[本のおはなしvol.18] 「よあけ」
あっという間に6月も半ばに差し掛かりました。
一年の半分。時の過ぎるスピードは年々増すような。
そんな時の過ぎゆく慌ただしさとは相反する、ゆっくりと静かな時間を描いているのが今回紹介する『よあけ』です。
この本に出会ったのは、大学生の時。
クレヨンハウスによく行っていた時期があり、その時にこの静かな表紙に惹かれて手に取ったのがはじまりです。
おともなく、
という言葉から始まって、おじいさんとその孫が木の下に眠り、まだ暗いうちに起き、火を焚いて朝ごはんの支度をし、湖に漕ぎ出る。やがて山の端が明るくなり、朝日が昇る。
奇想天外なことが起きるわけでもない、湖畔のある1日の始まりの様子を、短い言葉と絵で表した詩のような絵本。
ゼロからの一大スペクタクル
音もなく、動くものもないという、言わばゼロの状態から始まることで、そよ風が湖面を揺らし、カエルが湖に飛び込み、鳥が鳴き始める。
そんな日が昇るまでの一つ一つに大きなインパクトを感じます。
色彩も、日が昇るその直前に湖面にわずかな黄色が現れるまでは徹底して暖色が登場しない。その分、最後の見開きで表現される夜明けの色彩の圧倒的な明るさが凝縮されていて、あたたかさやうれしさ、そしてどこかありがたいという気持ちも感じられます。
日が昇って、夜が明けるという、一見当たり前のことが当たり前ではない。こんな一大スペクタクルが毎日起こっているということに、日々の尊さを教えてくれる絵本でもあります。
翻訳は瀬田貞二さん
「本のおはなし」では、この本の持つ静かな雰囲気についても話が及びました。本のおはなしvol.16で紹介した『おやすみなさいおつきさま』で感じるのと同じ様な雰囲気を感じるなと思っていたら、翻訳家の方が同じだったということに松尾由佳さんが気付いてくれました。
瀬田貞二さん、児童文学の分野で翻訳・評論・創作などを手がけられた方で、「あ、この本も!」という感じで様々な本に関わられていたのだなと今回知ることが出来ました。子どもの本の評論もいつか読んでみたいと思っています。
漢詩をモチーフにうまれたおはなし
巻末に、『よあけ』は、中国唐代中期の文学者・政治家であった柳宗元(りゅうそうげん、773~819)の漁翁という漢詩をモチーフにして作られたということが記されています。
漁翁 / 柳宗元
魚翁夜傍西巖宿
曉汲清湘燃楚竹
煙銷日出不見人
欸乃一聲山水綠
迴看天際下中流
巖上無心雲相逐
漁翁、夜、西巌に傍(そ)うて宿し、暁(あかつき)に清湘を汲(く)みて、楚竹を然(た)く。煙銷(き)え、日出づれば人見えず。欸乃(あいだい)一声、山水緑なり。天際を廻看して中流を下れば、巌上、無心雲相い逐(お)う。
漁師の老翁がひとり、西岸の岩のもとに舟を停めて夜を過ごし、暁のころに、清らかな湘江の水を汲み、楚の竹を焚いて朝餉のしたくをする。朝もやが晴れて日が昇ってくると、もはや漁翁の姿は見えない。「えいおう」と舟漕ぎの一声だけが響くその景色は、山も水も青々と輝いている。はるか彼方を巡り見て、川の中ほどを漕ぎ下っていけば、昨夜舟を停めた岩の上空には、無心の雲が流れていく
左遷され、都から遠い大自然で、自然と一体になってその豊かさを味わう暮らし。漢詩「漁翁」に描かれている翁のイメージは、『よあけ』に描かれているおじいさんの、にこにこ泰然自若としたどこか仙人のような、大自然そのものの様な雰囲気に投影されている様に感じます。
「漁翁」に登場するのは翁一人ですが、『よあけ』にはおじいさんと共に描かれる孫の存在があって、その孫を登場させたところに作者ユーリ・シュルヴィッツの次世代へのあたたかい眼差しがある様に思いました。
こんなに雄大な景色の中で、その場所と一体となる様に過ごしてみたい。その場所の空気は澄んでいて... などとイメージがどこまでも広がって行きます。
慌ただしい毎日の中で、この本を開いている時だけはどこかゆっくり、しんとした時間が流れて、深呼吸したくなるような。そんな時間を連れてきてくれる本です。
さて、本日の子守唄。
『よあけ』の、広いたっぷりした大きな湖からイメージした歌。
Jimi Hendrix作詞作曲のDriftingを。
Jimi Hendrixと言えばエレキギターをかき鳴らすイメージが一般的ですが、どこか静謐なイメージの曲も残しています。
有名なアメリカ国歌のエレキギター独奏にも、どこかそんな「しん」とした雰囲気を感じる瞬間があります。
この曲で描かれているのは海の景色ですが、広い大きな水面に小さな船が浮かんでいるという情景には、どこか相通じるものがあると感じての選曲です。
Drifting
Drifting
On a sea of forgotten teardrops
On a lifeboat Sailing for
your love Sailing home
漂流
救命ボートで 忘れられた涙の海に 漕ぎ出す
君の愛へと 、我が家へと漕ぎ出す
Drifting
On a sea of old heartbreaks
On a lifeboat Sailing for
Your love Sailing home
漂流
救命ボートで 古い心の傷の海へ 漕ぎ出す
君の愛へと 、我が家へと漕ぎ出す
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