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とある3つのファンタジー【陽気なおじさんを召還し、父の思い出話を聞く】
https://note.com/honozikaigoroku/n/n172e1571a987
父のことを”ちゃん”づけで呼ぶのは、もはやこのおじさんくらいだろう。青春時代を高度成長期とともに過ごし、日本経済が右肩上がりであったバブル期をともに駆け抜けた同志。さぞかし色鮮やかな思い出話が聞けるに違いない。
そう意気込んだのも、つ・か・の・ま。全ては壮大なファンタジーであってほしいと今は願う。
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聞くところによると、おじさんが父と会ったのは1年ほど前のこと。行きつけの立ち飲み屋で会ったのが最後のようだった。父の遺影に呼び掛けては涙を流す。そして、ひとしきり病気や介護の話を聞いたあと、「もう良いよね?」と切り出して、飲んだ席での思い出話をしてくれた。
ひとつめは、ほんの数年前に銀座の行きつけのバーに女優のような美人を連れだって現れたこと。
わたしが子供の頃、全く家庭をかえりみなかった父。そういった話は数々あるだろう。むしろ、年をとってもモテたというのは娘としても誇らしい限りである。
ただの美人じゃない。”女優のような”美人。響きが良い。うんうん。
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しかし、続けて血気盛んな時代の話になり、風向きが変わった。「そういえば、あなたのお父さんは”許せない!”が口癖でねぇ…」とおじさん。どうやら、ライバル会社の社員とけんかになり、警察が出動する大騒動になったことがあるらしい。挙句の果てに警察に盾突き、拘留が1日延びたそうだ。
わたしが子供の頃、父が家に帰ってこないということが度々あった。子供ながらに、別宅があるのでは…と疑ったものだ。もしかしたら、そのうちの数日は警察で過ごしていたのかもしれない。トホホ。
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そして3つめ。やはり酒飲み仲間らしく、飲んだ席での話だった。それは、飲んだ帰り道に某国の大使館の外壁に仲間3人で立ちションをした、というものだった。何語かはわからなかったが、相当怒られたらしい。外交問題だとか、壁の内側だったら治外法権で大変だとか。
「今じゃ防犯カメラがあるからねぇ」と頭をポリポリと掻きながら笑うおじさん。なんだか愉快な話に聞こえてくる。あはは、そしてトホホ。
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昔話は血気盛んな時代までさかのぼって、ひとまず第一章を終えた。陽気なおじさんは現在ボクシングにハマっているそうで、わたしをボクシングクラブへと誘ってくれた。それから、父が美人を連れだって現れた銀座のバーにも連れて行ってくれるそうだ。もとい、”女優のような美人”。
銀座のバーではどんな話が聞けるだろうか。第一章でこの調子なら、第二章はさらに荒れそうだ。
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もうここで良いよ、と遠慮するおじさんをトボトボと歩きながら駅まで送り届けた。父に重なる老いた背中を見送るのは、少し寂しい。ただ、この第一章が壮大なファンタジーであってほしい…そんなことを考えずにはいられない帰り道だった。
編集後記:帰り道、こんなことも話してくれました。後日、大使館の前を通ったら、白い外壁に3つの黄色いシミが付いていたそうです。申し訳ない!