が小さくてかなり細く小柄な体形ではあるものの、一人暮らしをきちんと出来ている今の生活を考えても、手術が成功する可能性は十分にあるようだった。
 手術が出来るのであれば、やってほしい。あと一年しか一緒に過ごせないというのはあまりにも短いし、寂しい。未来が決まっているというのも嫌だ。環境として手遅れではないのだ。あとは彼女の言う通り、祖母の気持ち次第かもしれない。
 一度外科の先生ともお話しをしてみましょうとのことで、来週の予約をとって面談室を後にしようとしたところ、彼女に呼び止められて結婚おめでとうと言われた。私が結婚したことを知っているとは思わなかったのでびっくりしながら、ありがとうと言った(夜に祖母に聞くと、祖母から以前説明してくれていたらしい)。急遽来院した私に対し直接言ってくれて本当に嬉しかった。
 受付に戻る際、手術をするなら外科の先生か、と思い出す。もし彼女が執刀して万が一何かあった時に、彼女のことを許せなかったら嫌だなと思っていた。彼女は消化器内科の先生だから、祖母の手術は別の医師が担当する。

 会計時、祖母の保険証を持っているかどうかを事務のお姉さんに確認された。本人は来ておらず、診断結果を聞きに来ただけなので持っていないと返すと、本来であれば必要なのですが、近々でご本人様が来院しているのも確認できたので今回だけ了承しますと言われ、なんやら紙に「変更なし」と記載された。
 その時お姉さんが使用していた紺色のペンが、色鉛筆とクレヨンの中間というか、とにかく太くて柔らかそうな書き味のペンで、うわ~これめっちゃいいなと思い母に話すと、私もそれ思ったと返される。母は元々太い書き味のペンが好きで、私もそうなので、二人で書き味良さそ~と思っていることがわかって面白かった。
 会計を母と待ちながら、面談前とは打って変わって楽しそうにおしゃべりする母を見て、良かったなと思った。やはり現状がはっきり見え、なおかつ良い可能性もあることが良かったのだろう。実際に祖母の余命が一年と聞いた時、母の気持ちはどうだっただろうか。私ならその場で号泣してわんわん泣きわめくかもしれない。それでもなるべく私情を交えず質問をしていた母の姿が、ある種勇ましく見えた。

 車で帰る途中、まずは皆一旦安堵の気持ちでお腹がすき、モスバーガーをテイクアウトして帰宅。家に帰ると犬がわんわん吠え、ポテトを食べる父の顔をずっと見つめ、あれこれ欲しそうにしていた。テリヤキバーガーとポテト、バニラシェイクを頂くと一気に血糖値が上がったのか、ソファに寝転ぶとそのまま意識を飛ばして寝た。起きると父と犬がリビングで寝転んで寝ており、皆で寝ちゃったのかと驚く。

 夜は祖母を迎えて夜ご飯。毎週火曜日は必ず祖母が実家に来て、一緒にご飯を食べることになっている。食事中に母が今日の病院の話題を切り出した。つらつら話始め、もし手術しなかったら一年、と伝えると、じゃあまだ一年は猶予があるってことだね、と笑いながら祖母が私を見て言ったが、多分目の奥は泣いていたのだと思う。眼球が泣いているというか、そういうように見えた。
 でも手術出来る可能性の方が高い、元気になれる可能性が高いならやってみた方がいいと思う、と皆で伝えると、「私も頑張らないといけないなと思ってたのよ」と一言。え、そうなの?
 祖母は今日の結果を踏まえてどうするか、私の両親に決定権を委ねていたようだが、手術にはあまり前向きでないと聞いていたので、皆少し拍子抜けしたが嬉しかった。

 八時のJRで帰る予定だったので、祖母と母と家を出る。犬はなんとなく名残惜しそうというか、またどっか行くんか~という顔をしていた。
 帰りの電車で勉強しながら帰ろうと思ったが、黄色マーカーを母にあげてしまったので代わりに本を読む。車内は冷房が効いていて寒かった。もしかしたら祖母の状況によっては母のメンタルのために延泊しようと思っていたので、一旦帰ることが出来たのはよかった。




 


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