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【カオス日記】釣果やいかに、デス・フィッシング
男子の無責任に「やりたい」言うランキング上位に君臨するであろう、
釣り。
UFOキャッチャー、電池交換、サラダスピナーなどと肩を並べる人気アクティビティである。
だが、その中でも釣りのハードルはとても高い。
道具、えさ、場所や時間など、準備や心づもりが多い。
親が趣味としているなら話は早いが、
ほぼ未経験の両親を持つ子どもにとって、
なかなか承認を得られないアクティビティでもある。
陶芸、も似たような香りを放っている。
先日、久しぶりに海に行き、釣り人を発見した次男と三男。もれなく声をそろえて
「やりたい」。
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一瞬「え~・・・」とためらったが、思い直した。
長男が少年野球をはじめてからというもの、
土日は父子で練習に行くため、私と下の子二人で週末を持て余し続けてきた。
「何しようか~」とつぶやきながら、近所の公園をさまようだけの日々に飽き飽きしていた。
なので、やりたいことが見つかると、
むしろありがたく実行したいと思うようになっていた。
近くの釣具屋で釣り竿がレンタルできると聞いたことがあったので、そこで借りてみることにした。
訪れると、とても気さくな男性店員さんが詳しく説明してくれた。
釣り竿はリール付きかリール無しが選べ、エサ付きで1,800円。
保証金で+1,000円必要だが、破損や紛失がなければこのお金は戻ってくる。
仕掛けの種類やエサの付け方を丁寧に教えてもらう間、子ども達は店内の商品を物珍しそうに見て回り、片っ端から触ろうとするので常に服を引っ張って止めていた。
「竿は何本にします?」と聞かれ、
5分に1回ケンカになる二人のことを考え1本ずつ、
計2本借りようかと思いながら財布を開いた。
3,000円しか入ってなかった。
やばい。
私の頭は高速で回転し、ある計算結果を叩き出した。
1本借りるのに2,800円。
無事に竿を返却したら1,000円戻る。
だがしかし、駐車場代が待っている。
1時間400円で、釣りを終える頃には1,200円は必要と見積もっておく。
その時点で、財布の中身がすべてなくなる。
それなら万事OKだ。
無事にこの島(江ノ島)を脱出できる。
だが懸念されるのは竿が無事に返せるのかという点。
二人の破壊王にお仕えする身としては、これがめちゃくちゃ心配だ。
万一、竿を壊して保証金が戻らなければ、駐車場から出られない。
その時、私の目に飛び込んできたのは、
レジ前に置いてあった「PayPay」の文字。
助かった!
即座にPayPayに1万円チャージして
「2本、PayPayでいいですか?」とドヤった。
急に気が大きくなり、竿も2本借りる気満々になっていた。
「あー、ごめんなさい。保証金のやりとりがあるので、
竿のレンタルは現金のみになります」
振り出しに戻ったーーーー!
使えぬ利器に無駄に1万円チャージした女になってしまった。
「それとね、お母さん」
店員さんが急に優しい声で続けた。
「多分、お子さんに1本ずつ持たせると、どっちも見るの大変だと思うんだ。からまったり、海に落ちそうになったりするから。
店としては何本も借りてくれた方がうれしいけどさ、
1本に集中したほうがいいと思う。
お母さんが、大変になっちゃうからね」
ぬぁっ!
優しい・・・!優しいよぉーーー!
それまで、もう何度も客に説明してきたであろう釣り具のトリセツを
淡々と話してくれた店員さんが、急に「わかるよ」的な親目線で
100%共感の顔をのぞかせてきた。
この店にたどり着くまでも、さんざん繰り返されるケンカや、
車内で潰されるみかんや、
寒暖差にせき込んでゲロする、などのアクシデントで心はかさつき、
果たして釣りするHPは残っているのだろうか?という状態だった。
なので、沁みた。
私は「1本にします!」
と元気よく答え、3,000円を置いた。
そもそも2本借りるお金を持ち合わせていないのだが。
そして心が決まった。
「絶対に竿を壊さずなくさず帰還する」と。
「はやく魚釣ろうよ~」
とうるさい子ども達と、ようやく店を出て釣り場へ向かった。
その間も「なんで1本なの!」「くるくる巻くやつがよかった」などど文句を浴びせられたが、
店員さんの優しさによって救われた私は気に留めなかった。
それよりなにより竿を至極大切に持ち運ぶことに集中して子どもからの苦情は耳に届いていなかった。
おすすめされた釣り場に着いた。
とても天気の良い日で、ぽかぽかお日様の下、
のんびり釣りをするのは悪くないな、と思っていたが。
そこは見事に、そこだけ見事に日陰だった。
「えっ、さむっ」
と思いながらも、他の釣り人たちを見様見真似で準備していく。
やや複雑な糸の取り付けを、凍える手でがんばった。
エサは小さいエビ。
小さくてやわらかくて、なんか儚い。
儚すぎて、針に全然刺さらん。
「まあるく付けてね」とアドバイスをもらっていたが、
刺さる前に身が崩れてしまい、ビロビロな状態。
そして指がとんでもなくエビ臭くなった。
もちろん、どっちが先に竿を海へ投げ入れるかで揉め始めた。
「どっちでもない!ママや!」
と言って、竿をふりかぶ・・・ることはせず、
そろりと糸を水の中に垂らした。
振り回してどこかに絡まりでもしたら大変だからね。
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そこからは、交代で竿を支えるという作業を行った。
だがしかし、待てど暮らせどかからない。
そういうもんだよね。釣りってのは。
そこが醍醐味でもあるし。
だけど子どもにはそれは理解できない。
「まだ?」「まだ釣れない?」「なんで?」
と、飽き始めた。
そりゃあそうだ。
君たちが思っているのは「あつまれどうぶつの森」の釣りだ。
あの世界では、手作りの「しょぼい釣り竿」でも何かしら釣れるんだ。
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「現実世界の釣りを思い知れ!」
と怒鳴り散らしながらも、私も内心飽きていた。
寒いし、もう帰りたくなってた。
すると、隣にいた親子(幼稚園くらいの男の子とパパ)が「これいる?」と言ってフグを見せに来てくれた。
ドット柄のフグが二匹。
これ、食べれんやつやん。
と瞬時に思った卑しい自分を恥じた。
「もう帰るから、あげる」と言って、こちらのバケツに入れてくれた。
おかげで、落ちかけていた子ども達のテンションが再上昇。
しばらくフグをもてあそび、最後は海に返してあげた。
これでもう満足したようで、次男が
「帰ろう!」と言い出した。
うちの竿はピクリともしなかったし、
エビも3匹くらいしか使わなかった。
でも私も未練はなかった。竿が無事なうちに帰りたかった。
そうと決まればテキパキと片付ける私。
子ども達は残りのエビを海にまき、おにぎりを食べて待っていた。
借りた釣り竿は三段階に伸び縮みするタイプなので、糸や仕掛けを取り外してから、縮めようとした。
ところが。
最後のパーツが動かず収まらない。
事前に店員さんに「伸ばす時に引っ張りすぎると縮まなくなることがある」と言われていたので、
強く引っ張らないようにしていたのに。なぜよ。
「やばい、このままでは1,000円が返ってこない!」
ただそれだけの理由と焦りから、思い切り力が入った。
その瞬間、最後のパーツがグッと動いてシュッと収まった。
と同時に
「痛-っ!!!」
小指の腹がパーツとパーツの間に一瞬挟まり
皮が盛大にめくれた。
「くっ・・・」
魚は釣れず、寒空の下どなり散らし、最後は流血・・・
今日という悲劇に涙が出そうになった。
が、
「ママ大丈夫?」「痛かったね」
という子どもながらの労いに気を取り直し、
「この後、ぜったいにカフェで休む」
という宣言を大々的にして心を落ち着かせた。
止血をしながらも、無事に釣り具を返した。
店員さんは帰り際にも
「いやあ大変だね。男の子二人。えらいね」
と労わってくれた。
「三人です」とは言わなかった。
優しさは十分沁みたので。
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GWあたりが良い時期だと教えてもらったので、
またチャレンジしてみたいなとは思う。
大変だったけど、せっかくなら「釣れたー!」という
子どもたちの顔も見たいし、釣ったやつ食べたいし。
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宣言通り、帰る前にカフェに寄り
温かいチャイを飲んだ。
バナナケーキも注文してやった。
子どもたちにはお高いマンゴージュースを。
なぜならその店はPayPayを使えたからね。