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弱小高校演劇部のヒラコ。第2回

【鳥先輩の演説】

 何かというと「何で?」と聞かれるのが、ハッキリ言ってウザいし、むかつく。でも、人は何かと「何で?」と聞きたがる。わたしはこの「何で?」が本当に嫌だが、それに嫌がらず応えていくことが、大人であって、社会というものなのかもしれない。
 だから、部員が一人しかいない演劇部に入ったのを「何で?」と聞かれるたびに、わたしはこう応える。
「部活動紹介の時の鳥先輩が、かっこよかったから」

・・・・・・・・

「私たちは演劇部です。見ての通り、今、演劇部には、私一人しかいません」
 鳥先輩は、舞台の上でそういった。

 入学して一週間後の全校HRで、「全部活動紹介パフォーマンス」と名付けられた会があった。体育館に集められ、床に体育座りを命じられた私たちは、体育系・文化系あわせて26ある部活動に3分ずつの時間が割り当てられたものを見る。
 野球部は去年県大会ベスト16になった実績をスライドで発表(スライドが使えるのは野球部だけ)。バスケ部はドリブルしながら登場。剣道部は胴着をつけてなぜかスイカ割り(スイカはビーチボール)。サッカー部は何十人も壇上に押し寄せて、「僕たちは、サッカー部芸人です!」とアメトーク? をやり、持ち時間を大幅にオーバーしヒンシュクを買ってた。
 体育座りをしているわたしたちは、最初こそまじめに見、中にはメモも取っていた奴もいたけれど、後半の文化部の紹介になるとダレてきた。尻も痛いし、四月の体育館は寒いし、後半の文化部はたいてい声が小さいし紙見てただ何か言うだけだしで全体的にもういいよって感じになっていた。

 最後から3番目だったと思う。演劇部の発表があったのは。
 学校に演劇部があるなんて、漫画の中の話みたいだな、と思った。そして演劇部なんだったら、パフォーマンスみたいに、変な劇みたいな事をするのかなと思ったが、そうでもない。長身で長いスカートの女子が、ただ立って、演説するだけ。
 周囲の一年生は、皆首をうなだれ、体育座りの姿勢を崩すと体育教師が「ちゃんと座れ」「3組は座り方が乱れている人が多すぎる」など言ってくるので、座り方だけきちんとする。だけどもう、人の話を聞く体勢ではない。
 そこに、やや低めの、でもハッキリとした声が、列の間を通り過ぎた。わたしは顔をあげた。

「この1年、部員が一人しかいなかったので、演劇はできませんでした。今は顧問の市原先生とともに、発声練習をし、脚本を読み合わせるなどしています。」

 用意されていたマイクを遣わなかったのは、全部活動の中で演劇部だけだった。そしてその話し方。
 演劇部だから、てっきりクセのある……なんていうんだろう。芝居かがった――例えば、卒業式で生徒が「僕たち、私たちは~」みたいな話し方するのかな、と思ってたけれど違った。普通だった。だけど普通じゃない。大きな声。でも、大きくは感じない、というか。わたしの今まで聞いたことのない声の感じ。

「私は演劇が好きです。でも昨年1年は、大会に出ることもできませんでした。……。演劇に興味ある新入生の方、ぜひ一度、部室に見学にいらしてください」

 そして一礼して去っていく。そういえば、他の文化部と違い、原稿を見ていない。背筋を伸ばして、私たちを見ていた。
拍手が遅れて、まばらに起こる。司会の生徒会の人が「あ、っりがとうございました。……続いて新聞部です」と、何事もなかったかのように続ける。
でも、わたしは見た。
 他の部活動紹介に比べて、短かかった。もしかして、演劇部の発表は、もっと長かったんじゃないだろうか。もっと伝えたい事や、言いたい事があったんじゃないだろうか。それを、この会場の空気を見て、とっさに判断して、短めにして切り上げたんじゃないだろうか。
 そういう、わたしたちの、聞き手の状態を瞬時に判断して、でも伝えたいことは伝えて。目を見てて。そう言うのが、……あ、かっこいいな、って、

・・・・・・・・・・・・

「そう……思ったから」
 と、わたしは目の前のメルモに言う。メルモは「そっかぁー、演劇部の先輩なんかヅカっぽいよねー」と弁当を口に入れながら言う。「鳥先輩ね」「トリ先輩! 鳥って本名なんだよねトリ先輩!」
 昼休み。
 高校のクラスの空気が、とても女子一人で弁当を許される雰囲気ではなく、女子たちは名前の順で座らされている座席の近くて話しかけやすそうな人達と弁当食べグループを形成する。
 だが入学から3週間もすると弁当食べグループには変化が生じ、気の合う友達同士で囲むようになり、それが部活動加入などで勢力図が微妙に変わり、ぼんやりしているとメルモというわたしよりも背が低いアニメ声の女の相手をしてしまっていて、そいつと、ヒキさんという名前の順が近いだけの女子の3人集団にゴールデンウイーク明けくらいになり、その後変動無くだいたい固まってきて、あ、もしかするとこれは、これでこの1年過ごすことになるのかな、って予感し、今に至る。
「ズカとは」
 無口なヒキさんが口を開く。
「え、宝塚ってヅカって言わない? え? え?」
「ああ」
 そう言ってヒキさんはまたパンを少しづつ食べる人モードに戻る。
 ヒキさんは浅黒の細身で丸メガネで小動物っぽく無口な地味女子だったが、わたしは丸メガネかける奴なんてどう考えてもギャグだと思っていたので、それが実在したことにまず驚いていた。高校ってこんなにフィクションみたいな生徒がいるのかって思いしらされるが、3週間たつと丸メガネなどどうでもよくなるから、慣れはすごい。
 そしてメルモは明らかにアニメ声の、アニメ好きで、声優になりたい人キャラを「やって」いる。わたしよりふくよかで、でも出るところは出てて。でも体育の時のマラソンが異様に早い。外見はどう見てもちょっと太めの座敷童なのに。
「ジョジョのアニメなんだけど! わたしの親戚に【スピードワゴン財団から派遣された医者役】の声優やった人がいる!!!」
「ほう」
 そうそう、この話題に食い付いた私が悪かった。
「その親戚のお兄ちゃんねー、四部で【『これからテメーをジョジョって呼んでやるぜ』ってセリフを言う生徒役】もやってた!!!」
「東方仗助がジョジョって呼ばれるの、4部だとそこしか言われない有名なやつだよね」
 アニメの話に大っぴらに反応するのがクラスの中でヒキとわたしくらいしかいないっぽく。高校でアニメの話をすると、浮くのだろうか。とはいえわたしも別に原作ジョジョが好きでそのアニメを熱心に見てる、くらいしか話題が無いのだけれど。
「それぇぇぇぇえ!」
 手を取られ、そしていつの間にかいたヒキさんも大きくうなづいていた。それがわたしの昼休み弁当食べグループが確定した瞬間であった。

「ヒラコちはもう演劇部は仮入部じゃなくて本入部なぁん?」
「うん」
 そういうとメルモは「へぇーっ」と感心した。大きなリアクション。「やってんなあ」と心の中で思う。
「勇気あるー」
「なんで?」
「演劇だよ? エンゲキブ。おおロミオーみたいな?」
 ロミオって誰だよ。
「わたしたちって、部活が名札みたいなものじゃんか。野球部の鈴木です、とか。サッカー部の田中です、みたいな」
 そうなのか? でも、そうなのか。現にわたしたちのクラスは、部活で弁当食べグループが決まりつつある。部活って、高校生の階級を決めてしまうものなのか。
「あったしはさすがに運動部にしたよー。陸部。中学からやってるだけだけど。ま、どうせすぐ行かなくなるだろうけどもさ」
 メルモがいうには、文化系の部は高校では人間扱い扱いされなくなるらしい。
「じゃあメルモは……声優部があったら入ってた?」
「んー放送部がそれっぽいらしいんだけど、なんか入ったら負けだと思った」
 メルモに言われたくはないんじゃないか。
「部活動は、全員入らなきゃいけない」
 と丸メガネのヒキさんが口をはさむ。
「わたしは、入りたくなかったけど、……多分、美術部に、入る、と、思う」
「あー美術部か。大丈夫大丈夫美術部は治外法権だからー。」
 何が大丈夫なのかわからないが、メルモはそのまま続けて「吹奏楽部は運動部」「野球部と女バレは固すぎストイック過ぎ」「サッカー部はチャラとバカしかいない地獄」「バド部はオオカミの群れ」「テニス部はドラえもんの始まり」「地学部と将棋部は高校生としての死」「てか地学部って何?」などといって、それでメルモは爆笑する。
「イメージよ、毒舌じゃないのイメージをつたえてるのわたしは。あねーちゃんから聞いたウチの高校の部活イメージを伝えているだけ」
 メルモの姉もこの高校の生徒だったらしく、メルモはこの高校の謎情報にあかるい。

「じゃあ、演劇部って、どうなの?」
 メルモに何気なく聞く。
「どうもなにも、……無いよ。無だよ。無」
「無?」
「だって、演劇部なんて。あ、あったんだ、って感じ」
「演劇部のヒラコ」
 ヒキさんもぼそっという。
「そうだよ。わたしはどうせ、弱小高校演劇部のヒラコだよ」
「……重いね、それは」
 ヒキさんも、なんだ、……美術部のくせに。
「3年の先輩と二人っきりって、キツくない?」
「別にきつくないよ。」
「てか、活動できるの? 大会とか……二人で出れるの?」
 それは、わかんないけど。
「部活って名刺みたいなもんだからさ。私もクラスの中じゃ、うきまくりのアニメ声クソウザオタク女って、感じじゃん? 死ねって感じじゃん? でも、かろうじて陸部入ってるって事で、社会とつながりっていうかさ、……男子と話できたりするって事もあるんだよ」
 自覚的なオタクなんだよなメルモは。だからすこし哀しみがあるんだよな。そして、社会の繋がりうんぬんのその感覚全然分かんないけど。陸上部だと、男子と話せるって何? てか、男子と話せるから、何?
「なーんでさ……鳥先輩って、一人で演劇部なんてやってたんかね。それじゃあ……誰とも話せないじゃん」
 いや、それはわたしもわからないけど……。

・・・・・・・・・・・

「っていう風に、クラスの友達に言われまして」
 と、てへぺろという顔をして、わたしは部活動の帰り際、廊下に出て、被服準備室の鍵を閉めている鳥先輩に何気に伝える。鳥先輩は一瞬、顔を曇らせる。
「……すまんね」
「え、」
「演劇部って、恥ずかしいもんだもんなあ」
 鳥先輩がそんな事を言うとは思わなかった。
「恥ずかしくないです!」
 つい反射的に、手をグーにして言う。
「カッコよかったです。部活動説明会の時の、鳥先輩」
「よかあないよ。……練習したことや伝えたい事、なんもできなかったし」
「でも」
 わたし、分かりましたよ、伝わりましたよ、鳥先輩。
 あのステージ上で、鳥先輩だけが、自分で考えて声を出してた。他の生徒は、ふざけるか、身内のノリか、やれといわれて仕方なくやってるか、とにかく、幼かった。子供だった。
 鳥先輩だけが、本当に何かを伝えたくて、そしてそのために必要な事をやり、不必要な事をやらなかった。
 それを、自分で判断してやっていた。演劇部だけが大人だった。
 わたしにはわかる。他の人には分からない。それが分かったから、わたしはここに来たんだ。
「ヒラコ、さ」
 わたしの名前は平子舞。東春日部中央高校一年普通科。嫌いな物は少女漫画と佃煮。
「来週から、進路調査で遅くなるから。部室の鍵、市原サンから借りてくるの、頼める?」
「はい!」
 部活は演劇部。部員は二人だけ。弱小高校演劇部。大会に出られるかどうか、演劇ができるのかどうかもあやしい。
「よろしくね、ヒラコ」
 でも、やります。わたし、演劇部を、やります。
 鳥先輩と一緒に。

【つづく】

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