【庭の京都】紅葉の余韻 綿矢りさ(作家)
ひととき11月号の特集「古都もみじ 仏像の奈良、庭の京都」より、作家の綿矢りささんにお寄せいただいた京都の紅葉にまつわるエッセイを転載します。本誌では、思わず息をのむような臨場感ある美しい紅葉のグラビアが満載です。ぜひ、この機会にお求めください。
毎年、秋になると京都のタクシー運転手さんと、ある会話をよく交わす。
「今年は、いつぐらいから紅葉しますかね」
「11月26日くらいが見ごろのピークちゃいますか。○○なんかはもう紅葉始まっとったから、月末まで保(も)たんかもしれんなぁ」
さすが京都じゅうを毎日走っている運転手さん、紅葉や桜のリアルタイムの状況は、どのブログよりも詳しい。ただ、この時期の運転手さんや私のような地元民の最大の関心ごとと言えば、見ごろより紅葉の出来だ。
「今年は上手く赤くなりますかね」
「いや、寒暖差があんまり無いから、あかんのとちゃいますか。ぐっと冷え込んだ日が無いさかい」
紅葉が桜よりムズカシイのは、ここだ。満開のときの雨風は大敵とはいえ、桜が不発に終わった京都の春を、私は見たことがない。しかし、もみじはと言うと、毎年揺らぎがある。テレビやポスターを飾る、錦絵のような真っ赤なもみじ、ふっさふさに色づいた秋の山々をイメージして、やって来ると「アレ?」となる年がある。見ごろのど真ん中の日に旅程を組んでも、だ。
京都生まれの自分としては、せっかく遠くから旅の人が来て下さるわけだし、ばーんとした、これぞ! という紅葉の景色を見て帰ってほしい。運転手さんも同じ気持ちかもしれない。だから初秋はそわそわする。
最高のコンディションのもみじは、確かに美しい。血潮のように深い赤や、薄いガラスのように透明な赤。風がさんざめく度に繊細に揺れる。拾って家に持って帰っても、翌朝には、しわがれている。その場でしか楽しめない。もみじの葉はよく赤ちゃんの手にたとえられる。たしかに大きさや内側に少し丸まっているところは似ているけれど、もみじの方がもっと、とがりきって激しい。手のひらの上に載せると、〝心のどこかの形に似てる〟と思う。いつか味わった、繊細で素朴で少し切なくて、ずっと留めておきたい気持ちを、そのまま凝縮した葉の形。
旅行者の瞳は、毎日そこで生活している人間とは違い、旅先の景色を見るとき、はつらつと楽しく高揚している。そんな瞳を通せば、麗しく染まる赤もみじが一番見ごたえがあるだろう。しかし紅葉ってわりと赤だけが魅力じゃないよなぁとも思う。紫もみじもほろ苦く、大人の味わいだ。
紫もみじは、満開の折でも巨峰に似た暗い紫色で、赤ちゃんが癇癪を起こしたときに振り上げる拳のように、くしゃっと握りしめた形に、ちぢれている。訪れる冬の気配を封じ込めた暗い紫色の葉が散り、木の足元を埋める。そんな木は、深い静けさに包まれている。
以前は、紅葉の景色はパノラマであればあるほど、ぜいたくだと思ってた。しかし蓮華寺(れんげじ)の書院から紅葉を眺めたとき、書院の柱や窓枠で景色を区切るからこそ、額縁のなかの紅葉の美しさが引き立つ、と知った。
夜の紅葉のライトアップは、迫力はあるが、少し人工的だ。代わりに昼の太陽の天然の光で紅葉を照らしつつも、書院の中はぐっと暗くすれば、紅葉がくっきりと浮かび上がる。書院に積み重なった歴史が作る、濃い陰影に包まれつつ、遠く暗い場所から覗き見る紅葉の赤は、柱の額縁の向こうから、見る者を秘密の場所へ誘う。
文=綿矢りさ 著者写真=イマキイレカオリ
綿矢りさ(わたや りさ)
作家。京都府生まれ。2001年『インストール』で文藝賞、2004年『蹴りたい背中』で芥川賞を受賞。『私をくいとめて』は、のん&林遣都主演で映画化が決定し、今年12/18から全国ロードショー
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特集:古都もみじ 仏像の奈良、庭の京都
古都のみごとな紅葉を見に行くなら、仏像や日本庭園の特別拝観とも時期を合わせ、その取り合わせも旅の楽しみとしてご紹介しようという企画です。 第1部では、みうらじゅんさんのエッセイと、写真家・三好和義さんの御案内で奈良の仏像の魅力をご紹介します。また、三好さんと仏像好きアイドル・和田彩花さんの仏像対談も収録。第2部では、京都の名庭をご紹介。エッセイは、京都ご出身の綿矢りささん。また、著作『しかけにときめく京都名庭園』等が話題の庭園デザイナー・烏賀陽百合(うがやゆり)さんに、日本庭園の鑑賞術を教えていただきます。
◉エッセイ 奈良移住(未だ未定) 文=みうらじゅん
◉奈良 仏像とあわせて巡りたい紅葉
◉写真家 三好和義さんが撮った室生寺
◉三好和義さん×和田彩花さんの仏像談義「やっぱり仏像が好き! 」
◉仏像の奈良[案内図]
◉エッセイ 紅葉の余韻=綿矢りさ
◉京都 日本庭園とあわせて巡りたい紅葉
◉庭園デザイナー 烏賀陽百合さんに学ぶ「日本庭園の楽しみ方」
◉庭の京都[案内図]
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