[散乱文章]その六十二
どんよりとした空模様を見上げ、ほくそ笑む。浴衣に身を包んで向かう先は、とある古い日本家屋だった。
「ようこそ、おいでくださいました」
迎えてくれたのは、今回の会に私を誘ってくれた友人の、祖母だという老女だった。
品があり、旧家の大奥様とはこういう人なのだろうな、という厳しさを滲ませる、キリリとした顔立ち。しかし、微笑むと皺が綺麗に刻まれて、ああ、よく笑う人なんだ、と思った。
「ごめんなさいね。家族の行事なのに、巻き込んでしまって」
「いえ、私も興味がありますし、実は少し楽しみにしているんですよ」
「そう?なら、良かったわ」
今日、この家に呼ばれたのは、ちょっとした儀式に参加するためだった。
本来なら、家族の中だけで行われるらしいのだが、どうしても人数が足りなくて、友人は苦肉の策で私に声をかけたらしい。
「もう、皆さん、集まってらっしゃるんですか?」
板張りの廊下を歩きながら尋ねると、老女は朗らかに頷く。
「ええ。この大広間にね」
そう言って、開かれた襖の先で私が見たものは……。
「これは、すごい」
見渡す限り、人、人、人。実に百人もの人が、そこにはいた。
「お、きたきた。君で最後だよ。はいこれ、君の分」
襖のすぐ近くにいた件の友人が、私に蝋燭を手渡す。
「私の火を分けてあげよう。終わるまで、絶対に消してはいけないよ」
そう言った友人に、私は緊張の面持ちを向けて、コクリと頷いた。灯った火を見つめ、そっと畳の上に座る。いつの間にか閉められた襖を背に、私はただ息を潜めて待った。
「それでは、今年も始めようか。話す順序は、若いものから。話し終わったら、蝋燭を前に持って来て、燭台にさすこと」
一般に言われる作法とは異なるが、それがこの家での仕来りであるようだった。
「今年の一番若いものは、お客人、あなただ」
大広間の一番奥、床の間の前に座した老人にそう声をかけられ、私はゴクリと唾を飲む。そして、そっと口を開いたのだった。
散乱文章その六十二「百物語」