父のはなし(1)
父は頭のいい人で、「末は博士か大臣か」小さいころから言われていたらしい。結局は前者になったようだった。近所の奥様たちからは一目置かれており、大雨が降ったりするとうちに「大丈夫かしら」と相談に来て「これくらいなら大丈夫ですよ」と話し、安心して帰っていったりしていた。
父の頭の遺伝子は姉に引き継がれた。姉は成績優秀で生徒会長をし、高校は進学校に入り地元でもトップの大学に一浪ながら入学した。英語も話せる。私は可でも不可でもないふわっとした私立の女子高に行き、名前が書けてお金を払えば入学できる専門学校になんとなく進んだ。
………と、この話は別で書こう。
姉は頭が良かったけど、「お前のほうが総じて利口だ」と言ってくれた。姉は高校の時留学したいといったけど大学に行った方がいいと言われたらしい。私は大学行けなんて言われたことがなかった。うまくそれぞれ特性をわかってたんだなと思う。
色々細かく厳しい父だったけどピアスを開けるときは「海外じゃ赤ちゃんでもしてる」とすぐにOKしてくれた。でもガムを食べるのは禁止された。
ソフトクリームが好きで一人でもよく食べていたようだった。友達から「昨日、ジャスコでお父さんソフトクリーム食べてたよ」と度々目撃されていた。
そんな父は10年ほど前に亡くなった。お葬式なんかしなくていいとずっと言っていたけど、なんかご近所さんや親せきにうながされるまま、それなりのお葬式を執り行った。
そこに小学生の男の子と女の子も来てくれて、母は知らないようだった。聞くと「毎朝、おはようって声かけてくれたんです」と。寡黙な父だけど外面だけはよくてご近所付き合いも母よりしていたようだった。
会いたい。