自分を超えてゆけ
冬。
浅井裕太(25)死にそうな無表情な顔で、ザーザーと流れゆく川を見る。
「頭から飛び込めば…、死ねるだろうか」
そんなことが頭に浮かんだ。仲間には裏切られ社長は辞めることになり母は死んだ。
会社のためを思って、一生懸命アプリを作ってきたけどなんだったのだろう。何もかもどうでもよくなった気分だった。
「おい、そこのあんちゃん。こっち来な」
突然、太柄の龍郎(64)が声をかけてきた。誰だこの人…、
「そんな川じゃあ飛び込んでもいいとこ骨折だよ、ほら早く」
裕太は断る気力もなく龍郎に連れて行かれた。
屋台のラーメン屋に入ることに。
隣の席にはホームレス姿の男がラーメンを美味しそうに啜っている。
「食いな」
目の前に出されたのは熱々の湯気が立っていい香りのするラーメン。早く、と言われて無気力の裕太はノロノロとラーメンを啜る。
「!」
美味しい。そういえば今日は何も食べていなかった。何も考えずにラーメンを食べる裕太。
嬉しそうにその様子を見る龍郎。
「…ご馳走様でした」
「何があったか分かんねぇけどさ、元気でたろ」
会ったばかりの龍郎の言葉と、ラーメンの温かさになぜか涙がこぼれそうになる。今までこんな感情になったことがない、人前で泣いたことなんてなかったのに。鼻をかむふりをして、涙を拭う。
裕太が帰った後。片付けをしている龍郎に少年が近づいた。
屋台屋にやってきた木村誠一(14)。
「龍郎さん」
龍郎は振り返る。ニコッと笑う。
「お前が味付けしたスープすごい好評だったぞ。食べるか?」
頷く誠一。机には、スープがキラキラ光るラーメンが出来上がった。
裕太にとってそのラーメンは忘れられない味となった。そしてまたこのラーメンを食べたいと思いまた同じ場所に来ても、屋台のラーメン屋は移動したのか食べられなくなってしまった。
ーーー
時は経った。
少年と青年が歩いている。二人すれ違う。
浅井裕太(26)「やっぱ社長なんてくそ喰らえだな…もう絶対やらねー」
木村誠一(15)「僕は、ヤクザの組なんか絶対継がない」
ナレーション「これは、二人の交わることのなかった少年と青年がお互いに
一歩踏み出し、自分の道を歩んでいく話である」
ーーー
「僕、ラーメン屋をやりたいんです」
誠一が席につくなり口を開いた。誠一の前には四人の大人達。一同一瞬ポカンとする。いきなりなんだ?今までの候補者がやれアプリ開発やらWebサービスをやりたいなどプレゼンしてきたのに、この子はラーメン屋?
「起業したい高校生集う!★令和のマントヒヒ」の垂れ幕を留めていたピンがとれた。おっとっと…と企画発案者の村井(40)がとめ直す。
「それは自分がラーメン屋の店主としてお店にたって、いずれはチェーン店をしたいということかな?」
村井が優しく問う。
誠一は少し考える様子で、少し頷く。緊張しているのか眼鏡が半分ずり落ちているのに気づいていなさそうで震えている。裕太は誠一を見た。
今時珍しい坊ちゃん刈り、分厚い眼鏡。小柄で猫背で体の線が細い。細すぎる。ガリ勉タイプか、重いスープをかき回すところなんて想像できない体格だ。
裕太は手元の資料をめくる。ラーメン屋やりたいなんてプレゼン資料はもらっておらず、確かフードロスの問題を消費者に意識づけるためにアプリを開発したい…とかではなかったのか?言っていることと違うのに呆れる。
「書いてあることとだいぶ違いますけど」
裕太は誠一に聞く。
「あ…、それは、えっとその…今回の募集がデジタル関連サービス優遇って書いてあって…」
モジモジする様子が女子のよう。
「嘘のプラン通したってこと?」
「あの…すみません。どうしても浅井さんに会いたくて…」
「は?俺に?なんで?」
裕太は驚く。誠一は何やらバックから本を取り出す。「高校生起業のすすめ」…確か、これは裕太が3年前にイケイケな編集者に言われた書いた本だ。1万部売れたか分からない、自分では駄作だと思っているし、書いてある内容は、株やFXをやる際の格言的なものを書いていた。消したい過去の1つだ。
「あの、僕中学生の頃にこの本読んで…、浅井さんの思想に感銘を受けたと言いますか。高校生で株投資で1億儲けたとか…」
「あぁ…」
何を書けばいいか分からず、適当な思いつきを書いたやつだな…。
(しかもかなり盛ってる)
誠一はポツリポツリと話し出す。父親からは家業を継げと言われるが自分は継ぎたくない、だが、ちゃんと自分で自立できることを父親に見せたい、だから起業したい、ラーメンは好きだし。自分には特殊能力があるという。
そもそも、自立=起業になる思考回路がよく分からないし、好きなことを仕事にするなんて馬鹿だと思う裕太。…ツッコミ所も多くて呆れる。
苦笑する審査員もいる。
「実家は何をやってるの?」
それでも村井はニコニコと優しい顔で聞く。
「あ、それが……クザなんです」
一同、声が聞こえずキョトンとする。
誠一はまたモジモジしていたが裕太を見て言った。
「ヤクザです」
―――
「起業支援をする学生は…、とりあえず彼と彼でいいかな」
村井が口を切る。勿論、そこに誠一の写真はない。
一同、ヤクザの息子がよく(こんな)企画に応募したと言う。
村井が出てくれたお礼にと裕太に金を渡す。
またお願いするよ、と言われるが裕太は渋い顔。
帰り際、別の審査員で今イケイケのアプリ会社の社長の田所(26)と一緒になった。
社長を辞めた裕太に対して、次何するんですか?また新規事業始めるんですか?と遠慮なく聞いてくる。裕太は笑って誤魔化す。田所は、裕太の元仲間と今でも飲んでるし今度飲みましょう…と続けるが、裕太は立ち止まって「俺、あっちだから」と言って去った。
ヤクザ…なんかにいい思い出なんてない。それなのにさっきの高校生がそのヤクザの跡取り息子だと?うぜぇと思う裕太。飲んでいた缶コーヒーを握りつぶす。こんな村井さんの頼みなんか引きうけなければよかった。
俺は、他人のために何かをやるなんて向かないのに。
過去の仲間・伊藤隼人(29)に言われたことを思い出す。
「少しでも、仲間のためを想って考えたりしないのかよ」あの言葉が社長を辞めるきっかけだったと思う。
去年の話なのにまだ最近のように感じる。ため息をつく裕太。
「…浅井さん!」
後ろから子供のような声がする。裕太は無視して歩こうとしたが腕を思いっきり強い力で引っ張られた。誠一だった。
「あの…僕の作ったラーメン…食べてもらえませんか?」
「もう結果は出たし、ごめん急ぐので」
裕太は薄い笑顔で対応し振り切ろうとするが振り切れない。
見た目によらず誠一の力が強い。
「お願いします!」
誠一は諦めない。裕太は無理やり腕を振り解き帰っていった。「あ」誠一の腕が剥き出しになり、そのか細い腕には何やらタバコの焼印が付いていた。
この高校生も苦労してんのかな、まあ俺には関係ないことだ。
裕太は足早く誠一を振り切って去る。
―――
裕太は、去年までスマホアプリの開発会社を経営していたが、元から人付き合いが上手いわけでもなく、最後には仲間に裏切られ社長を辞めてしまい今は仕事もせずプラプラしている。
裕太の両親は裕太が小学生の頃に離婚した。若く見える美人な母・明美(35)はクラブに働きに行き、裕太は厳格な祖父母と一緒に暮らしていたが、自由奔放な明美は家のことを何もせず、いわゆる普通の楽しい家庭生活などとは程遠い生活だった。お小遣いもたいしてもらえなかったため、酔っ払っている明美からサインをもらい、未成年でもできる株やFX投資を始めた。高校からも投資は続けてきて金を稼ぎ一人暮らしをした。
その後、スマホアプリを作るのが巷で流行っていたので、器用な裕太は夢中になってサービスを開発。仲間にも会い会社を経営してきた。
明美は、裕太22歳の時に明美が裕太の家に転がり込むように住み込んできた。母との二人暮らしは、はちゃめちゃでもあったが、楽しかった。
明美は、裕太に甘えてきたし今までよりかはまともに母親らしいこともした。(家事等)一緒に買い物や遊園地に行ったり、破天荒な性格は相変わらずだったが楽しい時を過ごせた思う。
裕太はぼんやりと通りを歩く。
母・明美が死んだことを思い出す。仲間に裏切られたことが判明した日、刑事に、明美がラブホテルで一人全裸で死んでいたと聞いたのだ。
明美は、バーで真面目に働いていると聞いていたのにショックだった。
男と覚醒剤をやっていたらしい。真面目になったと思った明美に対して失望もしたしショックで悲しかった。犯人である男は…
「木村組っていうここでは有名なヤクザ」
ヤクザなんてクソ喰らえだ。 裕太は落ちていた空き缶を蹴り上げる。
―――
毎日何をするわけでもない。株価とFXのチャートのチェックは今でも癖でしてしまう。都内の一等地に住むことが自尊心を満たす手段だったが、明美も死んだ今、引っ越そうと思い荷物をまとめている。
ラーメンか… ふと誠一の話を思い出す。
会社を辞めることになった日・明美が死んだ日に、自分も死のうかと思った。その時に食べたラーメンの味が…自殺を思いとどまらせてくれたよな、と。ただ、このままプーたらしているわけにもいかないというのは分かっている…ぼーっと天井を眺める裕太。
チャイムがなった。見てみると、誠一だった。
どうしても話を聞いてくれ、ラーメンを食べてくれとひかない。
裕太の住所は村井から聞いたと言う。あの適当親父め…、正直誠一に関わりたくない裕太。適当に嘘をつき断った。
しかし、次の日も次の日もそのまた次の日も。誠一は訪れてきた。
ついに断るのにも疲れた裕太は、誠一の作るラーメンを食べることにする。
誠一は誠一で必死だった。父・清志に認められたい。多忙な父との思い出は、馴染みのある老舗ラーメン屋で半年に1回ラーメンを食べるかどうか。
清志は忙しく家を空けることが多い、ラーメンは誠一にとって思い出深いものだ。そして、車に乗り猛スピード出して自殺した亡き母・梨香子(46)の大好物であり、家族三人でラーメンを食べに行った思い出もある。
清志は家ではヤクザらしいところは見せないが、若い衆の出入りはあるし、誠一は彼らにチヤホヤされたりしてきた。中学でも不良グループから尊敬の眼差しを受けたりした時に、自分はヤクザの組みの跡取りなんだ…と実感していた。
もっと普通が良い…、高校生になり清志から家のことを手伝えと言われているが、ヤクザの後継なんてごめんだ。若い衆は実力社会で金を稼げていい等言っているが、覚醒剤や闘争なんて怖い。何より大好きだった母・梨香子は口を酸っぱくして「絶対に任侠にはなるな」と言っていた。
普通の友達なんかできなかったしその度に孤独を味わってきた。
しかし、頑固な清志に将来のことを聞かれ跡を継がないと言った時に、清志の残念で納得していない顔を見て、思わず社長になるなど言ってしまった。(誠一は、父を失望させたくないとも思った)
息子が普通の大学生になって社会人として働く…清志はそういう普通のことが嫌いだが社長という言葉には反応したように誠一には見えた。
「くだらん」
と清志は去っていったが、誠一は全国展開できるようなラーメン屋をやればいい!と強く思ったのだ。
(誠一は、自分が抜けているということに対して無自覚である…)
誠一は裕太を無理やり家に連れてくる。
裕太は嫌そうにヤクザの家の敷地に上がる羽目に。屋敷だ。
仰々しい門をくぐると広い日本庭園風の庭が続く。手入れされており、使用人たちは誠一が通ると必ずにこやかにお辞儀をする。
広い玄関はまるで旅館のように綺麗で部屋の中は和風式で埃一つすらない。
「…」
ここがヤクザの住んでいる家か…、しかも母を殺したヤクザだ。
拳を握りしめる裕太。アホくさい、別に俺は母が殺されたからと言って殺した奴に復讐したいのか…?変な震えがでてくる。
ただこんな嫌な場所に来るなんて…。
「こっちです、すみません」
誠一は裕太が嫌がっていることなどお構いなしに広い台所に連れ来る。
「ここに座っててください、すぐできるので」誠一は何やら準備に取り掛かってきた。
龍郎さんの店のスープをさらに改良した。
…今はこれが僕の精一杯だ。一人分だけ作ればいい…、焦るな焦るな。
緊張する。憧れの人が目の前にいてその人にラーメンを食べてもらうことになった。
麺をゆがき、できているスープに乗せる。
「あれ…」
誠一の顔がひきつる。用意していたラーメンの具材がない。動きが固まる。「…」
庭を見る誠一。そこには飼い猫のタマ、二郎、三郎…がニャーニャー言いながら集まっている。嫌な予感だ。誠一は猫の口元に茶色い塊を見た。
「チャーシュー…」
よく見るとネギやメンマもない。海苔もない。具材は全て猫に食べられたか漁られたのだった。
「何かあった?」
裕太が聞いてくる。
「あ、いえ…大丈夫です」
誠一内心焦りまくっている。どうしよう。全ての具材がない。代わりになる具材は…冷蔵庫を開けると酒しか入っていないし、大体父も料理なんてしなく食事準備係が用意してくれるので、別の冷蔵庫に食料は入っているのだろうけど、地下室に入るには鍵がいるし、使用人に聞くにも皆用事に出てしまっている。どうしよう、裕太さんは明らか不機嫌そうだし、急いで作らなくては…、こうなったら…、
「これです」
裕太は目の前に出されたラーメンを見て驚く。麺とスープしかない。
「…え?具材とかは?」
「あの…実は猫に食べられているようで(消え入りそうな声)」
「……」
裕太は呆れている顔で、まあ仕方ないと思いラーメンを啜る。
具材があればラーメンっぽく見える。確かにスープはキラキラ光り麺は綺麗にまとまっている。良い香りは一応する。
ずずずっと麺を啜る音が響く。
「!」
なんだこのスープの味は。美味い。単なる豚骨ラーメンかと想ったが、豚の他にも野菜や魚の出汁が効いているという感じがして、なんというか食べたことがない味…というのが正直な感想だ。料理の味にうるさくはないが、素人でも美味い!と思えるラーメンだ。なんと言うか…、あっさりしているが深みがありコクがあってまろやか…
ふと裕太の箸が止まった。食べたことがないのではない。思い出したのだ。この味は…、あの去年冬の日に食べたラーメンの味と同じだ。
裕太はまじまじと誠一を見る。やっぱあの時のラーメンだ。
「どう…でしょうか?」
「俺よりラーメン専門家に聞いた方がいいと思うけど…美味いと思う」
「本当ですか!」
子犬のように嬉しそうな顔をする誠一。修行させてもらっている…ラーメン屋のスープをベースに味付けした、とも言う。
「僕…味が人より分かるんです。」
え?急に謎発言をする誠一に驚く裕太。誠一の説明によると、自分はスーパーテイスターという名の特殊能力を持っているとのことで、食べ物が何でできているのか因数分解並みにわかってしまうそう。
水の銘柄も分かってしまうらしい。
「へえ…すげえじゃん。うん、美味しいと思うよ。頑張ってそのラーメン屋の後継になればいいじゃないか…、その店主って、ちょっと太った頬に稲妻の傷がある人か?」
裕太は思わず聞いてみる。なぜ、誠一はあの時とまったくそっくりなラーメンを作れたんだ?
モジモジしながらも誠一は答える。
「あ、そうです……龍郎さんって言うんですが、屋台でやる時のスープで使ってもらってます」
偶然に衝撃を受ける裕太。
何もかもどうでも良くなって死ぬことを考えてしまった時に、このラーメンの味に救われたんだよ…。
誠一は続けて話す。考えたんですけど、やっぱり屋台をやりたいんです、と。店主も時々屋台をやっており、自分もそこに続きたいと。
屋台なんて大変だから、そのラーメン屋を継いで、店が儲かればフランチャイズとかで展開して社長になればいいんだよ、と答える裕太。
誠一はそんなのだと遅いから、屋台で起業して名前を挙げて同じような屋台ラーメン屋を増やしたいと言う。今時屋台って…そんな誰もやりたがらないぞ? 裕太は誠一をやはりバカだと思った。
―――
ドタバタと音がする。急いでやってきたのは、スーツ姿の玉木吾郎(25)。裕太には目もくれず慌てて入ってくる。
「坊ちゃん、組長がお帰りです」
ひっと誠一が声をあげた。
台所は調理後の跡で汚い。
五郎は急いで調理道具など片付け、誠一もそれに続く。
「ダメだ、間に合わない」
何をそんなに焦っているのか分からないが、吾郎は、誠一と裕太を引っ張り棚の後ろに隠れさせることに。
何が一体どうなってるんだ?
「すみません、父は機嫌屋なこともあって、一回ラーメンを作ってるところをブチギレられたんです」
「お父さんは…社長ならって、応援してくれてるんじゃないの?」
黙る誠一。おいおい、嘘なのかよ…
誰かが来たようだ。一瞬にして緊張する空気に変わった。
「お帰りなさいませ!」
吾郎のハリのある声。バタバタと片付けていた手が止まったようだ。
「…なんだこれは」
ドス黒い声。隣にいる誠一が縮こまっている。
「あ、いえ、私が自分の昼ごはんようにと作ったものでして…」
「誠一だな?」
若い衆が組長の自宅で勝手に台所を使うなんてありえない。
清志(50)があたりを見てため息をつく。
「あいつは…本当に頑固だな」
五郎は頭を下げたまま何も言えない。清志は和装姿で背も高い。威厳がある。ぱっと見ヤクザの組長とは見えないが、一重だがキリッとした目。その相手を殺すような目つきは小動物でも殺しそうな勢いだ。顔にはところどころ切り傷がある。
庭で騒いでいた猫も静かになっている。存在感が半端ない奴が来た…裕太はそう感じた。
「馬鹿らしい。何がラーメンだ。時間の無駄遣いめ」
清志の去る音がする。
誠一がショックでしゃがみ込む。
あれだけラーメンを褒められて嬉しそうな顔は一気になくなり、無表情になる誠一。
その顔を見る裕太。
―――
裕太の自宅。帰ってきた裕太はベッドに寝て天井を見る。
裕太は、なぜだが誠一のあの表情のない顔を忘れられなかった。
そしてまた会ってしまったラーメンの味も。
そういや、俺もあんな顔してきたな…とも思うのだ。母が死んだ時、社長をおろされた日、もっと昔のことを思い出せば、父親がいない子供だな!といじめられてきた学生時代。
「…」
「裕太はさぁ、自分のことばっかで人のこと考えてないよ。もっと人のためになるサービスが何かって考えようよ」
元仲間の隼人(29)が口酸っぱく言っていたことだった。
「人のため?…そんなんより、このくらいのサービスならもっと費用あげてもいいと思うけど」
裕太達は、マッチングサービスのアプリ開発や他に諸々開発していた。
隼人は裕太の習得の速さに誰よりも一目置いていたが、裕太がどこか捻くれて、金儲けばかり考えている姿を見るたびに嫌気がさした顔をした。
裕太は、正直何が人のためだよと思っていたし、アプリ開発だって正直金稼ぎのツールでしかなかった。
社長になったのも隼人が勧めたからだ(そのくせに結局は裏切られた)
ふと、社長業が大変な時は、明美はなぜかいつも「裕太は優しいから社長なんて大変でしょう」等も言っていたのも思い出す。
「優しくない…」
自宅の天井を見て、はあっとため息をつく裕太。
ノロノロと引っ越しの準備をしだす。
母のものはほとんど処分してしまった。あとは昔の手帳やノート等を処分しようと思い、腰をあげる。
パサリと何かが落ちた。目をこらす裕太。懐かし…母親と裕太の2ショット写真だった。母・明美は何かと理由をつけて写真を撮りたかったもんな。
ヤクザに殺されてさ…考えるのをやめよう。裕太は黙々と片付けを続けた。
―――
次の日。村井と裕太は顔を合わせてご飯を食べていた。
村井が面白そうな顔で話を聞いてきた。
「で、どうだったのあの少年とは」
「どうもこうも…、村井さん勝手に俺の家教えないでくださいよ」
「まあいいじゃん★で、ラーメン食べた?」
頷く裕太。美味しかっただろと話が盛り上がる。
「彼のプロデュースしてくれない?」
村井は押しが強い。言葉を濁して断ろうとする裕太。
しかし、村井は一向に引かない。
「僕が忙しいことは裕太君も知ってるだろ。」
村井は、裕太が上京してから何かと面倒を見てくれた兄貴的存在だった。
社長時代には村井から金を借りていたし、相談にものってもらっていた。
母も死んで社長を辞め孤独感満載の時にでも、唯一裕太を気軽に飲みに誘ってくれた人だ。裕太は、過去村井さんに世話になっていた。
「裕太君も、ほら、ラーメンはうまいって思ったんだろ?」
頷く裕太。
「ヤクザの家…を辞めたいなんて言っててさあ、まあでも作るラーメンはうまくてさ…無茶苦茶だけど、なんかガッツがあるよね。ガッツが。もう俺は歳とってさぁ〜(うんたらかんたら)」
まあとにかくやってみてよ、村井の常套句だ。Noとは言えないのだ。
そんなヤクザの後継とは誰も関わりたくないはずだ。裕太は至極真っ当な疑問を村井にぶつける。
「ってか、そんな後継辞めたいなら警察にでも相談した方がいいじゃないすか…?」
「彼も、お父さんは好きなんだろ…だけど、家は出たがってるし、警察に言ったらお父さんも大変なことになるんだろうしな…」
ここまできたら村井の饒舌は止められない。裕太は黙った。
「プロデューサー的な立場でさ…、誰か人が必要になったら俺紹介するし。裕太君、見てやってよ。絶対裕太君のためにもなるって」
俺だって、グレてる学生の面倒は他にも沢山見てきたんだからなんでも相談にのる、と言う村井。
なぜ自分のためになるのかが全く分からない。
母は奴がいるヤクザの組に殺されたんだぞ?そんな奴の手伝いをなぜ…確かに、彼の作るラーメンは美味しいと思った。金儲けには惹かれる売り物だ。母が彼の組に殺されたことなんて村井には言っていない。
「逆に利用してやれよ」
頭の中の自分言った。利用?明美の復讐をするっていうのか?
後継息子を使って?
首を振る裕太。…俺は、そんなことをしたいわけではない…。
だけど…、確かに明美を殺した犯人はわかるかもしれない…。
頭の中に様々な考えがよぎる。
裕太は軽く頷いて承諾する。村井はニヤッと笑った。
1週間後。
「え!いいんですか。ありがとうございます」
誠一がペコペコと頭を下げる。裕太も諦めたように黙って頷く。
二人はカフェで話していた。裕太は、
「…屋台、ってのはどうしても譲れないわけ?」
「…そうですね。ただ、浅井さん、その前に僕あのスープを改良したくて」
「へ?」
十分美味しいスープじゃないか。何言ってるんだ、このガキは。
「…色々考えたんですけど、今のままじゃ父が認めるラーメンはできないと思うんです、だから、変えたいんです、いや変えるべきかなと。これ見てください」
誠一は、作りかけのラーメンの写真を見せた。スープが茶色でどうみても美味しくなさそうな画面。
…。裕太は黙った。頑固で自分の意見を変えない…こいつは俺みたいなやつなのかと。