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子供のとき以来、60年も病院に行っていなかった父のはなし
『病院に連れて行って』と連絡が来たときには、父はかなり弱っていた。家から数分の病院に行くのもタクシーで行くほどに──。
父の症状を見て、わたしは実家から数分の消化器内科に連れて行くことにした。Google先生によると、人気の消化器内科らしい。病院に着くと、看護師さんは父の容体を見るなり、大きなソファへと案内してくれた。衰弱した父に代わって、問診表を書き進める。
こうも衰弱していると、”お酒やたばこの量はどのくらい?”といった項目は書きにくかった。後ろめたい気持ちで、日本酒を2合、焼酎を2合、毎日、数十年以上と記す。たばこは減ってはいたが、これも50年以上の歴である。
人気の消化器内科はなかなか順番が来ない。先生が来るまでの間、何度か看護師さんが声を掛けてくれた。
看護師A:普段はお酒は飲まれますー?どのくらい?
父:日本酒を2合、焼酎を2合
看護師A:2合…?
ピンと来ていない様子の看護師さんに、父は小さくうなずく。
人気だという消化器内科は、ひっきりなしに担当が変わる。
看護師B:お酒はどのくらい飲まれるのー?
父:日本酒を2合、焼酎を2合
驚いたように手で瓶のサイズを示すと
看護師B:2合ってこれくらいー?
父は満足げにうなずく。
そうこうしていると、先生がやってきた。
看護師B:あ、先生!
お腹の張り具合を見て
医師:お酒はどのくらい飲むの?
正直言って、同じ質問にまともに答える体力はこのときの父にはなかったと思う。
しかし、みんな目を丸くして『あーそんなに飲むのね』『毎日!?』なんて相槌を打つものだから、『日本酒2合、焼酎2合』と答える父はどこか誇らしげだった。
注釈:父は高校生の頃に盲腸を患った以来、病院には行っていなかったそうだ。父曰く、『病院に行ったら病名を付けられる。病人にされちまう』である。しかし、この日の父は看護師さんたちにちやほやされて、まんざらでもない様子だった。