見出し画像

『深夜特急』トルコ・ギリシア・地中海編:約1年の海外ひとり旅の終わりが見えてくる

 かなり以前に読んだことがあった沢木耕太郎『深夜特急』をオーディブルで聴き直しています。今回は2ヶ月ぐらいかけて、じっくりとトルコ・ギリシャ・地中海編(第5巻)を聴き終わりました。斎藤工さんの落ち着いたボイスが耳に馴染みます。
 香港・マカオからスタートした沢木さんの旅行記ですが、このトルコ・ギリシャ・地中海編のことを、読んだはずなのに全く覚えていなかった、忘れていたということに気づきました。
 しかし、聴き直してみるとかなり盛りだくさんの出来事や沢木さんの心境の変化のことが書かれていました。
1つは、トルコ
 ユーラシア大陸をちょうどシルクロードと同じルートで西へと向かって、トルコに入った沢木さん。日本の知り合いから伝言を頼まれたトルコ人と会って、そのトルコ人画家の先生の死を告げたという出来事が描かれていました。
 沢木さんが旅をした1970年代はインターネットも、携帯電話もなかった時代です。沢木さんは、そのトルコ人画家の名前だけをたよりにトルコに立ち寄って、大使館に問い合わせて、以外にも簡単に、その人に会うことが出来ています。これが不思議なものです。
 2つ目は、トルコから先のルートを決めていなかった沢木さんが、旅の予定を考えていくうちに、陸路(乗り合いバス)で、あと1ヶ月ぐらいでアムステルダムまで行けることを知ったときの驚きのこと。そうすると最終目的地のであるロンドンまで、2ヶ月もあれば、今回の旅が終わってしまうことに対する戸惑いがひしひしと伝わってきました。ただ、沢木さんはギリシャ行きの船があることを知って、そちらのルートでヨーロッパに入ります。
 3つ目は、ギリシャからイタリアに渡る船上で、これまでの旅をふり返る場面。沢木さんは、この旅の途中ですれ違ってきた、長く外国を旅する多くの若者のことを思い出します。
 こういう旅は体に「濃い疲労」を蓄積させて、好奇心を摩耗させて、外界に対して無関心になってしまう、そういう危うさをはらんでいる。「しかし、」と沢木さんは述べます。

「しかし、と一方では思うのです。このような危うさをはらむことのない旅とはいったい何なのか、と。」

 20代の沢木さんが、ユーラシアを陸路で渡ってロンドンまでの旅に出た、本当の思いが、この言葉に込められているように思いました。
 それともう1つ、この長旅の間じゅう、沢木さんは値段交渉のような些末なことや、トルコ人画家への伝言など、いろいろな人と話しながら先へ進んでいきました。その理由が、分かった箇所がありました。

「少なくとも、僕が西へ向かう旅のあいだ中、異様なくらい人を求めたのは、それに執着することで、破綻しそうな自分に歯止めをかけ、バランスをとろうとしていたからなのでしょう。」

 これは「なるほど」と腑に落ちました。値段交渉など、私にとってはとても面倒で、できれば避けたいことなのですが、沢木さんは、そういうことを何度も楽しんでやってきました。その理由は、人を関わることで、「破綻しそうな自分に歯止めをかけていた」ということなのだと理解できます。
 私も海外の一人旅をしたことがありますが、最長で17日程度でした。これが限界でした。沢木さんの場合は1年近い海外一人旅だったのですが、それを無事に成功させた秘訣は、人と関わりながら進むことだったのではないか、と感じます。

いいなと思ったら応援しよう!