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マイ・ニュー・アンセム
岡崎体育さんの「おっさん」という曲に出会う機会がありました。そのきっかけは後述するとして、この曲、残りの36年+アルファの人生のアンセム、応援歌になりそうだと思った。そんなお話(36年は繰り返し言ってますが、次回のハレー彗星到来の年です。その先も生きますよ)。
1995年に社会に放り出されました。阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件が起きた年です。24歳のことでした(無駄に大学院卒なんです)。20~30代は仕事を覚えるのに一生懸命でした。めっちゃ叱られました。結婚もしました。帰りの電車の中でこっそり泣きました。30代になると「管理職」的な仕事も任されました。望んで就いたポジションでしたが向いてなかったみたいですね。心を病んで退職しました。
会社員の間は「ゼネラリスト(なんでもやる人)」になりたかったのですが、退職時には「自分の得意なことで食っていこう」と思うようになっていました。この時点で「得意じゃないことはだれかに任せよう」みたいなメンタリティになったんだと思います。「エクセルのマクロとかは得意な人に任せて、仕事では得意なこと好きなことだけやって、プライベートでは”その辺に生えてる花の名前がすぐに言える人、飛んでる鳥の特徴を説明できる人間になろう”」そんなふうに思っていました。
いろんな人間関係ができました。そんな中に大人になっても勉強を続けている人たちが多くいました。「勉強」っていうと机に座ってる感じがしますが、そういうことだけじゃなく「最近出てきた音楽、ガジェット、ポイ活、…そういうものの知識の吸収にどん欲な人たち」です。自分もだんだん「何か学ばなきゃ」って思うようになりました。もちろん文字通り学ぶだけじゃなく、新しいトレンドについていくことも含まれます。私。基本的に勉強は嫌いではないのです。無駄かもしれないけど大学院まで行ったし。
娘たちには言ってます。「もし父が”もうこんな機械のことはわからない”とか言い出したら、”常に学び続けるって言ってただろ!”って𠮟りつけてくれ」と。おっさんこそ”更新”を続けないといけないんです。それを忘れないようにするための娘たちへのお願いです。
自分の一番の興味は「音楽」に向けられていることを自覚していますが、これこそ若いころに聴いてたミュージシャンやジャンルに固執しがちなものです。いろいろと自分を”更新”しようとしていますが、なかなか難しいです。
そんな折、「岡崎体育について勝手に語っていいですか?」って連絡が来ました。上のように思っていた自分としては「返信はすぐにはできないけどぜひどうぞ!」って感じです。その通りに返信しました。そのおすすめの曲の中にあったのです、この「おっさん」。ここまでの内容を踏まえて末尾のリンクをクリックしていただければ幸いです。
こういう、音楽について新しい刺激をくれる友人、ときどきは現れるのですが、ここのところいないよなあと思っていましたが、突然現れました。長らく知り合いではあったと思うんですが、こんな話をし始めたのは最近のこと。友人って言われることに戸惑いや嫌悪があるかもしれませんが、こう呼ばせてもらおうかと。
今日、めっちゃ仕事がつらかったけど、岡崎体育の話でほんとに救われたよ。ありがとう! 明日のヲタ活楽しんで! ある意味菊池風磨に感謝だね!