マリグナントを見た 何を見せられているのかよくわからなくなるが、満足してしまう作品
ネットフリックスに映画マリグナントが来ていたので見た。いろいろな意味で私にとって衝撃の映画であった。
監督はソウ、インシディアスなどで知られるジェームズ・ワン。ホラー・スリラー・ミステリー作品の名手である。
主人公エミリーはDV夫から凄惨な暴力を受けているのだが、ある日、夫の暴力で後頭部を強打したこと境に、謎の化物が人間を殺す姿が映った悪夢を見るように。そしてこの悪夢は目覚めると、見た内容が現実になっているという奇妙なものだった。エミリーが見た悪夢の通りに死んでいくものたち。妹のシドニーとともに事件の謎を追う中で呪われたエミリーの出生の秘密が明らかになっていく。
というのが大まかなストーリーだ。ストーリーでわかる通り、ホラー映画をうたった作品なのだが、次第に何を見せられているのかよくわからない展開が進んでいく。
ネタバレになってしまうので詳細は避けるが、私は本作を視聴中、以下のような思いを抱いた。大体は比喩である。
私は寿司を食べに来ていた。銀座の名店で長年修行を積んだ、ベテランの板前が豊洲市場に毎朝足を運び、厳選した珠玉のネタを握って出してくれる名店である。
私はのれんをくぐり、促されるままに席に着くと「お任せで」と板前さんに伝える。「へい!」と、よくとおる野太い声で答える板さん。
だがしかし、何やら動きがおかしい。目の前のガラスケースの中におかれたマグロやこはだなど、珠玉のネタには目もくれず、裏へ引っ込んでしまうのだ。
しばらくすると、奥からじょわじょわとフライパンで何かを熱する音が聞こえてくる。なんだ? そう思っていると漂う、炒めた玉ねぎの香ばしいにおい。トマトのにおいもするだろうか。そこに香辛料のにおいも加わってくる。とても食欲をそそる。「ぐー」と腹の虫が鳴く。
だが明らかに、作られているのは寿司ではない。
頭の中が疑問符で一杯になっていると、裏で引っ込んでいた板さんが湯気が立ち上る皿を持ってきた。
「へい!」 ガタン! と音を立て、目の間に置かれる皿。そこには白米とバターチキンカレーと思しき料理が乗せられていた。
「お任せで寿司を頼んだのでは?」 そう思い、板さんを見る。
こちらを見つめ、満面の笑みを浮かべる板さん。しかし目の奥は笑っておらず、右手にはよく手入れされた刃渡り30㎝ほどの出刃包丁が握られていた。どうも握る右手に力がこもっているようで、手首のあたりに青い筋が浮かんでいる。
私はカレーと一緒に渡されたスプーンを右手で持ち、黙ってカレーを食べ始めた。するとこれがうまい。一口運ぶと辛さがほとばしるが、奥にほんのりトマトの酸味と玉ねぎの甘味が感じられる。そこにカシューナッツのコクと名前も知らない香辛料たちが加わる。深みがあり一言では表現できない絶品のカレーなのだ。一緒に煮込まれたチキンも滋味にあふれていてうまい。
私は一心不乱にカレーを口に運び、モノの10分ほどで平らげた。頃合いよく出された、氷がたっぷり入った冷たい水を一機に飲み干す。
「ふー、大満足」
レジで1200円を支払い、のれんをくぐり外に出て、ふと思い出す。
「寿司を頼んだんじゃ?」
そんな映画である。何を言っているのかわからないが私も何を見ているのかよくわからなかった。
端的に言うとマリグナントは、ホラー映画としてスタートするのだが、徐々に予期せぬ方向へ進んでいく。ただ、お出しされるもののクオリティが高く、見ているうちについついのめりこんでしまい、夢中になって最後まで見てしまう。
しかし、ふと終わってみて冷静に考えてみると、何を見ていたのかうまく説明できない。マリグナントは私にとってそんな映画だった。
とはいえ、とても面白かったのは事実である。
了