頭の中、のぞいていかない?
自分で喫茶店をつくりたいな、と考えた。
現実的なことはいったん頭のすみに追いやって、楽しいところだけを作ってみようと。
まず、お店の名前はどうしようかな。
来てくれたお客さん全員にときめいてもらいたいな、「喫茶ときめき」にしよう。
じゃあ次は、メニューのラインナップを決めなくちゃ。
わたしが好きなものをみんなにも食べてもらいたいから、たっぷりのトマトソースにしゃきしゃきのたまねぎが絡んだナポリタンは絶対に入れたい。
ほくほくのジャガイモにチーズとたっぷりかけて焼いたポテトグラタンもハズせないし、そこには表面をさっくりと焼いたバゲットもつけよう。
喫茶店で胸をときめかせるなら、甘いものはたくさん選べるようにしたい。
喫茶ならではの固めのプリンに、いちごにメロン、白桃なんかをふんだんに添えたプリンアラモード。
さっぱりと甘酸っぱいレモンパイ、アメリカの家庭で何気なく焼かれるようなチェリーパイだって素敵だ。
クロテッドクリームを惜しみなくつけて、おいしい紅茶といっしょにスコーンも出したいし、みんなが大好きなクリームソーダには、バニラアイスをふたつものせてあげよう。
お店となるログハウスは、緑に囲まれたお庭にはチューリップをたくさん咲かせて、朝には鳥がさえずっていて。
お客さんは「赤毛のアン」とか「思い出のマーニー」を手に持ってひとりでお茶をしに来るの。
白いワンピースを風に揺らしながらね。
イングリッシュブレックファーストティーを、たっぷりのミルクと一緒に飲みながらスコーンを嗜むお客さんをぼんやりながめながら、ウエッジウッドのティーカップをクロスで磨いて。
プリンアラモードをひとくちほおばったお客さんはとびきり幸せそうな顔をして、口の端にクリームをつけて笑ってる。
わあ、これってすごくいいかも。
きっとみんなが目を輝かせるほどかわいいし、素敵だ。
まあここで、最初頭のすみに追いやった現実的なことが顔を出してくるのだけれど。
喫茶店が今どうなってしまっているかはさすがに知っている。
「レトロでかわいい喫茶店10選」などとまとめられて、それを見た高校生やティーンたちがスマホを片手に殺到しているのだ。
ゆっくり本なんて開こうものなら、元カレの悪口にバイト先の店長のキモさを語り合う彼女らの話に脳みそを完全に持っていかれることだろう。
ダサいお店は作りたくないけれど、インスタのストーリーで何度も登場するようなお店になるのも嫌 というジレンマなのである。
そして周りを囲む緑やチューリップをたくさん咲かせた庭には、夏大量の虫が発生するのだ。私はあの憎悪たちを素手でひねりつぶす屈強メンタルを持ち合わせていない。
お客さんはTシャツにジーンズで、きっとそんなふうに気軽に来られるお店のほうが愛される。
赤毛のアンの単行本は重くて持ってくるものじゃないので、350円の薄い文庫を持ってきてほしい。
物語の舞台としては優秀かもしれないけれど、現実はそううまくいかないものである。
あ、あと10分でバイト行かないと。
食パンでも焼いてかじっていくか~、 牛乳 .…あと二ミリしかないなあ。
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