会社にまつわる悲劇は外部の資金を安易に入れることによって起こるという話
先日、知り合いの大学生が「楽してパーッと儲かる方法ありませんか?」と聞いてきました。何のことかと思ったら「半年で1000万円稼ぐのは難しいですか?」と言うのです。
一般論で言えば、日本では年収1000万円のことを「いっぽん」とか「大台に乗る」とか言って目標にしている人が多くいます。半年で1000万円稼ぐということは年収にして2000万円です。そんな簡単なことではありません。それほどの額を男子大学生が稼ぐのは容易なことではありません。
少し話を聞いてみると、彼は資金調達を考えているらしく、あるエンジェル投資家に話をしたら(たぶん有象無象をあしらうために)「半年で1000万円稼げたら考えるよ」と言われたそうです。
このエンジェル投資家は全然知らない人で、Twitterとか見たら胡散臭そうな感じがしましたが、言ったことは大筋で間違っていないと思いました。曰く「投資は必要ない」「学生企業で成功している人は元手がなくても成功する」「お金を稼ぐ前に贅沢を覚えるとろくなことがない」的なことを言っていたそうです。これは正しいですね。
Drinking the Kool-Aid文化圏
サンフランシスコの知り合いに中屋敷さんという優秀で努力家の好青年がいます。彼はサンフランシスコで大きな夢を追いかけています。
しかし、彼の行動で決定的によくないように見えるのは、二言目には「資金調達」という言葉を口にすることです。
TL;DR(要点)
(略)
・これから資金調達を行う予定です。フルスタックエンジニア、UI/UXデザイナーを探しています。
彼が起業するのは今回でたぶん2回目です。1回目の起業の際のFacebook投稿には「資金調達のため1/27 (日) - 2/7 (木) で東京に戻ります!」とあります。どうやら彼は起業するとすぐに資金調達をする傾向にありますが、これは順番が違います。まずプロダクトを作って、事業を加速する段階で資金調達を検討するべきです。
すぐに資金調達に走るのは、おそらく彼が普段交流のある人の影響だと思います。サンフランシスコ界隈でスタートアップを始めて、少し先行している人が資金調達のアドバイスをするのでしょう。
Drinking the Kool-Aid(クールエイドを飲む)という言葉があります。語源はサンフランシスコにあったカルト教団の集団自殺にありますが、最近では、サンフランシスコとかシリコンバレーでスタートアップにのめり込んでいる人を揶揄するときに使われます。
仲間内の同調圧力に屈して誤った、あるいは無謀な選択をしてしまうことを意味し、「盲信する」、「無批判に従う」、「固定観念に囚われる」などといった意味で使用される
Wikipedia - クール=エイドを飲む
サンフランシスコで起業家仲間と一緒にいると、会社を作ったらすぐに資金調達という固定観念に囚われがちだということです。
具体的な名前を出しませんが、サンフランシスコのある(おそらく中屋敷さんが尊敬している先輩)起業家を何人か知っています。そのうち1つの会社は現在は数億円のシードラウンドにあったはずで、その界隈では成功者のように言われています。
最初はその会社の創業者も日本のエンジェル投資家から資金調達をしたそうです。そして事業を何度か方向転換して今のアイディアにたどり着きました。その段階ではずいぶん泣き言も多く、世間で語られる格好いいイメージとはずいぶんかけ離れています。先に資金調達して、その資金を使って複数のアイディアを試して失敗を繰り返して成功を掴んだわけです。つまり、プロダクトを持って投資家に会ったのではなく、先に投資家に会ってからプロダクトを開発したのです。
投資家も慈善事業ではないので、リスクの高い投資案件には高いリターンを求めます。スタートアップで言えば優先株をいっぱい取られるということです。その状態で頑張って働いて会社をそこそこ大きくして、事業売却でexitしたとします。でも創業者の手元には意外とお金が残らないはずです。創業メンバーにとって不利な条件でエンジェル投資家やシード投資家に株をたくさん渡しているからです。
もし先にプロダクトを開発して収益化してから資金調達をしたら有利な条件で投資を得られたはずです。
重要なことですが、資金調達は自分がお金が欲しいときに行ってはいけません。投資家がお金を出したいときにやります。IPOでもIPOウィンドウが開いているという言い方をしますが、そういうときは投資家がお金を出したくてウズウズしているので、イマイチな会社でも有利な条件で資金調達できます。これはもっと小さい投資でも同じことです。
投資家がお金を出したいのは市況もありますが、将来有望な会社を見つけたときです。テックスタートアップで言えば、プロダクトが既にあってユーザもいる会社ですね。逆に、会社だけ作ったけどプロダクトがありませんという会社は、よほど条件がよくなければお金を出したくはないでしょう。
不利な条件で資金調達すると優先株をいっぱい持っていかれるし、お尻叩かれるし、必死で働いてexitしたけど大して手元にお金が残らなかったりします。仲間内で「〇〇さん資金調達したらしいじゃないですか!すごいですね!」と言われたりしていい気分はするかも知れないけど。スタートアップ界隈で起きる悲劇の多くは他人の資金を入れることによって引き起こされます。「資金調達しました!」と友人が言ってきたら「おめでとう」ではなく「・・・まあ頑張れ」という風になるほうが健全かも知れませんね。
昔のシリコンバレーカルチャー
以前のシリコンバレーはそういう場所ではなかったと聞いています。
以前のスタートアップはガレージで起業することがよくありました。誰かの家の使われていないスペースを社屋としたわけです。給与も最初はないことが普通で、生活費を切り詰めて、1年とか一定期間頑張って開発をします。シリコンバレーやサンフランシスコではヒッピー文化があり相互扶助の精神があったのでそれでも成り立ったのだと思います。
それがいつの間にか、プロダクトもない、あるいは育っていない早期に資金調達してサンフランシスコにオフィス借りて、起業家仲間とワイワイやるような、楽しいかも知れないけど拝金主義的なクールエイド文化に置き換わってきました。たぶんこのエリアの生活費が上がってきて、誰かの家のガレージで頑張るというのが難しくなったのも一因でしょう。
これも時代の流れと言ってしまえば簡単ですが、サンフランシスコでクールエイドを飲んできた人がドヤ顔でシリコンバレーでスタートアップしてきましたというのは「それは違うだろう」と思うです。
最初の大学生を諭した投資家の話
全体の話がわからないけれど、いくつか送ってきた会話のスクショを見た感じだと、そのエンジェル投資家の言っていることは上記の理由により合理的だと思いました。単に見込みのない大学生が「かねーかねー」言っているので「じゃあ半年で1000万円稼いだら考えるよ」とあしらったのかも知れませんが、この返し方はなかなか上手いと思います。
その大学生もまずプロダクトを自力で開発して、投資家が「ぜひ投資させてください!」と向こうから頼み込んでくるくらいになってほしいなと思います。