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【選んで無職日記99】「癒し」という感情


2024/10/23-25

 朝十時過ぎに先輩とロビーで集合し、近くのレンタカー屋で車を受け取りアウトレットへ行く。ピラティス用のウエアを購入することが出来て満足した。

 そのまま車で高速に乗り、トマムへ向かう。途中の道路はほとんど追い越し車線がなく、ずっと車が一列で並んで進むような道路だった。しかも朝から大雨で風も強く、ドライブするには向かない天気だ。不安に思いながらも途中のPAで休み休み、二泊するホテルに向かった。

 トマムリゾートは星野系列の有名リゾート地で、山奥に急に二本の大きな縦長のホテルが現れる不思議な場所だ。着いてすぐに牛がのんびりと牧草地で寝転んでいて、これぞ北海道の景色と思う。
 着いた頃にはもう夕方で暗くなりかけていて、天気が悪いことも相まって雲もこんもりたちこめていた。
 チェックインして部屋に荷物を置き、部屋から外を眺めた頃にはもう真っ暗になっていたが、広大な敷地に点々と建物があり、そこをつなぐように屋根付きの通路が張り巡らされ、森の小さな村のような、丸太小屋が連なって光っているような場所もあって、そこはどうやらレストラン街らしい。
 夕食には少し早いがそのレストラン街に赴くと、雨が草木にたぱたぱ降ってくる音がする中に焚き火の音がパチパチと聞こえ、気温は冷たいのに火に近づくと暖かくて、冬がもうすぐだなと感じさせられる。
 近場にあったラーメン屋が美味しそうに見えたので入り、先輩はしょうゆ、私は味噌を頂いた。リゾート価格でびっくりした(1800円)。
 その後時間も早いのでカフェに入り、カフェラテを飲んだ。スキー場がそばのホテルなので各テーブルの間隔が広く、窓も大きくて開放的だ。

 部屋に戻ると八時半から花火が始まった。ホテルの部屋が割と高層階で、かつ花火の上がる山の麓に場所から近い場所だったので花火が本当に目の前で、音にびっくりして二人で叫んだ。こんなに近くで花火を見るのは初めてだった。

 夜は湯に浸かりゆっくりしたはずなのに気が立ったのか寝られず、頭の中で夢なのか想像なのかわからない酷い映像を沢山見た。
 白地に黒ペンで書いたような漫画のような景色だったが、終始違うシーンが一秒単位で脳に送り込まれてきて、しかもそれがぐるぐる回ったり上下したりするのでとても気持ち悪かったが、寝たいなら目を瞑らなければならないし、そうするとその白黒漫画アニメを見なければならずにとても辛かった。目を開けて携帯を見ても十五分しか進んでいないというような時間感覚の狂いもあり、早起きして一時間半車を運転して身体は疲れているはずなのに、睡眠が取れず辛かった。私は睡眠が体力に直結するタイプなのだ。


 結局三時頃には寝たと思うが、起きたら七時半で、四時間半の睡眠時間は私にとっては少なすぎる。起きても眠気がおさまらないまま化粧し、朝食会場に向かった。

 朝食は和食がメインの会場を選んだのだが、だし巻き卵と鮭のお茶漬けが人気というだけあってとても美味しかった。鮭はほぐしたのではなく一匹丸々お椀に乗る形で見た目にも豪華だったし、サラダやおかず、お味噌汁なども抜かりなく美味しかった。

 部屋に戻り眠気の覚めない私たちはそれぞれソファとベッドでごろごろし、私はベッドで少し寝た。これが功を奏し一日元気に動くことが出来た。

 ベッドから起き上がって部屋を出たのが既に十二時半を過ぎており、まずは牧場がある方面に赴いた。
 入り口のすぐ近くに小さな牛二頭が小さな囲いに入ってのんびりと草を食んでおりとてもかわいい。白い毛がモフモフで、気持ちよさそうにしているところを見るととても嬉しかった。
 奥の方にハンモックがあるとのことで歩いて行く途中、牛だか馬だかのフンが沢山あったが、牧場だから仕方ない。近くに着くとハンモックが置いてある台の下に羊が丸くなっていて、動物と人間の距離がとても近い牧場なのだなと思う。ハンモックに子供が寝転んでいたが、残念ながら入り口が閉まっていて何故か入れなかったので元来た道を戻る。

 木曜日は乗馬体験はお休みと聞いていたのだが、昨日大雨でやっていなかった分今日に回されたようで乗馬体験がやっていたので急遽参加する。
 馬が待つ場所に近づくとカウガールの衣装を着こなしたお姉さん二人が案内してくれる。先輩がブラウンヘアの馬を、私はなんと真っ白の毛とブルーの瞳を持つ馬に乗ることになった。
 乗馬なんて本当に久しぶりで、大人になってからやったことなんてなかったので緊張しながら跨らせてもらう。カウガールのお姉さんに手綱の指示をしてもらいながら、ついに出発する。
 馬の上は思った以上に安定せず、体幹を常に使う行為だった。普段やっているピラティスがここで生きるとは。クラシックバレエも習っていてよかった。目線も高いし、昨日の雨で地面もぬかるんでいるし、これで落ちたら危ないなと思い姿勢をできるだけ正しながら乗り続ける。
 カウガールのお姉さんが、馬の名前はひかりくんといい、年齢も馬たちの中で最年長、この牧場歴も一番長く、その見た目もあって一番人気だということを教えてくれながら先導してくれる。途中のヤギや敷地内のことなども説明しながら丘を下っていき、美しい景色と美しい馬に心が洗われる。
 途中で合流した先輩と写真を撮ってもらい、また離れて次は馬に指示を出してみましょうと言われる。ツツツツと口を鳴らすと進みますと言われて鳴らすと、ゆっくりと前進してくれて嬉しかった。
 ぐるりと一周してまた写真を撮ってもらい、馬から降りてひかりくんに感謝の気持ちを述べる。ブルーの目で眠たそうにこちらを振り返ってくれて嬉しかったし、同時にお仕事お疲れ様という気持ちで申し訳なくもなる。
 首や頭を撫でさせてもらっている間、カウガールのお姉さんたちがひかりくんはこういう子で〜とか、先輩の乗っていた馬はこういう子でと説明してくれるのだが、「ひかりくんかっこいいね」と私が言うと「まあね、って言ってますね。自分のことわかってるから!」などと笑って言っていて、馬と人間の関係性が見えて素敵だった。どれだけの時間を共にするとここまで仲良くなれるのだろう。途端に羨ましく感じる。

 その後一度カフェで休憩をはさみ、私はホットチョコレートを注文した。手渡されたカップを見るとマシュマロが二つぷかぷか浮かんでいてテンションが上がった。事前予約性でグランピングが出来るアクティビティがあったのだが、焼きリンゴとスモアを作ることができるサービスがついていて、私はスモアが大好きなのでそれを是非やりたかったのに、予約がいっぱいで出来ずにマシュマロを諦めていたのだ。こんなところで出会えて嬉しいよ。

 カフェで身体を温めた後は、ゴルフ場などでみんなが乗るカートを借りて敷地内を一周した。広大な牧場を牛やヤギを横目に進み、白樺の木々を抜けて二十分進むコースを回ったのだが、なんだか物足りなくて追加でそれの約半周のコースを乗った。カートはアクセルを全開にしてもそこまでスピードが出ない仕様だったが、午後の二時頃を過ぎて急に気温が下がったので、風を切る頬がとても冷たかった。

 部屋に戻り、生理が始まりそうだった私は少し休みますと先輩に伝え、先輩はカフェでお団子を食べてくるというのでしばし一人でベッドで本を読んだ。美しく管理された山を見ながらゆっくりとできるなんて最高な気分だった。

 本を読みながら、私の中に癒しという感情を大事にする気持ちが大きくなっていることに驚いた。馬と触れ合い、動物が自由に野に寝そべり、風の冷たさや太陽の暖かさを感じながら物思いにふけると、私にとって”癒し”の感情が大事になってきたのだなと思う。携帯電話から絶えず流れてくる情報からは得られないような、ありのままの存在を見て、聞いて、感じること。山肌にかかる雲の影を見て美しいと思うこと。生き物が生き、瞬きをし、何かを食べて呼吸していること。人や動物からもらう暖かな優しさと、包括される心。

 先輩が戻ってきてしばらく各々ゆっくりし、夜はレストラン街でイタリアンを食べた。こういうリゾート地で働いている人たちはなんだか自然体で、大方楽しそうだ。

 八時を過ぎたころに、水の教会へ向かう。夜の八時半から一時間しか一般公開されないこの教会はリゾート敷地内にあり、安藤忠雄の設計によって建てられている。十月は毎日八時半に花火が上がるので、それならば今日は外から見て、そのあと教会へ行こうと移動した。
 建物の中から花火のぱん!という音が聞こえたので急いで外に出ると、昨日同様さらっと花火が何発か上がり、うおおと声を上げる。
 お星さまがきれい、と先輩が言うので空を見つめると、沢山の星が光っていた。

 水の教会へ向かう道はほとんど街灯がない森の中の道で、正直怖い。真っ暗すぎるので携帯電話のライトを照らそうかと思ったが、我慢して進むとコンクリートの壁に到着した。
 入口に入ると、ライトアップされた十字架が池の中で堂々と浮かんでいて、神々しさを感じる。思わず「うわ・・・」と言ってしまうような、真っ暗な中で唯一光る十字架に、恐れおののくような感情になる。
 池を横目に建物に進み、階段を上がると教会があった。先ほど外で見た十字架を建物の中から見るような形になる。
 窓越しに十字架を見ていると、先輩が教会の窓が動いていることを教えてくれた。窓は四方の壁の一つとして十字架側につけられているのだが、左から右にガラス張りの窓が開いて行って、外の空気が流れ込んでくる。目の前に外で見たあの大きな十字架がはっきりと見える。あまりの神々しさに胸を打たれた。冬に来ればあたり一面雪景色の中、これが見られるのだと思うと想像するだけで感動する。


 連日の疲れが出ているのか、その日の夜は前日よりは眠れた。昨日より少し早起きして人気だという朝食ビュッフェに向かい、昨日と似たような和食に追加でフレンチトーストを食べる。生クリームが美味しかった。

 ご飯を食べ支度をして、追加でお土産を買ったりして、チェックアウトする。外に出てもう一度牧場を見渡し、天気のよさに目をすぼめる。今度は冬に、スキーをしに来たい。その頃にはもう馬たちは、元居た自分の牧場に帰っているかもしれない。乗馬体験ができるブースにすでに出勤している馬たちを見ながら、なるべく沢山ニンジンがもらえますようにと願う。

 車を出して富良野に向かう。途中道を誤ったが平坦な道のりに引き返し、一時間ほどで新富良野プリンスホテルに到着した。
 私は小さいころにここのニングルテラスに何度も来たことがあって、大好きな場所なのだが大人になって何年も来ていなかった。行けるとしたらこのタイミングだと思い、先輩を誘ってきてみたのだ。
 木々が紅葉途中で黄色やオレンジに変化しており、ニングルテラスはすっかり秋の模様だった。入ってみると覚えている通りの小さな木の小屋が並んでいて、懐かしさに心が震える。
 ここにはニングルという妖精が住んでいて、驚かさないように静かにしましょう、のぞき込むのではなく横目で見るようにしましょうという立て看板が置いてある不思議な場所だ。
 小さなころはどうしてもニングルに会いたくて、各小屋で売っているクリスタルのネックレスやピーナッツで出来た人形も好きだったが、それよりもニングルが住んでいるという木々の間をじいっとみつめて、どんな見た目をしているのだろうと目を凝らしていた。
 なのに、大人になった私がニングルの住む場所を見て咄嗟にしたのは、携帯電話で写真を撮ることだった。懐かしい景色を収めておこうとぱしゃんと写真を撮った時に、自分のした行為にはっと気づき、悲しくなった。
 本当に会いたくてずっと目で見つめていたのに。私には今何が見えているのだろう、私は何が見たかったのだろう。

 この場所は大人になった私をかつてと変わらず迎え入れ、あの時よりも癒し、そして自然の美しさを教えてくれた。大事なことは自分の目でしか見られない。それがわかったので、携帯電話はカバンにしまった。

 以前来た時にはすべての小屋の店が開いていた記憶があるが、オフシーズンなのかちょこちょこお休みの店舗があった。先輩は白樺の木の見た目をした可愛いキャンドルを買っていた。

 ニングルテラスを奥まで行くと、ドラマ『優しい時間』で使われていたカフェ『森の時計』がある。店前でメニューを確認すると、コーヒー以外にもカレーがあるというので入り、二人ともカレーを注文した。
 アルバイトのお兄さんに、何カレーですか?お肉は・・・と聞くと、「おにく、はいってます。あと、ニンジンと・・・」と言うので、聞いてごめんねと思いながら、それを二つくださいとお願いする。
 ほどなくしてでてきたカレーには、お兄さんの言うとおり、ニンジンが通常のカレーの倍のサイズでたくさん入っており、これはお兄さんの説明が正解だなと思った。ニンジンはスプーンでほぐれるほどとろとろで美味しかった。

 ニングルテラスを離れたあとに一度プリンスホテルに寄ると、かつての懐かしいホテルのゲームセンターがあって先輩と思わずはしゃいでしまった。いつのだかわからない機種のUFOキャッチャーやシューティングゲーム、曲のアップデートが古すぎる太鼓の達人などがあって、この文化は絶やしてはいけないと思った。

 また車に乗り、美瑛に寄って人気の洋菓子店に向かった。市街地から離れた丘の上にあって、夕日がとても綺麗で、同じ土地に住んでいるのに違う国のようだった。駐車場ですれ違った若い女性は一人でレンタカーで来ているようだったから、よほど人気なのだと思う。

 美瑛から私の地元に戻り、市内で先輩に別れを告げた。先輩はこのままあと数日この辺りに滞在するという。
 ホテルの部屋やレンタカーを予約してくれたり、ホテルの部屋で暖かいお茶を用意してくれたりで至れり尽くせりしてもらって(後輩なのに?)道中もかつての仕事の話や過去の逸話で盛り上がったりして、今回の旅に誘ってもらえて本当に良かった。先輩に誘ってもらわなければトマムに自分から行こうとはならなかったと思う。




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