小説 モテカワJKが魔法使いおぢさんになって世界や人を救ったり戦ったりメシをがっつく話 第1食目:魔法はニンニクマシアブラマシマシブタチョモランマの香り

エリカは友達とのやり取りの履歴をチャットアプリで確認する。

彼女が自分から話しかけない時でも誰かが連絡...というか相談を持ちかけてくる。

夜課題を終えて、余裕があったから予習もしとこうとしたタイミングでまるで狙っていたかの様に着信があった。

学校ではそこまで絡んだ事はない子だけれど、チャットアプリでは積極的に話しかけてくるタイプの子。
友達か知り合いか微妙なラインの関係性。

1年生を経て2年生の春頃になれば人間関係の繋がりも相当幅広く深くもなってくる。

(友達の繋がりであたしが相談事に乗るって話を聞いて頼りにきたみたい)

エリカは相談事に乗るのは嫌いではない。むしろ自分とは違う誰かの人生の一部を体験する機会だと捉えている。

彼女の両親は2人で決めた教育方針で自主性のある子を育てたかったらしく、彼女が幼い頃から判断を委ねたり、質問をして自ら考え物事を説明する癖をつけようとしていた。

その教育方針は期待以上に彼女の人格形成に良い影響をもたらした。

それもあるし、本来の彼女自身の性質なのか成長し高校生になった彼女は主体的で頼もしく、親しい人間関係で相談役になる事が多い。
判断力の一部は大人顔負けだと言えるだろう。経験を積めば順当に実力が身につく筈だ。

その経験が更に彼女の利発さを養っていた。

昨日の夜の相談内容は...友達と好きなアイドルメンバーの浮気の賛否で喧嘩してしまったが、どう仲直りしたら良いかとの内容。

(友達との話題作りの為でもあったんだろうけど、それで揉めちゃうとか皮肉な気がする)

相談してきた子は「浮気したメンバーにも事情があったんじゃないかな」と庇った様だ。

相談してきた子の友達は、自分自身が付き合っていた彼と揉めた事を浮気したメンバーに重ねているのもあって許せなかったそうだ。

エリカは「浮気を許せない原因について話し合う事の方が大事なのかも」と伝えておいた。

他者の人生を語る際には、大抵自らの人生を語るものなのだ。

(辛かった体験を打ち明ける機会が足りなかったのもあるみたいだし)

ちょっと早く起きてしまったエリカは「相談してきた子と友達の子が仲直り出来ると良いな」とぼんやり考えていた。

彼女が通っている高校は都内の私立進学校。

勉強は程々にしつつもスポーツやダンスや演奏に演劇なども親しもうという校風。

読モやアイドルになる子もたまにいる。経済界はともかく、政治には少し縁が薄い。

いわゆる、緩いケドそこそこ勉強も出来るちょっとお金持ちの子が通う学校。

共学でたまに国立難関大にも合格者を出したりもしてる。

基本的に先生も生徒も保護者も良い人が多く、特にエリカのクラスは恵まれていて退屈なくらいだと彼女は感じている。

父親は単身赴任中。

(嫌いじゃないしむしろ好きなんだけど、趣味がまるで違うからパパはいつも会話に苦労してる)

彼は私立大経営出身で知人と立ち上げた会社の専務をしてる。

(ママはパパが大学中に付き合って会社設立時に結婚した。ミスコン準優勝したんだって。聞くと恥ずかしそうにするけど)

エリカは「お母さんに似て美人だね」って時々褒められる。

嬉しいけれど恥ずかしい。

彼女は見た目で劣等感を抱いた事はないけれど、日々を過ごす中で不快な視線を感じる時もある。

今は特定の付き合っている彼氏はいない。たまに告られたりはするけれど、やんわり断っている。デートはして楽しくても、それが友達だからなのか付き合っているからなのか分からなかった。

自分の容姿...身体には価値があると自覚した時から視線には特に敏感になった。

エリカにとっては「女の子であるから」ただそれだけで好かれる事には興味があまりなかった。整った容姿の異性にも心惹かれる事もあったけれど、内面も理解しなくてはどうにも好きにはなれなかった。

周囲の年相応の男子達にはそこまで興味がなかった。

だからと言って年上の男性にも惹かれる事もなく、まだ誰かと特別な関係になる事は考えていなかった。

「友達と楽しく遊ぶ」

これが人間関係へ今のエリカが求める事だ。

彼女は他人から見られるのが当たり前なだけに、慣れもする。

とは言え、今のままでは大きな不満はなくとも満足も納得も出来なかった。

時計が朝の6時半を告げる。

(そろそろシャワーを浴びなきゃ)

適温のお湯がシャワーから流れてくる。

母親がエリカに与えた洗顔剤が良い匂いで、彼女はとても気に入っている。

バスルームから出て髪を乾かす。ドライヤーの風が髪を撫でる。

エリカはセミロングほどの長さではないので時間はそこまでかからない。

エリカの母はセミロングで彼女よりちょっと時間がかかる。

フカフカのタオルを首に巻き、リビングに行くと朝食の準備が整っていた。

椅子に座り、朝食のパンケーキとお味噌汁を食べる。

(ちょっと変わった組み合わせだけど、ママのお味噌汁は本当に美味しい。

出汁が良く出ているし野菜が豊富で健康的

汁物は野菜を食べやすくて好きだ。

今日のは鰹節と昆布の合わせだしみたい)

具はカリフラワーとカボチャとほうれん草とさやえんどうである。洋風スープにも出来る野菜達だ。

使われている味噌はわざわざ取り寄せている高級な無添加の淡色系甘口米味噌である。

酵母が生きているので配送中も自宅に届いてからも発酵が進み、味わいが変化する。
文字通り「生きている調味料」なのである。

料理をエリカ母は心から好み楽しむ。

因みに発酵食品といえば醤油や納豆や漬物やヨーグルトも含まれるのは常識であるけれど、実はバニラビーンズも発酵食品である。発酵させる事であの独特で濃厚な香りが生まれる。

そしてナタデココも発酵食品である。
ココナッツ水に特殊な菌を与えて発酵させる事で作られている。

そして、キムチは日本では非発酵式の浅漬けタイプのお手軽なものもあるが、韓国では発酵タイプのものが正当とされている。
食にこだわりのあるエリカ母の影響のお陰でエリカも発酵食品の簡単な知識も身に付いた。

エリカはエリカ母の事を、お洒落で利発でしかも落ち着きがあって、バニラビーンズの様な成熟した人物だと思っている。
親バカならぬ子バカである。
勿論両親共に親バカでもある。


エリカ
「ママ、今日のお味噌汁美味しいよ。濃さがちょうど良いし」

ママ
「今日も、でしょ?エリちゃんはいつも美味しいって褒めてくれてるもの。
スープを作る準備はしてあったんだけれど、少しお味噌汁作り過ぎちゃって、もったいないからこんな組み合わせになっちゃったわ。
...ごめんね。」

エリカ
「確かにちょっと変わってるけど、美味しいから問題ないよ。
スープ用の器で食べたらもっと違和感なくなって、味噌汁っていうか...ミソスープっぽくなってたかも!
このお味噌汁、具にカリフラワー入ってるし。」
ママ
「ふふふ〜w
あーそれ良いかも!今度してみるわね〜!」

2人で静かに笑いながら朝食を食べる。

彼女の本名はエリカだが、エリカ母は彼女を「エリちゃん」と呼んでる。

彼女が生まれた時からそう呼んでるそうだ。

母は家事をしつつ在宅ワークで父の会社を手伝ってる。

7時半になった。

軽くメイクをして家を出る。

コスメは色々試したけれど、マイベストが定まってきていて良い感じだ。

(ママの真似から離れられたかも。嬉しいような寂しいような)

学校では軽くならメイクも黙認されている。

マンションから徒歩でバス停へ。

空が透き通っている。人工的な街路樹にはまだ夜の冷たさが残っているけれど、表面には朝日が照っている。
いつものようにバスに乗れば、すぐに駅に着く。

改札をスマホの定期機能で通り過ぎてエスカレーターで上がり、駅のホームに出る。

後ろに人の気配を感じる。

思わず自分でスカートの後部を探り、丈が短すぎないか確かめる。
どうやら大丈夫の様だ。

(少し神経質過ぎるのかな...)

ホーム上は障害物が少ないので風を感じやすい。顔を撫でる風が僅かに残った眠気を払っていく。
ビルの広告を眺めていたら電車が入ってきた。

この駅でこの電車に最も人が多く乗車する。今回も電車内がほとんど空である。

ホームの列では前の方に並んでいたからエリカは自然と席に座った。

ドアが閉まり電車が動き出す。

満員ほどではないけれど座席は全て埋まり、中央は人が入る余裕はない。

あと3駅で降りる。

そこからは学校が近い。いつものルートだ。友達とは改札口付近で合流する。

次の駅に到着した。

ちょっと腰の曲がったお爺さんが乗ってくる。

彼にとっては重そうな荷物を抱えている。大丈夫だろうか。

エリカはどうせあと2駅で降りるし、入口に近ければ降りるのも楽だしでおじいさんに席を譲る事にした。

エリカ
「あの、あたしもうすぐ降りるので、良かったら座ってください」
相手には十分伝わるけれど騒がしくない丁度いい大きさと強さの声でエリカはおじいさんに席を譲る意思を伝えた。

おじいさん
「お....?お姉さんありがとねぇ!」

一瞬驚いたおじいさんだったが、すぐ様感謝の言葉を述べ、申し出を素直に受け容れた。

エリカと入れ替わりでおじいさんが席に座る。

その時、彼女のお尻を誰かが触るのを感じた。

いや、正確には“掴んだ”だった。

彼女が手で素早く払い除け確認すると別の高校の男子生徒だった。

じっとエリカの顔を見返してくる。

男子生徒
「....痛ッ!」

エリカ
「....」

意図して掴んだのか事故なのか。

その場で問い質す気にはなれず、男子生徒から離れてドア付近にまで行った。

男子生徒も何事もなかったかの様な顔をしている。

エリカは見返りを求めて席を譲ったわけではなかったが、おじいさんから善意が返ってきてどこか心に隙が生まれていたタイミングなので思考停止し動揺してしまっていた。

鷲掴みにされたわけではなかった。

...偶然触れたついでに力を込めた...そんな感覚...

彼女はこの不快な空間から早く解放されたいと思う様になっていた。
流れる時間がいつもよりも長く感じる。

目的の駅へ到着した。電車から降りて階段を上る。

改札口前には友達が見える。

エリカはホッとした。

エリカの友達のリサ。SNSでフォロワーが1万人くらいいるちょっとした人気者。
トークが面白い上に可愛くて、たまーにプチバズってる。被り物や変装しながらのダンス動画が人気だ。

学校は明かしてないけれど、クラスメートはリサがSNSで人気なのは知ってる。

弁護士のお父さんと高校教師のお母さんの割と厳格な家庭で育ったのもあり根は真面目。

髪型はロングで後ろは編み込み下ろしで「今日は」流石に学校だし少し大人しめだ。

いたずらが好きで、休日に遊びの待ち合わせをした時は男装でつけ髭までしてきた事もある

(さっき電車内で掴まれた事を言おうか)

一瞬そう思ったけれど記憶から消してしまいたかったし、リサを心配させたくなかった。

リサ
「エリエリ〜!おはよ〜!」

エリカ
「おはよ〜!今日は見つけやすかったよ。リサ〜」

リサ
「え!エリエリの目はあたしを見る為だけにあるんだよ!?他の人なんて見ちゃダメ!」

エリカ
「ちょっと何そのキャラwあなたはあたしの彼氏かっつーの!」

リサ
「いや〜キャラチェンしてもゆるーく受け止めてくれるエリエリは最高だよ〜!ノリが良くても噛み合わなくて気まずくなるよりはね〜」

エリカ
「何それ...wリサはお笑い芸人みたいに相方を見つけても良さそうね」

リサ
「え〜!?エリエリがなってくれるんじゃないの〜?」

エリカ
「なるわけないでしょ!ってツッコんだら相方認定されちゃうワケ?」

リサ
「あーそれは考えてなかったや!エリエリツッコミの才能あるよ!」

歩きながら会話をする。この他愛ない会話は動揺し傷ついた心を鎮め癒してくれる。


(リサ...ありがとね)

駅から出て歩き、もうすぐ学校が見えてくるだろう場所まで来た。

どこからか叫んでいる様な声が聞こえる。

声のする方を見ると少し高い歩道橋の階段の辺りに数人の人だかりが出来て歩道橋の橋部分の真ん中を見ている。

エリカは鳥肌が立った。

(さっき電車の中で出会った男子生徒だ!)

先程電車内で会った他校の男子生徒が手すりに立ち叫んでいる。

男子生徒
「もう...全てがおわってるわ...こんなの...馬鹿馬鹿しい!もう...全て終わらせたい!」

男子生徒は荷物を歩道橋下の車が走る道路へ投げ捨てた。

男子生徒に気づく車もいるが気づかない車もいる。

投げ捨てた荷物が無情にも車に轢かれ壊れた音がした。

「な、なあ誰か警察呼んだ?」
「ねえこれ大丈夫なの?」

人だかりから声が聞こえる。唐突の事態に戸惑っている。通報した人もいるかもしれないが、それを一般人が察する術はない。

(警察を...呼んでいる暇はない...かも)

リサ
「ね、ねえ...エリカ...あれってさ、落ちたら死んじゃう...系だよね?」

交通量が多い大きな道路の歩道橋な為10メートル以上の高さがある。それに加えて手すりの高さもある。

運転手達も橋の上で異変が起きている事を察知し始めている。

エリカ
「あーうん。これ、“系”っていうかマジでヤバイよ。警察..!スマホ...」

出来ることと言えば間に合わなくとも警察を呼ぶことぐらいだろう。
いくら機転がきくと言っても、まだまだ経験の浅い高校生でしかないのだ。
犯罪者とのアプローチにおける熟練の交渉人ですら確実に成功するとは限らないのに、彼女らが説得に成功する見込みはほぼなかった。

リサ
「ちょ!あたし止めてくる!」

階段の人だかりを押しのけてリサが階段を駆け上がる。

(まずい!リサが暴走してる!)

知ってるはずの友達の知らない顔。

エリカはリサの根が真面目だって知ってた。いや知っていたハズだった...!

だがここまで向こう見ずな正義感があるなんて知らなかった...!

(興奮してる人に近寄って更に事態を悪化させる危険もあるのに!

止まって!あたし達にはできない事もあるよ!)

階段を全速力で駆け上がるリサを追いかけてエリカも続く。

今までの人生で1番速いかもしれない。心臓が早鐘を打ち、脚に強い力が漲る。

それでもリサには追い付かない。

リサが近寄ってきた事に男子生徒が気づく。

男子生徒は顔が真っ赤で涙を流し、目が充血している。

息遣いも荒く、相当興奮している様だ。

男子生徒
「なんだよお前ら!!!

見てんじゃねえよ!!!」

リサ
「あの、さ。事情は分からないけど、そこ危険だよ?まず、さ。降りてくれないかな」

男子生徒
「事情知らねえのに指図すんなよ!!!!
お前らみたいな甘えればすぐ誰かがチヤホヤしてくれる楽な奴らにわかるわけねぇだろ!」

(まずい...無効どころか逆効果かも。お互いに違う条件で生きているから、共感が難しい...)

先程会ったはずのエリカには僅かに反応があったものの、もう既に興味がない様子だ。
男子生徒は手すりから降りた。

どうやら彼は飛び降りるよりもリサの方に意識が向いているらしい。

別の危険が生まれた。
今度は私達が危険な状況に置かれた。

リサは身長165cm

男子生徒は175cmくらい

エリカは168cm

男子生徒は年相応の腕力があるように見える。2人がかりでも制止するどころか圧倒されるかもしれない。

(逃げなきゃ...)

即座に逃げようとするエリカだが、リサは動かない。

リサ
「ごめん...ごめんなさい。勝手だよね。」

リサは不器用ながらも男子生徒の怒りや哀しみや辛さに寄り添おうとしつつ、相手の人生に踏み込んでしまった無礼を詫びていた。

男子生徒
「ああ...!?お前何様なんだよ...!!
お前なんかに...同情されたくもない...」

(ダメだ...会話は通じてない。)

関わればそれだけリスクが高まっていく。

その時男子生徒がリサに掴みかかった。まともな抵抗も出来ず恐怖で硬直するリサ。胸元を掴まれている。

(リサを...守らなきゃ!)

エリカは男子生徒に体当たりをした。勢いをつけたとはいえ満足な助走もなく、体重差でエリカの方が強い反動を受ける。

リサが吹き飛ばされ倒れる。男子生徒からの拘束からは解放された様だが、リサも衝撃を受けて倒れ込む。

勢い余って手を擦って傷が出来て血が出ている。

受け身は取れたが軽く頭を打ってる。立ち上がれていない。

(あたしは....)

エリカは男子生徒に正面から首を掴まれ、歩道橋の真ん中の手すりから落とされそうになっていた。
スカートがめくれ、髪の毛が重力を受けて道路に向けて垂れる。

男子生徒
「あ...アハハ...もう、どうでも良いや。お前を道連れに死んでやる!」

(グッ苦しい。凄い力...)

抵抗を試みるも足が地面についてないので空中で足掻く形になる。
虚しく空回り。

ふいにフッと身体が宙に浮くのを感じた。

男子生徒と一緒にエリカは歩道橋から道路へ向けて落ちていた。



初めてなのに確信するこの感覚。

(あ た し は  助 か ら な い

当たり前の日常。

ママのお味噌汁。

パパのお洒落な車。

良い人だらけの学校。

あたしの部屋。

明日も続くはずだった日々。

こんな結果に?

何故?

???
「ねえキミ魔法使いにならない?」

突然声が聞こえる。

(いや、頭の中から聞こえる様な不思議な...声?

周囲がゆっくりとした時の流れに感じる...というか止まっている?

これは走馬灯の一瞬なのだろうか。

こんな不思議体験をしても生きて報告する事は出来ないのに...)

???
「ねえ!聞こえてるの?」

(走馬灯がこんなにしつこいとは...

そもそも走馬灯って死に際してそれまでの人生が素早く押し寄せてくる現象の事じゃなかったっけ?)

???
「おーい?こっちみてよ!」

見ると熊の様な猫の様な何かに似てるけれど何にも一致しない抱くのに手頃なサイズぬいぐるみ?が浮かんでいた。

???

(あたしはどうなってしまったんだろう)

エリカ
「えーと...あなたはあたしが見ている幻覚なの?」

???
「ああ〜君たちの世界とはかけ離れた存在だからそう思うんだね。

ボクの名前はニゴ!この世界にボクの手伝いをして正義の味方になってくれる人を探しに来たんだ!
正義の魔法使いにね!」

(???どうやらあたしは正気ではないらしい)
急展開に次ぐ急展開でエリカは混乱していた。

エリカ
「あなたが何者でも構わないけれどあたしは今まさに落ちて死にそうなんだよ?」

ニゴ
「あーっはっは!大丈夫!ボクが助けてあげる!

ボクの手伝いをしてくれなくてもキミとキミのお友達の正義のエナジーはとても素晴らしかったからね!

でもね、ボクに協力してくれるなら嬉しいな」

エリカ
「これが幻でもなんでも良いよ。助けてくれるなら協力でもなんでもしてあげる」

ニゴ
「オッケー!じゃあキミには早速変身して貰うね!

えい!」

ニゴが掛け声をかける。

するとエリカの身体が輝き始める。

(ああ、これって幼い頃に見た事のある魔法少女の変身シーンだ...!)

今までに感じた事のない力強く心地よい感覚が全身に満ちてゆく。

(....

.....

...?

.......!?

指が太くなっている。

お腹が苦しい。

服が変わっている。

何が起きたんだろう?)

エリカ
「ね、ねえ...ニゴ。あたしの身体に何が起きたの?」

自分の喉から出てくる声はいつもの自分の声ではなかった。

男の...中年男性のちょっと低い声...!?

首を回して周囲を見る。

何故かエリカは眼鏡をかけている。

そしてビルの窓には彼女と男子生徒が映っている。

いや正確に言うと、エリカがいるはずの場所に肥満気味でお腹がかなり出ている中年男性がこちらを見ていた。

(これがあたし...?)

ニゴ
「どう?変身した気分は?

立派なメタボ魔法使いおぢさんになれたね!」

エリカ
「あたし...いや私は魔法少女になるんじゃなかったの?」

思わず一人称を変えるエリカ。

ニゴ
「ん?いつそんな事言ったっけ?

ボクはキミに正義の魔法使いになって貰いたいって言ったんだよ!」

エリカ
「.....」

ニゴ
「どうしたの?」

エリカ
「えっと...魔法少女に変身してステッキとか持ってあの...綺麗な魔法でパパーっと解決するのかな〜って思ってたからさ...」

ニゴ
「何それ?そんなのアニメや漫画の世界だけじゃないかな。
まあ、たとえば元の君の姿のまま出来なくもないんだけれど、今の状況には不向きだし、色々理由があってその姿になってもらったわけなんだ」

エリカ
「あ、うん。そうなんだ...」

ニゴ
「望むなら、その身体で魔法少女みたいな服を着させてあげる事は出来るよ」

エリカ
「...お願いだからやめて」

ニゴ
「まあ魔法にステッキとか必要ないしね。大事なのは魔力とそれを制御する本人の意思と肉体の活動可能な状態だね。」

エリカ
「....そうなんだ」

ニゴ
「それじゃあ時間もない事だし、このピンチを解決する方法を説明するするね!

ボクがなんとか頑張って時を止めながらあそこの大型トラックを君たちの下へ移動させるから、キミはその男子生徒を受け止めて助けてあげてね!

ボクはトラック運ぶので限界なんだ」

エリカ
「割と肉体派な助け方するんだね...
でもさ、そんな遠回しなことをするよりも、私達を橋の上か道路に降ろしてくれたら良いだけな気がするんだけど...」
ニゴが淡々と聞き取り理解できるギリギリの早口で説明する。停止出来る限界が来ているようだ。

ニゴ
「確かにその方が良いんだけれど、それだと善行エナジーは回収出来ないし、時を止める前の力の働きのベクトルに逆らう事も運動エネルギー自体を消す事もボクだけでは出来ないんだ。
君達はもう地面に向けて落ち始めている。
あそこの大型トラックはこちらに向かって動いていたから、時間停止中に後押しする事で多少の調節は可能だ。
このまま君達を地面に降ろせば結局落下と同等のダメージを負わせてしまうし、かと言って橋に戻すのはトラック動かすよりもエネルギーがいるんだ。
事実上不可能だ。
こうして時間を止めるのもこれでも最短で発動したんだよ。
基本的にはピンチじゃないと発動出来ない能力だし。
万能でも無敵でもないんだ。
色々こちらも面倒な制約で動いていてね...

あと時間停止にも限りがあって、そろそろ維持出来なくなるんだ。
落下してトラックに落ちれる様に調整はするから安心して!
そろそろ時間が限界だ!説明はまた後で!!

じゃあ行くよ!いいかな?」

エリカ
「う、うん」

時が動き始める。

男子生徒がエリカ目掛けて落ちてくる。

下には突然大型トラックが出現した。

男子生徒は突然おぢさんを挟んでトラックに向けて落ちていく状況で驚いた顔をしている。

「ドスン!」金属に重い物体がぶつかる音。

強い衝撃が身体に伝わる。

鋭く深い痛みが全身に駆け巡る。

でも男子生徒を抱きしめた手は離さない。

大型トラックの荷台部分が少し凹んで受け止めてくれた様だ。

(....助かった?)

大型トラックから運転手が降りてくる。

警察が乗ったパトカーが数台寄ってきた。

人だかりが増えている。

(あたしは...まだおぢさんのままだ)

エリカはまだメタボ中年男性のままだった。

男子生徒を離した。

彼は身動きしようとせず静かに泣いていた。少なくとも抵抗する様子ではない。

パトカーと救急車だけでなく消防車もやってきた。

梯子が渡されエリカと男子生徒は降ろされた。

警察には説得を試みて道連れにされた中年男性として扱われた。

男子生徒を警察に任せエリカはリサを探した。

リサが周囲を見渡しながら歩いているのを発見した。

きっとエリカを探しているのだろう。

エリカ
「リサ...」

リサに話しかけて自分は助かったと伝えようとしたが、今は中年男性である事に気づいた。

リサ
「え...!?」

(..

エリカ
「リサさんですね?あの、あなたと同じ制服のエリカさんと名乗る方から伝言があります。あなたを確認したけれど、怪我をしたから家に帰っておくそうです」

リサ
「エリカは無事だったんですか!?本当に...良かったああああああ...」

顔をクシャクシャにして泣くリサ。
(リサ...あなたに今すぐ抱きついて喜びたい。でもそれは叶わない...)
今のエリカはリサにとって見知らぬ中年男性でしかないのだ。

思わず一緒に泣きそうなのを堪えながらエリカは言葉を続ける。

エリカ
「不幸中の幸いです。それでは、私はこれで...」

逃げるように歩き出し、事故現場から離れた路地裏に入ってビール箱に座り込むエリカ。

エリカ
「助け終わった後もこの身体のままだなんて聞いてないよ...こんなのじゃ家に帰れないし...リサともママともパパともみんなとも2度と会えないのかな...」

身体の痛みよりも辛い心の痛みで涙が出てくる。
一般的な中年おぢさんとは違い、会社に勤めてもいなければ、この状態のまま受け容れてくれる知人友人家族はいないのである。
行くあてもない。
エリカは世界で1番自分が孤独であるかのように感じ、絶望で胸が苦しくなっていた。

ニゴ
「...そんな事ないよ!

あと数時間もしたら元のキミに戻れるさ!」

突然先ほどの不思議な存在の声がして驚くエリカ。
気づくと隣にニゴが浮かんでいる。

エリカ
「えっ!?あっそうなの?」

ニゴ
「キミを変身させるには相当なコストがかかるからね。変身時間には余裕がかなりある様に設定してあるんだ!
ごめんごめん。
ちょっとした後始末をして善行エナジー回収してる間にはぐれちゃったみたいで。
時間停止も切れちゃってたからさ。
あとコレ!キミのカバンね!」


エリカ
「な....なーんだ!
そんなの先に言ってよ〜!」

死の恐怖と2度と親しい人達と会えないかもしれない絶望を味わった末に解放されて反動で力が抜けるエリカ。
朝食を少し前に食べた筈なのに飢えと渇きが襲ってきた。

ニゴ
「変身させる事自体に特にコストがかかるんだ。変身状態を維持するだけならそんなにコストかからないんだ!

ロケットみたいなものだね、地上から打ち上がる瞬間に燃料の大部分を消費するみたいな感じさ。
まあキミが自分で変身できる様になるとコストは下がるんだけどね。今回はボクが別の存在を強制的に変身させたから色々無理があるのさ。

ああ、ついでに言うとその身体の状態で摂取したカロリーはその身体のみに適用される。
カロリーを魔力に変換して、その身体を維持してもいるのさ。

多分初めての変身でかなりエネルギーを消費してるし身体が慣れてないだろうしでお腹が空いてきてるんじゃないかな?

その身体なら普段のキミが思いっきり食べれない量と質の料理もイケるからさ。

コレからキミが食べたいものお店に行ってご馳走してもいいよ!」

絶望と哀しみから解放され脱力していた身体にも力が戻ってきていた。

エリカ
「....良いね。

それ!」

ニゴ
「食べたいものある?この世界の通貨は魔法でたくさん出せるし奢ってあげるよ。

勿論正義のバランスを崩さぬ程度でね」

(食べたいけれど我慢していたもの....

それは....)

エリカ
「三郎系ラーメンかな!!」

エリカは三郎という名のモヤシと豚肉満載のラーメンを提供する店が根強い人気を誇っているとは知っていた。
あまりに人気で暖簾分けした店や、インスパイア系の派生店が続出するくらいであった。

ネットで調べて特殊な注文方を知っていても試す機会はなかった。

エリカは興味はあるが行けなかった。

ラーメンは好きでもお店の雰囲気が敷居が高く感じられていた。

両親からも緩く禁止されていた。


(でもこの姿、この身体なら...!)

ニゴ
「良いよ〜!じゃあボクも人間に変身して一緒に食べよっか!」

ニゴの身体が輝き始め、中肉中背のサラリーマンが現れた。

ニゴ
「はっはっは!じゃあ行こう!」

(取り敢えずリサとママと関係ある人にはメッセで学校行かず休んでから家に帰るって伝えておこう)

エリカは無事と帰宅の予定を伝えると、スマホの通知を切りマナーモードにした。

2人はラーメン店三郎へ向かった。
心も身体も軽い。いや身体の質量は重くなっているのだが。
三郎は休日は長蛇の列が出来るものの、平日なのもあって数人程度だった。それでも開店前からの熱心な客が来る。エリカ達は最前列だ。
店員
「っしゃいませ〜!2名様ですね。こちらへどうぞ!」

開店と同時に列が動き、エリカとニゴも店内に入る。券売機で好みのラーメンの券を購入し、店員に麺の硬さとスープの濃度を伝える。
店員に案内され少し狭い店内のカウンターに着く。

店員
「ご注文お決まりですか〜?」

エリカ
「....ニンニクマシアブラマシマシブタチョモランマ!」

エリカは遂にラーメン召喚の魔法を唱える事が出来た。
店員が頷き調理が厨房で開始される。

(ちゃんと通じてる!!)

嬉しくてたまらない。遂に唱えられる時が来たのだ。

待つ時間も楽しい。
あの用意されたどんぶりは自分のだろうか、それともニゴのものだろうか。

店員たちがテキパキと作業を続ける。

調理が目の前で拝めるとはよくよく考えればちょっとしたパフォーマンスの様でもある。

麺が茹であがり、店員がお湯をきる。

ここからでも湯気と熱を感じるのだから、店員は相当暑いだろう。
醤油豚骨スープが鍋から汲まれてどんぶりに注ぎ込まれる。

そして、これでもかと高くチャーシューともやしが積み上げられてゆく。

炭水化物とタンパク質と脂質とほぼ水の野菜の罪深き食欲のバベルの塔の出現である。
これを前にすれば人は理性的な言葉を忘れるであろう。

店員が具を崩れさせない為に、まるで陶芸家が器の形を整える様に盛っていく。
美食のお店の盛り付けとは正反対だ。

美食のお店では見栄えで雰囲気も整え、料理を出すタイミングや順序や見た目でも味わいを深めて演出するのであるが、このラーメンはひたすら食欲の追求を実現する為の求められる機能を発揮させる事にのみ特化しているのである。

美食と貪食。食を追求する事は同じでもその辿る道はあまりにも正反対である。

店員
「おまちどうさまでーす!こちらがニンニクマシアブラマシマシブタチョモランマです!」

長かったような短かったような。注文通りの特盛ラーメンがカウンターに出現した。
元のエリカが食べられる量の数倍はあるだろうか。
まずは全体のフォルムを眺める。

なんとも堂々としているではないか。これが今から胃袋へ収められるわけである。

湯気で眼鏡が曇る。今更気づいたがこの眼鏡は伊達眼鏡だ。ハズしても問題ないだろう。

なんとも濃厚な香りだろうか。元のエリカならば香りだけで半分は腹が満たされてしまうかもしれない。
箸を手にし、準備は整った。

まずは塔を軽く崩してから麺とスープを発掘しなければならない。
こんなに近くにあるのに遠いなんて。
空間が歪んでいるのだろうか?

塔が崩壊しないように気をつけつつ、もやしを多めに片付けつつ、チャーシューを軽くかじる。胃の準備運動だ。
焦らず急がずされど着実に食べ進める。麺が伸びるのは案外早いらしいと聞いたからである。

この時点でラーメン全体の美味しさを確信する。これが不味いはずがない。

料理に不安を抱きながら食べるのはどんなに良い料理すら台無しにしてしまうだろう。
料理を信頼し食べるならば本当のよさを味わえる。

ようやく麺とスープが見えてきた。
ここからが本番である。

エリカはレンゲに麺とチャーシューともやしとスープ全てを乗せレンゲの中に小さなラーメンどんぶりを生み出した。
そしてそれを迷いなく口の中へ放り込む。
口の中で味覚食感香りの情報が駆け巡る。
咀嚼し飲み込む。

感覚を丁寧に確かめる。

こんなに思う存分背徳的なカロリーのラーメンを食べた事はなかった。味わう為の最高のコンディションであるのも関係しているだろう。
ニンニクはマシマシではなく、マシが丁度良いだろうか。

ただ豚肉をそのまま焼いて食すよりも豚肉らしいとは、奥の深さに唸るばかりである。

豚肉を味わう為にあえて豚肉以外を加えている。そんな完成された哲学のようなものを感じる。
ニンニクやスープとチャーシューだけではくどいけれど、もやしがある事で欠点が解決されている。そしてもやしの淡白さにもありがたみを感じる。
具、スープ、麺...そして店の雰囲気。全てが調和しラーメンを作り上げていた。

舌鼓を打ちつつ無言で食べ進むエリカ。

今のエリカはただ純粋にラーメンを堪能する存在である。息をすることも、心臓が動く事も、全ては今この瞬間このラーメンを食すためだけに実行しているに過ぎない。

この宇宙にこのラーメンどんぶり以外の空間はないかのような集中の仕方である。

横で話しかけずにエリカの様子を見ながら一定のペースで食べるニゴ。

ひと口食べるごとに感動がある。

このまま一気に食べ終えてしまいたい衝動が沸き起こると同時に、永遠にこの楽しみが続いて欲しいとも思う。
大好きな作品を長時間体力気力の限界まで堪能して、丁度クライマックスを迎えたような感覚である。
幸せ過ぎる葛藤だ。

ようやく濃厚スープを躊躇なく飲み干す。
お店側は客の健康のためもあってスープの完飲はしなくて良いとあえて注意書きはしている。
しかし後の健康を考慮しなければ人はこうも果敢になれるのである。濃厚ラーメンスープの大海は巨人に飲み干されてしまった。

幸せで濃密なラーメンスープのような時間は終わりを迎えた。

器の底が見える。

エリカ
「....御馳走様でした!」

食材として命を捧げてくれた豚...小麦...
そして作ってくれた店員...
それを成り立たせる世界そのもの...

今なら全てに感謝出来そうだ。

食べ終わり会計を済ませて、悠々と店を後にしたエリカとニゴ。

ニゴ
「いや〜人間の身体になってこの世界の食事もいいものだね〜!」

エリカ
「ご馳走様でした〜...!この身体本当に胃が大きいんだね。こんなに食べたの初めて!」

ニゴ
「満足してくれた様でなによりだよ!」


少し眠くなってきた。

エリカ
「...ごめん。ニゴ...ちょっと横になって休める場所に行きたいけど良い?」

ニゴ
「ん?大丈夫?
じゃあ漫画喫茶いこっか!」

エリカは漫画喫茶も行った事はなかった。

エリカ
「え?あそこって漫画を読む場所じゃないの?」

ニゴ
「確かにそうだけど、休憩にも使えるんだよ!」

エリカ
「そ、そうなんだ。」

漫画喫茶前でニゴが漫画喫茶会員カードを手渡してきた。

それで無事受付を通過し個室部屋に行くエリカとニゴ。1人と1匹?は少し離れている。

(こんなに沢山の漫画があるなんて...)

漫画にも興味はあるが眠気が強くそれどころではなかった。
荷物はロッカーに預けたし、個室は鍵がかけられるけれど、それでも見知らぬ他人がいる場所で寝る事にエリカは一瞬抵抗感を覚えた。

(大丈夫。そもそも今はこの身体なのだし...)

自分に言い聞かせ、目を閉じるとエリカはすぐ様眠りに落ちた。

...

...
トントン!ドアをノックする音がする。

(!!)

目を覚ましたエリカ。どうやら数時間は寝ていた様だ。眠気はすっかり消えている。
慌ててドアを開ける。
そこにはニゴがいた。

ニゴ
「おーい。そろそろ時間だけどどうする?延長する?」

どうやら3時間程度寝ていたようだ。

エリカ
「いや、大丈夫。お陰様でよく眠れてさっぱりしたから。」

ニゴ
「ほいほい。じゃあそろそろ出ようか!」

受付で会計を済ませ店外に出る。
もう午後3時ぐらいだ。いつもなら午後の授業辺りの時間帯だ。
伸びをする。
とても気持ちがいい。

エリカ
「ラーメンもだけど漫画喫茶も有難うね。ニゴ。」

ニゴ
「はっはっは〜!お安いご用さ!どういたしまして!」

ニゴはなんとも陽気な性格をしている。明るいけれど鬱陶しくはなく、エリカは過ごしやすい。

ニゴ
「変身が解けるまではもう少しかかるみたいだね。
河川敷にでも行ってブラブラしようか。
変身解除時には人目がない方がいいし。」

エリカ
「オッケー!」

1人と1匹?は河川敷へ徒歩で向かう。周囲からは会社の仲の良い者同士にでも見えるだろう。
河川敷で人気のない橋の下のコンクリート部分に座るエリカとニゴ。

エリカ
「本当に信じられない事ばかりだったけど...ガチでマジでリアルなんだよね....
まあ、良い事もあったしハッピーエンド、かな」

ニゴ
「まずはお疲れ様。
これから沢山色々な事件や事故に出会すだろうけど、きっとキミなら乗り越えられるよ!」

エリカ
「なるべく危険は避けたいけど、ありがとう....
そういえばだけどさ、あの時は時間がなくて聞けなかった事が幾つかあるんだけど質問して良い?」

エリカはこの機会に今までに浮かんだ疑問をニゴにぶつける事にした。

ニゴ
「勿論!どうぞ!」

エリカ
「まず、どうしてこの姿に変身させたの?他の姿じゃダメなの?」

ニゴ
「ほーほー。そこが気になったんだね。オッケー!

えーっとね、ボクはキミに最初出会った時に時間を止めたでしょう?」
エリカ
「うん。そうだったね。
ピンチの時にようやく発動出来てあれで最速の発動だったとか言ってた気がする」
ニゴ
「よく覚えてるね!
お世辞じゃなくてさ、この世界のベテラン警察官や軍人でも緊張し焦れば記憶や認識は相当乱れて質が低下するものなんだけど、キミはなかなかに冷静だったみたいだ。
ボクが見込んだだけはあるよ。

で、話を戻すと...実はボク以外にも魔法界からこちらに来ている妖精は存在するんだ。
ボクは正義と優しさのエナジーと相性が良くて、それを強く真に持つ人に惹かれるワケね。
ボクは限定的な時間停止能力を持っている。
でも他の妖精は幻覚を見せたり記憶消去だったり結界を張ったり別の能力を持っていて、別の種類のエナジーを取り込むんだ。」
エリカ
「この姿に変身させたのはニゴの能力との兼ね合いからってことなんだね。」

ニゴ
「うん。その通り。
ボクは本格的な記憶消去レベルの精神操作は行えないし、幻覚も作り出せない。

さっき見せたようなこの姿になる変身くらいは出来るけどね。
リサって子は倒れて目を逸らしていたし、混乱していたしでキミが消えてその姿の人物が突然現れてもなんとなくで納得してくれるかもだけど、あの男の子はキミをバッチリ見ていてキミが目の前で変化しちゃったし、遠くから見ていた人にも疑問には思われたかもしれない。
大型トラックが不自然な急加速した様にも感じられただろうし。
余裕があれば後処理も出来たんだけど、残念ながら出来なかった。
今回の件は不完全でミスもあるんだ。
まあ...あの男の子はともかくとして、周囲の人々にはキミは顔の全ては覚えられてはいないし、ほぼ後ろ姿だけだったけどね。

それで、あの男の子を助けた時みたいにボクの時間停止が解除された後にキミがもし元のままの姿なら...どうなるか分かるよね。」
エリカ
「まあ騒ぎになるよね。
写真撮られたり、顔を覚えられて身元特定されたりしたら厄介な事になりそうだし。」
知人友人とかに見られるのもヤバいかも。
今回のことはあんまり騒ぎにならない方が良いな〜....」

ニゴ
「だから、元のキミとはまるで似ても似つかない姿にしたのさ。
ボクの能力はピンチには即座に対応しやすいけれど、後始末は苦手で不向きなのさ。
なんとか誤魔化せそうだけれど、ちょっと危なかったね。

まあ、流石にその姿とキミではまるで同一人物で関係があるようには思われないだろう!

それに、その身体なら頑丈で魔力豊富にする事も出来るし。」

エリカ
「確かにタフだった...!

大型トラックに落ちたとは言ってもさ、数メートルはあったし、頭も背中も受け身も取れずにトラックの荷台に激しく打ち付けても負傷も何もなく、その後平気で動けたんだよね。」
ニゴ
「キミが成長して力が強くなったら、元のままの姿でも今のキミ以上にタフになる事も自分の意思で変身する事も変身解除も可能なんだけど、最初だったからね。

男の子をしっかり抱きながら受け身を取れないなら肉が厚い方が良かったのさ。

あと...キミがね、誰かから欲望の眼差しで見られる事に少し疲れていたのを感じ取ったのもあったんだ。」

エリカ
「....!!!」

ニゴ
「どう?当たってる?」

エリカ
「確かに...自分の事は好きだったけれどなんだか少し疲れちゃっていたみたい。

誰かから見られて、何かされるんじゃないかなとか考えるのが当たり前だったし。

ちょっと解放されたいなってさ。
思う事はあったよ。」

ニゴ
「そういえばだけど、キミはその姿の人がもし他者としてキミの前にいたとしても特に不快には感じないのかい?
キミは、その姿から元に戻れず、家族や知人友人と会えないかもしれない事を恐れ悲しんでいたけれど、そうではないと知った途端その哀しみが吹き飛んだみたいだけど。」

エリカ
「うーん...私は、自分自身が綺麗で可愛くありたいと思って努力してきたけれど、それはいつまでもどんな状況でも保てるわけではないし、人が見かけ通りな部分と見かけが無関係な部分を知って色々考えたりもしたんだ。
虫や動物...細菌やウイルスは人の容姿なんか一切お構いなしだし!」
ニゴ
「はははーw確かにそりゃそうだ!」

エリカ
「それにね、病気で容姿が個性的になった女性がドッキリのネタに使われてとても哀しんでいるのを見た時...軽率な容姿の貶めは事情のある人達まで傷つけ追い詰めるって知ったしで、容姿で変に他人を差別しない様にしなきゃって、そう思って過ごしてるんだ。」

ニゴ
「そっか〜...
ボクみたいな容姿が変幻自在な存在には少し理解しづらい問題だけれど、この世界で苦しみを生み出しているものではあるんだね。

劣っているものを生み出せば、優れたものが...優れたものを生み出せば、劣ったものが生まれてしまう。」

エリカ
「そこは難しいところだね...
まあ...だから私は今の見た目の人を見かけても、特に何も思わないよ。
無理に褒める事もなくて、ただそのまま認めて変に踏み込まないってだけ。
とは言え、ここまで体格が立派だと着ぐるみみたいである意味可愛い気もするかも!!」

ニゴ
「はっはっはーw!」

エリカ
「....あ!あとさ、ニゴの時間停止能力にも制約があるんでしょう?良かったらそれ教えて欲しいな。」
ニゴ
「キミもグイグイ来るね〜...!」

エリカ
「えへ...!」
ニゴ
「良いよ良いよ。正義の味方はそれぐらいしっかりしとかないとね!

で、ボクの制約っていうか妖精や魔法全体の制約なんだけど、他の妖精や魔力が覚醒している存在に使う場合には効果がかなり落ちるし、お互いに妨害も可能なんだ。
だからたとえば、あの初対面の場合に何らかの悪意がある敵対的な妖精とかに妨害されていれば、2人は最悪助からなかったどころか、事故の範囲が拡大して大勢に被害が出ていた危険すらあったんだ。

この意味でも時間に余裕がなかった。」
エリカ
「それちょっと危険すぎない?
何かがズレてたら結局私は死んでいたって事?」

ニゴ
「それはそうだけど、一応周囲の確認と警戒はしておいたし、万が一妨害があってもキミだけは絶対に助けるつもりだから安心して欲しいな。

あの男の子を見捨てる羽目にならなくて良かったよ。」
エリカ
「意外とシビアでドライだね...

まあ良いや...聞きたい事は今のところこれくらいかな。ありがとね。

どうせ1度には理解出来てないだろうし。ちょっと量が多いし。」
ニゴ
「オッケー!どういたしまして!ボクの方もこの会話が有意義だったよ。

改めてキミの優しさと正義感に触れて確かめ知る事ができたし。」

ニゴが周囲を見渡す。

ニゴ
「....おし!周囲に人はいないね!

それで、もうすぐ変身が解ける時間だよ。

ほら。」

急にエリカの身体が輝き始める。

先程までの力が失われ、プールから上がった後に感じる重力の様な感覚に襲われるエリカ。

エリカ
「あ!いつものあたしだ!」

エリカの身体が元に戻った。

ニゴ
「良かったね。
じゃあ今日はここで解散!また何かあったら会いに来るよ!」

エリカ
「ええ!?いきなりだな〜!!!」

ニゴ
「そろそろキミ家に帰らないとお母さんが心配するよ。
学校サボっちゃった形だしね。」

(そうだった...完全に忘れていた)

ニゴ
「じゃあまたね〜!お疲れ様!」

エリカ
「あっ!またね〜!助けてくれて...あとラーメンとか御馳走様でした!」

ニゴがスゥーっとまるで最初から存在していなかったかの様に消えた。

独り取り残されたエリカ。先程までニゴが座っていたコンクリートを撫でてみる。
確かに温もりが残ってはいる。

エリカ
「幻...なのか分からないけど...取り敢えず生きてる...!」

マナーモードにして通知を切っていたスマホを確認する。
スマホにはリサやエリカ母親からメッセージがいくつも届いていて、通話呼び出しの履歴もあった。
急いで帰宅したエリカ。午後6時を過ぎていた。
リビングでエリカ母親が青ざめ憔悴した心配そうな顔をしていた。
エリカは非常に気まずい。椅子に座りながら話しかけるエリカ母。

ママ
「エリちゃん...事件に巻き込まれたの...??

何もなかった...?怪我は...?」

エリカ
「ごめんなさい。ママ...

えっとね...あたしは大丈夫だよ。

身体はなんともないし...でもね、なんだか勉強する気にもなれなくてちょっとブラブラしてたんだ。」

エリカ母は安心したと同時に少し怒っている様だ。

ママ
「あのね、エリちゃん。
ママがあなたの事をどんなに心配していたかわかる?

メッセが送られてきて返事をしても既読すらつかなくて...

てっきり家にすぐ戻ってくるかと思ったのに。」
エリカ
「ごめんなさい...」
エリカは余計な言い訳をせずに、ひたすら謝る事にした。中年男性になって爆盛りラーメンを貪って漫画喫茶で爆睡していたとは言えるハズがない。母を余計混乱させ怒らせてしまうだけだ。

(ママは賢いし勘が鋭いから...)

謝り続けるエリカを見てエリカ母は怒りが鎮まり、根本にある愛娘への愛情と心配の方が強く出てきた。

ママ
「まあいいわ...エリちゃんは真面目で良い子だから、私が少しお願いするだけで無理してまでも従っちゃうものね。
たまには息抜きも大事よね...」

(良い流れ...)

エリカ
「ママ気にしすぎないで。
あたしは大丈夫だから。
明日は学校行くから準備して早めに寝るね。」
ママ
「わかったわ...
本当に無事で良かったわ...

あなたにもしものことがあったら私は...」
エリカ母はそう言うと立ち上がり、力強くエリカを抱きしめた。

(...ごめんねママ...)

エリカは薄らと涙を流したが、エリカ母は声を殺しながら顔を真っ赤にして泣いていた。

エリカ
「今度からちゃんと連絡するし、すぐ戻るから。
次は大丈夫。」
ママ
「あなたが無事ならそれで良いの...」

エリカはエリカ母の背中を優しく撫でた。いつもの賢く優しくしっかりしている母が、自分のためにここまで心を乱してしまっていた事が嬉しいと同時に申し訳なかった。

エリカ
「じゃあ...部屋に行くね。」

エリカはエリカ母の顔をハンカチで拭うと部屋に向かった。
エリカ母は目が真っ赤だったけれど、ニッコリ笑っていた。ひとまずは大丈夫だろう。

ようやく部屋に戻った。
バッグを置いて制服を脱ぎ、ベッドに仰向けで寝転がる。

(...みんなの為にも死ぬなんて出来ない)

エリカはぼんやりとしながらも自分を心配してくれる人々の為にも気を引き締めた。
変身中にも寝たハズなのだが、また眠くなってきた。
リサのメッセに「後で返信するね。今は自宅の部屋で寝転んでるし無事だから安心して!明日また駅で会お!」
と返しておいた。
眠気が限界で目蓋がもう上がらない。

(色々あったけれど、今こうしていつものあたしの部屋にいる。
大丈夫、悪い結果になんかさせない。
そう...大丈夫...)

エリカは深い眠りに落ちた。こうして少女の摩訶不思議な1日が終わったのであった。


第1食終わり

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