自分の覚悟
龍郎が死んだ。裕太より誠一の方がショックを受けているようだった。
誠一は塞ぎ込み、いつもと比べると覇気がない。
葬式上で、龍郎の家族が大泣きしている。
「本当にラーメンに一途な人だったんですよ…」
家族の方が口々に声を揃えて言う。
警察は犯人探しをするとのことだが、ラーメン店にあった防犯カメラは古すぎて壊れていたし、目撃者はいないし捜査は行き詰まっているようだった。
「浅井さん…ですよね」
葬式の帰り道。どこかで聞き覚えがある声がして振り向く裕太。
「あー…どうも」
見た顔の刑事の高城晃史(50)だった。母・明美が死んだ時も捜査にあたってくれた人物だった。龍郎を殺した犯人はまだわからない、だが諦めた訳ではないし聞き込み調査の段階だと言う。
高城は、明美が殺された時と同じだと言う。確かに、明美が殺された時ラブホテルの防犯カメラも原因不明に壊れていたからだ。
何か知っているか、と聞かれる裕太。裕太は一瞬黙ったが意を決して言う。
「そうですね…犯人は…木村組だと思います」
「そうだろうね…ここら辺では彼らの勢力が強いし、最近は伸びてるらしいから…、店主とは知り合いなの?」
高城がどこか鋭い目で裕太に聞いてくる。
「あ…、はい、よく行くラーメン屋で…」
「そっか…すごい人望があった店主みたいで、他の店の店主も驚いてたよ、恨みをかうような人物じゃないのにって」
裕太は、犯人があの男・鮫島である予感がしていたことは黙っていた。まだ分からないしな。
「ちょっとまた色々聞かせてよ…、お母さんのこともまだ終わってないし」
裕太は、自分がヤクザの後継の息子の手伝いをしてることは言えなかった。
ーーー
龍郎の葬式が終わった後、誠一と裕太は閉店しているラーメン・龍にいた。龍郎の家族によって龍の閉店は決まったが、店の片付けなど最後の掃除をしたいと誠一が頼み込んでいたからだ。
黙り込んで店の片付けをする誠一と裕太。
あまりの沈黙に裕太は話しかける。
「そういや、龍郎さんが言ってた…ラーメンに合う野菜ってさ…」
突然のすすり鳴き声。ギョッとする裕太。誠一がしゃがみ込み泣きじゃくっている。
龍郎は、自分のために自分の組のヤクザに殺されたに違いない…、僕がいけないんだと。
「…」
単なるバカじゃなかったのか…
「なんでそう思うんだ?」
とりあえず裕太は聞いてみる。
「…」
黙ってしまう誠一。
「家の…親父さんが殺ったっていうのか?」
誠一は黙ったまま小さく頷いた。
「お前はそれを知ってるのか?」
「父なら…やりかねないです」
誠一の声が小さくなっていく。沈黙。
「…僕がラーメン作って…、快く思ってないし、警告なんだと思います」
ヤクザは警告で人を殺す奴らなのかよ。ゾッとする裕太。
誠一はとても悔しそうな顔をした。
「…僕、これからもラーメン作るか…ちょっと考えます」
誠一は涙をぬぐい去る。突然の出来事にポカンとする裕太。
確かにこのまま誠一のラーメン作りに手伝っていたら、裕太自身も危ないだろう。このままやめるのが良いに違いない。
「…」
裕太は片付いてきたラーメン屋を見る。
ふと、カウンターの上にある野菜を見た。
赤いセロリのような食材が置いてある。裕太はまじまじとその野菜を見た。
ーーー
あの後、誠一に連絡をとるもの一向に音沙汰がなかった。
ため息をつく誠一。
まあ、これでいいのかもな。俺がもう何かを言うのも変だろ…
ピンポーンとチャイムがなった。誰かと思い玄関にいく裕太。
見たことのある顔がそこには立っていた。
ーーー
裕太は、また誠一の屋敷に来ていた。
チャイムで裕太の家に来たのは、五郎だった。組長に言われて裕太を迎えに来たという。決して断れる雰囲気ではなかった。
吾郎に連れられて茶の間に通される裕太。五郎は表情固く出ていった。
「…」
手入れされた場所で静かな空間。今日は平日だから誠一は学校に行っているはずだ。
猫がにゃーっと擦り寄ってきてやってくるが、扉がガラッと開き、すぐさま猫は消えていった。
背の高い清志が奥に座る。付き添いの輩がいる気配も感じる裕太。少し振り向くと、三人ほど裕太と離れたところに座っていた。
その三人のうちに、明美の墓参りに来ていた男がいたのを見た。男・鮫島は裕太にはまだ気づいていなさそうだった。
母を殺したのはあいつかもしれない…。
裕太の拳が震えている。正直怖い。いつになく緊張している。なぜ、誠一を手伝うときにこの手のリスクを考えなかったのか。自分は甘すぎたと思う後悔が出る。
威厳ある男達に囲まれ、話次第では殺されるかもしれない。いや、殺すなら龍郎のようにもう抹殺されているはずだ…。
「…(こんな漫画みたいなことってあるのかよ…)」
「いやいや…今日はわざわざすみませんね」
清志が口を開く。口角は笑っているが、目は笑っていない。
「いえ…」
「息子が色々とお世話になっているようで」
「いえ…」
清志はハハっと笑い言葉を続ける。
誠一がラーメン屋をやりたいと言っているが、親としてはそんな道に進ませるわけもいかない、裕太が誠一のことを手伝っているのは知っていたが、もう手伝わなくてよいと言う。
自分もやはり調べられていた。
「もし、お金に困っているなら、今までも協力してもらったし、少しだけど使うけどいい」
すっと目の前に封筒を差し出された。分厚い…金をもらって辞めてくれということだ。
誠一の顔が浮かんでくる。
「誠一…君は何か言ってましたか」
「いや、もうラーメンを作るなんてことは辞めたって言ってたし、これからは家のことをさせるつもりだよ」
「…そうですか……あの、お金はいいです」
そうか、と言う清志。沈黙。
では、と席をたつ清志。
これで終わったのだ。どこかホッともしたが、裕太にだって心残りの気持ちもある。
ある限りの勇気を振り絞って、震えそうな声で聞く。
「あの…最後に誠一…君に会えますか」
少しの間。緊張する誠一。しかし、清志は良いだろうと頷いた。
ーーー
誠一の部屋で、誠一を待つ裕太。
特にものが多いわけでもない、普通の高校生の部屋といった感じだ。本や参考書が置いてある。猫が寄ってくる。仕方なしに猫を撫でる裕太。
扉が開き、入ってきたのは…五郎だった。
「あの、これ…」
和菓子とお茶が出された。
「すみません」
「あの…坊ちゃんは、最近とても元気がなくて…」
そりゃそうだろう。
「吾郎さんは…龍郎さんのこと知ってますか」
「…はい」
五郎は気まずそうに答える。上からこの件については話すなと言われているのかもしれない。
「…あの…坊ちゃんは、ラーメンが本当に好きなです」
吾郎が急に早口になった。
「私としては…応援したいけど、坊ちゃんは立場もあるから…でも、知ってるんです。最近坊ちゃんが夜な夜な起きて何か作ってるの。坊ちゃんは…まだ、そんなラーメン作るの辞めたとかではないと思います」
「…そうなんですね」
五郎は、話しすぎた、と思ったのか礼をしてそそくさと出ていった。
数分後。
にゃーと猫がなく。
扉を開く音がして、裕太は久しぶりに晴一と再開した。
小柄な体格がますます痩せたようだった。
「ちゃんと食べてるのかよ…」
軽く頷く誠一。
「お前のお父さんに呼ばれてきた」
「すみません…」
誠一は、顔を上げようとしない。なんだか気まずい雰囲気だが、ボソボソと独り言のように話す。
「僕、ラーメン作るの辞めます。このままだと…裕太さんも…危ないから」
「…」
誠一は項垂れている。
沈黙。かと思うと、突然誠一が泣き崩れた。
「僕は…、本当にバカだ。龍郎さんは…、ううう」
「俺はさ…」
裕太は何を話すべきなのか言葉に詰まった。リスキーだ、だけどこの少年をこのまま突き放して帰ることが、なぜかできなかった。誠一の情熱を隣で見てきて知っていたからだ。その情熱は、自分も昔持っていたものだし、誠一とラーメン作りをしていた時はなんらかんら楽しかったのだ。
ぎゅっと唇を強く噛む裕太。この判断が正しいのか分からない。
でも、俺はここで帰りたいわけではない。誠一のラーメンに心を動かされていた裕太の気持ちが強く残っていたのだ。
「裕太ってほんと頑固だよな(笑)」
会社を創業し始めたばかりの頃、隼人と二人だけで小さなマンションの一室で籠るように部屋でアプリ開発していた。休めという隼人の声を全く聞かなかった裕太。
裕太は続ける。
「これ、お前あの日急いで帰ってきたから渡そうと思ってさ」
裕太は、ごそごそとカバンから取り出した。
「酸味がある野菜。ってこれじゃないか?龍郎さんが探してくれたんだよ」
裕太は、ルバーブと呼ばれる赤い野菜を置いた。
ようやく顔を上げ見る誠一。
あっと驚いた声を出した誠一。急いでノートを取り出す。
「…!これです、裕太さん、きっとこれです」
ルバーブ。酸味がつよい野菜で、最近流行りのトマトラーメンにも使われる材料だ。
「この野菜があれば、だいぶ味に違いがでて、…いいかもしれない」
誠一は、ルバーブを齧り出す。笑う裕太。
「…これだ!…でも、僕は…」
「…ラーメン好きなんだろ」
頷く誠一。
「龍郎さんは、このことを最後に話したかったんだと思う…」
「……」
「俺、正直このままお前に関わるとリスキーだと思ってる。だけど、渡さずにいられなかったから。…お前の昔作ったラーメンを食ったんだ、美味かった…それで元気出たからさ」
一瞬、よく分からないという表情をする誠一。
ガラっと、また扉があいた。いたのは、正座して泣いている吾郎。
「…坊ちゃん…今なら、組長も他の奴らもいません…台所も空いてます」
誠一は迷った様子を見せたが、裕太は
「親父さんをギャフンと言わせてやれよ」
と言った。
誠一は思いっきりルバーブをつかんで礼をして部屋を出た。
裕太は、なんてことを言ってるんだと思いふーっと息を吐き寝転んだ。だがなぜかスッキリした気持ちだった。裕太も立ち上がった。