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マスクが取れないあなたとわたし

3月13日から日本全国マスクをとっても良くなった。はずなのに、巷の人々はほとんどマスクをしたまま生活している。ように見える。そういうわたしは花粉症でいまだにマスクは必須で「ほんとはマスクなんかしたくないけど花粉が飛んでる限りしなくちゃダメなのよね」などと思いつつ、相変わらずマスク生活だ。

13日、職場にも「各自自己判断」という通達が出たはずなのだが誰もマスクを外さない。「もしかして新年度からだったのかも」と4月3日、一日マスクを外して働いてみたら「あっ、今日から外す人?」と同僚が話しかけてきた。彼女はマスクをしたままだ。なぜマスクをしたままなのか、数名の同僚に聞いてみたら、以下のような答えが返ってきた。

「マスクつけてない顔を知られるのがはずかしい」
「会ったときからマスクつけてた人ばっかりだからあの人こんな顔だったんだと言われるのがイヤ」
「シワが増えたから」

全然感染とか関係ないのだった。

そうは言っても顔半分、永遠に隠し続けるわけにはいかないし、いずれどこかで取らなくてはならず、そのときは今よりさらに年齢を重ねてシワもシミも増えてるかもしれないのに、などと思ったのだが、そう言えば、わたしは同僚の人々のマスクを取った顔を全然知らないのだった。そのせいか、マスクを取った顔を見るたびにちょっとビックリしていた。ほとんどの人の顔が自分が想像しているマスクなしの顔とかなり違うからだ。

この状態は、娘のころよく遭遇した「ヘルメットハンサム」がメットを取ったときに感じた驚きによく似ていた。ヘルメットハンサムは「メットハンサム」とも呼ばれるフルフェイスのヘルメットを被った状態(目だけ見えている)だとめっちゃカッチョいいバイク乗りの男性のことを言う。類似したものにスキー場に生息するゴーグルハンサムってのもあるらしい。目だけだとカッコいい人ってたくさんいるのかも。というか、ほとんどの人が実はそうなのかもしれない。

なぜなら、脳は目だけ見えている状態では、その下にくっついていると「いい感じ」の鼻と口を勝手に想像するからだ。勝手に思い浮かべている自分の理想の鼻と口と、多様な現実との間には大きな乖離が生まれる。ぼんやりとした「いい感じ」のイメージと違うからちょっとだけビックリするのだ。

そんなに仲が良くないマスク以前に知り合った人にも同じことが起きる。脳は記憶の中の3年前の彼・彼女の顔にも補正を入れているのだ。久しぶりにマスクなしの顔を見て「あれ? こんな顔だったっけ?」と思うのはそのせいだ。わたしの脳は現実との乖離にちょっとだけビックリする。

ということは、早くマスクを取って他人の目(脳)に現在の自分を慣らす必要があるのではないか、などとわたしは考えてしまうのだが、どうだろう。というか、こないだ一日マスクを外してウロウロしていたわたしを見た職場の人々は、みんなちょっとだけビックリしていたのかもしれない。

あああ、なんだか気が滅入るじゃありませんか? 感染が怖いって理由じゃなくマスクつけてる人、早くマスクを取りましょうよ。

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