14.開胸・開腹手術後の肺合併症

術後肺合併症とは

・術前の呼吸器疾患の増悪
・術後に呼吸障害
・脳、心、肺、食道手術、開胸(肺切除、食道手術)、開腹(上腹部)に多い

術後呼吸障害の種類と肺合併症
①換気障害
・呼吸中枢抑制
・呼吸筋の運動抑制
・上部気道の狭窄・閉塞

②肺胞でのガス交換の障害
・無気肺
・肺炎
・肺水腫
・間質性肺炎

③循環障害
・肺血栓塞栓症

呼吸不全の種類別にみた術後肺合併症

1.換気障害
原因:
①呼吸中枢の抑制
・麻酔、鎮静薬、鎮痛薬による一回換気量の低下

②呼吸筋の運動抑制
a:術後疼痛
・胸部あるいは上腹部手術後の疼痛による呼吸筋の運動抑制
・安静呼吸では、横隔膜と腹壁の動きが大きいので開腹術後の腹壁運動制限の影響は大きい。

b:胸帯や腹帯の締め付けによる胸郭、腹壁運動の制限

c:横隔膜の運動機能低下
・横隔神経麻痺は、手術中の神経切断、過伸展、電気メスによる火傷で起こる

d:刺激伝導経路の障害
・脊椎くも膜下麻酔などによる呼吸筋麻痺

③上部気道の狭窄、閉塞
・咽喉頭から、気管までの上部気道の狭窄は緊急な処置を必要とする特殊な病態
・原因として、気道内分泌物の貯留、舌根沈下が多い。そのた、喉頭痙攣、声門下浮腫
・術後に突発的に起こる。
・気道内分泌物の貯留は、分泌亢進、咳嗽反射の低下、喀出能の低下、横隔神経麻痺などが考えられる。

病態:
・上部気道狭窄では、肺胞低換気により低酸素血症、高二酸化炭素血症を引き起こす。
・それよりも末梢の気道狭窄では、初期には二酸化炭素血症は生じない。

診断:
・換気障害の発見、判定には視診が大切。
・胸郭の動き、呼気流出、呼吸数、深さ、周期性など
・上部気道狭窄時は吸気時の喘鳴
・発汗、血圧低下、頻脈、意識障害に注意
・パルスオキシメーターによる酸素濃度のモニタリングは低酸素血症の発見に有用

処置:
・早急な原因除去と呼吸補助
・心停止起これば気管挿管と心肺脳蘇生開始
・心停止なければ気道確保と気道内吸引を行い気道内分泌物の除去
・気道確保しても換気改善なければ他の原因、人工呼吸を開始し原因の解明と除去に努める。

2.肺胞でのガス交換障害
・無気肺、肺炎、肺水腫、間質性肺炎

①無気肺
・肺の一部に空気が入らなくなり、肺胞が虚脱した状態
・術後48時間以内に起こりやすい
・無気肺から肺炎に移行して、重症化しやすい
・開胸より開腹術後で多く、特に上腹部で多い。

原因:
・気道内分泌物の貯留による気管支閉塞
・主気管支より末梢で起こる
・呼吸筋抑制、咳嗽力低下、喀出困難、喀痰粘稠度が高い、生産量が多いと起こりやすい
・気道狭窄や閉塞がなくとも起こる
・気胸、胸水、腹部膨満などの周囲からの肺圧迫
・深呼吸の不足
・高濃度酸素吸入による肺サーファクタントの分泌抑制

病態:
・主、葉、区域気管支の閉塞により支配領域の肺胞虚脱により胸部X線レントゲンにおいて不透明肺として、現れる
・閉塞が不完全であったり、末梢の細い気管支の場合不透明肺として現れないことあり。
・無気肺は血液ガスの異常として現れる。
・気管支閉塞により肺胞内への換気が停止。肺胞内のガスは吸収されて肺胞虚脱。虚脱した肺胞への血流は時間とともに減少。
・換気が停止しても血流は残るので、この部分はシャントとなり、PaO2は低下する。

診断:
・低酸素血症により呼吸困難感を訴える
・時に胸痛の訴え
・浅くて早い呼吸とともに発熱も目安となる。
・無気肺の部位では、打診上濁音、聴診上肺胞音の減弱
・胸部X線で、診断できる。無気肺陰影、横隔膜挙上、縦隔の患側偏移。映らないものもあるため、その時は低酸素血症と症状から判断

治療:
・低酸素血症に対しては酸素吸入
・シャントが大きいと吸入酸素濃度を上げてもPaO2は上がりにくい。
・原因のほとんどは気道内分泌物の貯留、原因除去には体位去痰法、咳嗽補助など理学療法によって喀痰喀出を促す。
・喀痰が粘稠の場合は、ネブライザーも効果的
・自己喀出が困難な場合には、気管内吸引やブロンコファイバースコピーによる気道内吸引が極めて有効。積極的に適応すべき。
・治療しても改善なければ気管挿管により気道内吸引、陽圧換気を行う。

②術後肺炎
原因:
・無気肺と誤嚥
・無気肺では、気道内に貯留する分泌物に口腔内定着菌が落下して、あるいは不注意な気道内吸引操作によって、気道内感染となり肺炎になる
・術後の遷延性肺瘻に伴う無気肺から肺炎を引き起こす。
・肺炎球菌、ブドウ球菌、クレブシエラなど
・MRSAや緑膿菌もあり
・誤嚥では、意識低下、喉頭反射の低下による吐物の気管内流入、異物吸引あるいは誤嚥性肺炎
・誤嚥による胃液の吸引は強い酸による科学性気管支肺炎がはじめであるが、細菌性肺炎に移行する。

病態:
・肺炎により気道内分泌物は膿性となり発熱と呼吸不全を訴える。
・無気肺と同様に患部の換気血流比不均等により低酸素血症を呈する。
・重症化すると高二酸化炭素血症を伴う。
・胸部X線写真では無気肺と同様に不透明肺があるが、無気肺では患部の肺容積は減少しているのに対して肺炎に陥った部分の肺容積は不変か増加する。
・誤嚥からの肺炎はARDSに陥りやすい

診断:
・発熱と膿性痰で診断
・胸部X線写真で不透明肺あるいは浸潤陰影
・吸気初期から「ブツブツ」という気道分泌物による水泡音(コースクラックル)や末梢で「キュー」というsquawkを聴取する。
・動脈血ガス分析で動脈血酸素分圧低下を認める。
・気道内分泌物の細菌培養にて起炎菌を同定することは抗菌薬の選択に大切。

処置:
・低酸素血症に対して酸素吸入あるいは人工呼吸療法
・気道内分泌物は増加しているので、自己排痰が不能の場合は頻回に気道内吸引が必要。
・起炎菌の同定と薬剤感受性検査の結果から適切な抗菌薬を投与する。

③術後肺水腫
原因:
・一般に心不全による心原性肺水腫とARDSによる非心原性肺水腫に分けられる。
・ARDSによる原因は肺への直接的障害によるものと間接的障害によるものがある。
・術後肺への直接的障害としては胃酸の誤嚥、細菌性肺炎、吸引性肺炎などがある。
・間接的障害として敗血症が多く大量輸液や大量輸血も原因となる。
・これらが原因となり急激な肺障害が起こりARDSに陥る

病態:
・肺毛細管の水分が肺間質に漏れて、間質および肺胞壁に貯留した状態。
・間質性肺水腫、肺胞壁肺水腫から始まり肺胞内肺水腫を生じる。
・毛細管から水分が漏れる理由として、心原性では肺毛細管静水圧の上昇、非心原性すなわちARDSでは肺毛細管からの水分透過性亢進
・低アルブミン血症による血漿膠質浸透圧低下による較差の減少、胸腔内の過剰な陰圧、リンパの流れによる間質水分除去の障害などがあげられる。
・肺水腫により引き起こされる呼吸障害は、間質性肺水腫の時期では拡散障害であり、低酸素血症が見られるが、二酸化炭素分圧はむしろ低下している。
・この時期では酸素投与によく反応して動脈血ガスの改善が得られる。
・肺胞内肺水腫の時期になると換気不全が加わるほか、換気血流比の不均等によるシャントが増大し、低酸素血症だけでなく高二酸化炭素血症が加わる。
・肺水腫では過剰水分貯留こために肺コンプライアンスが低下して患者は努力呼吸をするようになる。

診断:
・初期には聴診やX線写真に変化はあらわれず、診断は患者の不安、過呼吸の出現と動脈血ガス分析による。
・初期はPaO2とPaCo2がともに低下し、pHの上昇を示す。
・酸素投与により低酸素血症が改善しても努力呼吸が改善されないことが多い。
・進行して肺胞内肺水腫となると断続音を聴取し、泡沫状痰(ピンク)が出るようになり、高二酸化炭素血症が加わる。
・胸部X線写真は初期に肺血管陰影の不明瞭化から始まり、次第に進行すると肺野にびまん性の浸潤影(すりガラス陰影)が見られる。
・吸気時に「ブツブツ」というcorse cracklesを聴取
・心エコー検査では、心原性の場合左心不全、非心原性では右心負荷の所見を認める。

治療:
・心不全やARDSの根本的治療に加え、酸素投与による低酸素血症の改善が必要
・輸液制限、利尿、血管拡張薬、カテコラミンによる心機能の強化、気道内分泌物の除去等を行う。
・重症例には気管挿管や気管切開による人工呼吸管理、特にARDSには PEEP付加の人工呼吸管理
・重症化すると時に人工呼吸によっても改善が得られず、病状が進行してショックに陥ることがある。

④間質性肺炎
・呼吸器手術後に突然発症することがある。
・多くは術前から蜂窩肺や肺線維症など軽度の間質の異常があり、それが手術により急性増悪する。正常な肺から突然発症することもある。
・一度発症すると重症化してしまう。

原因:
・術前に肺に異常はなく、突然発症する場合、原因不明

病態:
・肺間質の細胞浸潤を伴う浮腫で肺胞壁は厚くなり、拡散障害、ガス交換障害を起こす。

診断:
・呼吸困難、発熱、CRP上昇などで発症する。
・胸部X線写真ではびまん性の浸潤影(すりガラス陰影)を示し、呼吸音では吸気終末に「パリパリ」という高調な捻髪音(fine crackles)を聴取。肺水腫との鑑別が困難

治療:
・低酸素血症に対して酸素投与を行う。
・副腎皮質ステロイドのパルス療法が奏功する例もある。

3.循環障害
・呼吸不全としては心拍出量低下、高度の貧血なども原因となる。
・最も注意を必要とする術後肺合併症は肺血栓塞栓症である。
・本症は術後の突然死の原因となる。

①肺血栓塞栓症
・食生活の欧米化、患者の高齢化、肥満の増加により増えている。
・死亡数は増えている
・発症は手術後が多かった

原因:
・血管内皮細胞の障害
・血液の性状、粘性上昇や凝固能の亢進
・脱水や血流のうっ帯
・カテーテル検査の穿刺や中心静脈栄養カテーテル挿入などの医原性
・安静臥床

病態:
・骨盤、下肢の深部静脈血栓が原因
・エコノミークラス症候群、ロングフライト症候群
・閉塞した肺動脈支配領域の肺血流が途絶え、ガス交換障害が起こる。
・初期の低酸素血症は過換気により低二酸化炭素血症を伴う。
・塞栓領域が大きくなると、低酸素血症に加え高二酸化炭素血症を起こす。
・肺塞栓が高度かつ、急性に発症すると低酸素血症に加えて肺動脈圧上昇、右心不全を起こし術後突然死の原因となる。

診断:
・術中、術後、初めて立位となったり歩行した際に突然の呼吸困難、呼吸促迫、チアノーゼ、胸痛、冷や汗などが出現
・重症の場合には急激に意識消失や呼吸停止、ショック状態をきたして心停止にいたる。
・胸部造影CTスキャンによる陰影欠損像の確認と心臓超音波検査による右心室の拡張像が有力な陽性所見
・心電図では右室肥大や右心負荷所見が見られる。
・胸部から下肢に至る造影CTでは下肢深部静脈内の血栓の存在有無も確認する。
・肺血流シンチグラムでは肺内の血流が一部あるいは虫食い状欠損として描出されることで確定

治療:
・疑われたら、検査を進めながら新たな血栓形成予防のため、ならびに肺内血栓の増大阻止のためにヘパリン投与による抗凝固療法を開始。手術創からの再出血に注意
・血栓の存在が確認できたら、肺高血圧、右心不全の有無により積極的治療を行うか判断

・肺高血圧、右心不全があり重症の場合あるいは内科的血栓溶解療法の禁忌例にはカテーテルあるいは外科的に血栓除去術を行う。
・中等症あるいは軽症では、ウロキナーゼ大量投与などによる血栓溶解療法を行うが、活動性の臓器内部出血や頭蓋内出血の疑いがある患者には禁忌である。
・肺高血圧、右心不全のない例または積極的治療が終了した例には抗凝固療法を継続しながら経過観察する。
・予防が大切
・静脈血栓塞栓症のリスクファクターとして、長期臥床、うっ血性心不全、脱水、経口避妊薬、肥満、糖尿病、下肢静脈血栓症
・予防には、術中、術後の弾性ストッキングの着用、下肢筋肉の周期的圧迫などを行う
・術前に明らかな下肢深部静脈血栓症の徴候が認められた場合、下肢筋肉の周期的圧迫の施行には注意が必要。
・最も有効な予防策は術後の早期離床、早期歩行
・明らかに深部静脈血栓症をもった患者は周術期の低用量ヘパリン投与や、一時的な下大静脈フィルタの挿入も行われる。

④代謝亢進による呼吸障害
・呼吸機能が正常であっても代謝亢進によって相対的に呼吸不全を起こすことがある。
・悪寒戦慄では100〜400%、痙攣では60〜100%の代謝増加が起こる。
・発熱、敗血症も代謝亢進する。代謝が亢進すればそれだけ多く酸素を多く消費して、二酸化炭素を多く発生するので、呼吸機能が相対的に低下する。

⑤その他の術後肺合併症
・一般に開胸術後には胸水貯留、膿胸、乳糜胸など胸腔内の合併症に注意が必要
・術後の胸腔ドレーン管理が大切

術後肺合併症予防のための一般的管理

1.術前管理
①高齢
・加齢とともに上昇、70歳以上で増加
・加齢変化による各臓器の予備力低下、呼吸機能面では肺活量や1秒量の減少
・食道がんなど手術侵襲の大きな術後合併症は60歳以上で多い。

②肥満
・BMI25以上、運動量の少ない人は危険度が高い
・胸壁胸膜下の脂肪蓄積や腹部内臓脂肪増加による横隔膜挙上および横隔膜運動制限、さらに胸郭コンプライアンスの低下などによる術後肺法低換気や無気肺が起こりやすい。

③喫煙
・気管支粘膜の線毛運動の抑制、線毛の脱落による粘液輸送機能障害、分泌物の増加により喀痰喀出が悪くなり肺合併症が発生しやすくなる。

④慢性肺疾患
・COPDで多い

⑤その他
・低アルブミン血症、糖尿病、担がん状態、副腎皮質ステロイド使用

術前からの禁煙、深呼吸、咳嗽、早期離床と呼吸理学療法の教育が大切。

2.術後の管理
①モニタリング
・麻酔、鎮静薬の使用により換気運動制限があり、術後モニタリングは厳重に

②鎮痛
・疼痛は換気不全の原因になる

③理学療法
・深呼吸、腹式呼吸、口すぼめ呼吸の指導
・呼気陽圧療法てしめアカペラやラングフルートなどで排痰促進、気道の清浄化を図る
・強制呼出手技や呼気筋トレーニングを行うことが肺合併症の予防に重要。
・排痰の手順
①薬物療法
②体内ドレナージ
③軽打法や呼吸介助
④強制呼気や咳嗽の練習
⑤痰の喀出、気道吸引
⑥再度聴診

④ネブライザー
・自己排痰を促すためにネブライザーによる吸入療法と理学療法を併用すると効果的

⑤気道内吸引
・自己排痰が不能な時に行う
・気管支鏡が確実
・気管支鏡は局所麻酔下にベットサイドで行える。
・無気肺が起こる前に早めに躊躇することなく施行

⑥酸素投与
・気管切開、気管挿管されていればそれを用いる。
・なければベンチュリーマスクが最も良い
・人工呼吸器による補助呼吸を必要とすることもある。

⑦胸腔ドレナージの管理
・開胸術後の多くは胸腔ドレーンが挿入されている。
・胸腔ドレナージの目的は肺から漏れた空気や胸腔内滲出液を排出して肺を十分に膨張した状態に保つこと。
・吸引の方式は水封式と3ボトル式がある。
・ドレナージ管理で注意すべき点
①空気漏れの有無
②排液の性状と量
③ドレーンの屈曲や凝血によるドレナージルートの閉塞の有無
④吸引圧の調整

胸腔鏡下手術での合併症

原発性肺がんに対する胸腔鏡下手術に伴う肺合併症について

1.胸腔鏡下手術が標準開胸手術と異なる点
①左右分離肺換気法は、胸腔鏡下手術を安全に施行するために必須

②胸腔鏡下手術では1〜2cmの皮膚切開部から筋層を切離することなくトロカロールを胸腔内に挿入し、虚脱した術側胸腔内に生じた空間に胸腔鏡を挿入。モニター上に映し出された手術野を見ながら行う手術

2.合併症と対策
①換気障害
・胸腔鏡下手術では筋層破壊が極めて軽微であるため術後の呼吸筋損傷による呼吸抑制が非常に小さい。

②肺胞でのガス交換障害
・胸壁損傷が軽微であることによる呼吸時の胸郭運動の回復が早く深呼吸、咳嗽、喀痰喀出も容易であることも無気肺などの改善に寄与

③循環障害
・循環動態への影響小さい

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