見出し画像

今日は娘と行くよ、とメールを打つと
『待ってます』といつになく早い返信があった。

父にとっては初孫である。
口数は少なくとも、かわいいはずだ。

娘と3人で一緒に食卓を囲めるのだから 
折角なら好物のおでんにしよう。
前日から仕込んだ大根を持って家を出た。

おでんが好物なのはわたしの娘だが
無論、酒飲みの父が嫌いなはずもない。

大急ぎでたまごを茹で、
おでんの詰め合わせと
買い足したすじ串を一緒に煮込んだ。
大根にはばっちり味が染みている。
土鍋からはみ出したすじの串がたまらない。


介護用のサイドテーブルに
おでんとビールが並ぶ。


『かんぱい』


少し遅めの退院祝いが始まった。

しかしその時である。
わたしが配膳した食器が気に入らないようだった。

介護ベッドからわたしに視線を送り、
『おでんをお椀で喰うなんて』
と言うのだ。

食器棚は数日前から介護用の手すりで
塞がれ、使える食器は限られている。

わずかに開いた隙間から
ちょうど良さそうな器をいくつか出したが
父はしかめっ面で首を振るばかりだ。

しびれを切らし
『じゃあ、どれが良いの?』と問うと

父はふらついた足取りで食器棚まで来て、
カニの絵の平たい汁椀を取り出した。

それはわたしがさっき問うた器だ。


やれやれ。


しかしかわいいじゃないか。
孫の前では威厳のある祖父でいたいのだ。


その日、父は

夜食もおでんが良いと言った。

いいなと思ったら応援しよう!