小説 神々の星〜夢限転生〜❶初めての再会
薄っすらと意識を取り戻し、目を半分開けると喜びと哀しみの入り混じった複雑で強い感情が渦巻く目線が自分に集中している事に気付いた。
思わず目を閉じる。
目を完全には開けずに耳を澄ましてみる。
大勢の人々に囲まれていて彼ら彼女らが自分に関して話をしているのが伝わる。老若男女様々な声が発せられているが、うるさくはなく、何かを待ちわびていてそれに気付く為に抑えようとしても止められないかの様な興奮だ。人々の発する感情は、哀しみもあるけれど喜びの方が僅かに強い。
俺が目覚めた事に気づいている気配はない。
少なくとも危険ではなさそうだ。
一体何時何処で気を失ったのだろう?そしてここは何処でどのくらい気を失っていたのだろう?空腹は...酷くはないが少し空いてる程度だ。数時間くらいだろうか。
音の響きからして上下左右に奥行きのあるホールの様な空間内部で、自分の身体は入り口から遠い場所に配置された台の上に手を開きつつも指を閉じて重ね合わせた状態で乗っていた様だ。
鼻で息を吸うと花の香りが飛び込んできた。
良い香りだ。でもこの花の種類が浮かばない。花には詳しくはないが、何故だか初めての様な懐かしい様な不思議な香りがする。
「....ックシュン!」
しまった。ついくしゃみをしてしまった。
人々の声が一瞬鎮まり足音が近付いてくる。近くの声も急に静かになった。
誤魔化せなさそうだ。
そもそもこの人々に悪意は感じないどころか好意や善意しか感じないし、拘束もされず花が捧げられている辺りからも特に強く警戒する必要はないだろう。
観念して目を開ける。
眩しいけれど我慢はできるぐらいの明るさだ。まるでその為に調節したと思われるぐらいの明度。
「お目覚めですか?」
若い男の声だ。品があり少し訓練させればオペラでテノールでも演じられるであろう美声。
見上げると褐色の肌で白い髪の整った顔立ちの青年がこちらを見つめていた。声も綺麗なら顔も。
取り敢えず返事くらいはしよう。
「あー...はい。今起きました」
無難で丁寧に応じる。少し喉が渇いていて喋りづらい。
「それは良かった...皆様お待ちしておりましたから」
やはりこの集いは俺を囲んでいるみたいだ。身体が固まっているので少しずつ動かしてほぐしてからゆっくりと上半身を起こしてみる。背中の下には柔らかなクッションの様なものが敷かれてはいるが、適度に反発もあって起きやすかった。高級品だろうか?
「それはどうも...でも人違いじゃないですか?俺はこんなに大勢の方に歓迎していただけるほどの特別な人間ではないと思うのですが。なんだか申し訳ないんです」
ニッコリと若い男が微笑む。まるで想定済みかの様な反応だ。小馬鹿にしているのではなく、想定された手順をただ丁寧に辿っている...そんな落ち着き。
「いいえ。人違いでは“あり得ませんよ”。間違いなく貴方様を皆でお待ちしていたのです。
さあ、こちらへどうぞ。歓迎の準備が整っております。お食事もお好み“だった”ものを用意しております」
なんとも都合のいい話だ。
完全に身を起こし、台から降りる。
仰向けになって様子を探っている時は気づかなかったが、想像よりもやや広いホールに数百人が集まり、一斉にこちらを見つめていた。上方にも大きな空間が広がっている。
若い男が手を叩いて音を出し、目配せをする。
「さあ、皆様!アルモニア様がお戻りになられました!歓迎致しましょう!」
アルモニア...?聞いたこともない名前だがそれが自分を指しているらしい。大勢の注目が自分に向けられているのを強く感じる。
非常に気恥ずかしい。
人々の間をかき分け付き添え人がついた老人が近付いてくる。装飾や衣服や周囲の扱いを見るに相当に地位の高い人物らしい。少々腰が曲がってはいるものの、しっかりとした足取りで近付いてくる。あの年でも身体を鍛えているのだろうか。
「なんとまぁ...私は老いたというのにアルモニア様は初めて出会った頃の様にお若くなられて...
いや、もうその記憶はないのでしたね。また貴方様にお会い出来て本当に嬉しく思います...」
涙ぐみながら貫禄ある人物が自分を慕って丁寧に語りかけるので本当に奇妙な感覚だ。コレで人違いなら気まずいどころではないのだけれど...
「あー...どうも...」
言葉がでない。こちらは相手を一切知らないのに、相手はまるで長年の知人の様に語りかけてくるのだから。
「あの、俺....いや私は貴方が思ってる人間じゃないかもしれませんよ?」
老人が目を細め遠くを...記憶の彼方を見る様な顔をし、少し口を歪めて笑う。悪い笑いではない。この面倒なやり取りすら楽しみ味わっている。
「そうなりますねぇ...ええ...このやり取りは“2度目”になりますね。
以前とまるで同じ展開で本当に...懐かしゅうございます」
2度目...?どうやら先ほどの若い男と同様にこの老人も人違いではないと確信している上に、以前もこのやり取りをした様だ。
正直混乱してきた。
その時少し離れた位置から自分を見つめる視線に気付いた。
見ると、全体的に黒い衣装に身を包んだ妙齢の美しい女性がこちらを涙ぐみながら見つめていた。
自分に向けられた感情の強さで衝撃を受けた。気まずくて思わず咄嗟に視線を外す。
それを確実に察知したであろう老人はあえて触れない。
「さあさ...アルモニア様、このゼンドゥが貴方様を直々に歓迎いたします。喉も渇いてらっしゃるでしょう。
長話は後からでもできます故、まずはお食事を召し上がってください」
老人に連れられて台から近い大きなテーブルに着く。円形で内側にも小さい円のテーブルがあり、十字の区切りがあり、そこから移動が出来る様になっている。
半ば強制的に座らされた。
対面には獣の様な顔をした生き物も着いていた。俺に会釈をしてきた。思わず返したけれど。
そうか...
先ほどから感じてはいたものの...これは夢だ。夢の中でそれが夢だと確信する、「明晰夢」というやつだろう。
流石に獣の様な頭の生き物なぞ出鱈目すぎる。
まあいい...夢なら夢で楽しませてもらおう...目が覚めるまで...
ゼンドゥが当然の様に隣の席に座る。何故かはしゃいでいる様で、子供の仲良しごっこを連想させる。
運ばれてきた飲み物を口に含んでみる。
「へぇ...美味しいじゃないか」
思わず呟くように声に出した。ゼンドゥに聞こえるかギリギリの小ささで。
紫色で一見ではぶどう酒かぶどうジュースかと思ったけれど、味はリンゴとマンゴーを混ぜたかの様な果実の味だ。悪くはない。
乾きは治った。
御馳走が運ばれてくる。他の人々も嬉しそうに近い席の相手と談笑しながら料理を口に運ぶ。一気に賑やかになってきた。活気が空間に満ちる。音楽隊が音色を奏で始める。
前菜...魚料理を食べ、肉料理。ここは現実の洋食フルコースと似ている。
奇妙な事に確かに好みの味付けで、苦手なものは一切なかった。元々好き嫌いは食材に関してではなく、味付けではそれなりにある方ではあったけれど。
いや奇妙ではないかもしれない。夢なのだから。ご都合展開などあり得ることだ。
ゼンドゥがニコニコと微笑みながらこちらが食べる様子を眺めている。自分の料理にはあまり手が付いていない。
ここだけ見れば帰省時に再会した祖父と孫が食事をしている様にも見えるだろう。会話の中身を差っ引いてだが。
「アル!!また会えて嬉しいぜ!」
突然、大勢が会話しているのを強引に押しのけるかの如き大きな野太い声で話しかけられた。
見ると身長2.5メートル...もしくは3メートルにでも届きそうな筋肉隆々でたくましい髭をたくわえたバイキングのような男が少し離れた席から笑顔でこちらに手を振っていた。
なんだあれは...小突かれただけで骨が外れそうだ。
「ちょっと!ライネル!アルはあたしたちの事を忘れてしまっているのよ!今はゼンに任せときましょうよ!」
ライネルと呼ばれた巨漢の隣に隠れていた小さな女性が声をあげる。
巨漢のせいでまるで姿が見えない。
「それもそうだな!お前の言う通りだ!
アル!また後で話そうぜ!」
巨漢はそう言って食事を貪り始めた。
ライネルと呼ばれた巨漢も、あの隠れた女性も自分を知っているらしい。
....一通り食事を済ませた。2時間くらいは経過しただろうか。自分の席を通り過ぎる人々に幾度も会釈をされ、話しかけられ、握手の求めに応じた。
緊張が緩み、身体が少しダルい。
普段見る夢では食事は味わえずに終わる事が多かった。それにこんなにリアルな感覚もしなかった。なんともリアリティのある夢だ。
まあ...こんなに都合の良いリアルな夢なら何度見ても良いだろう。都合の悪いリアルで苦しく長い夢を見る羽目にならず良かった。
誘われたからには応じたが、少々疲れたし1人になりたい。
「ゼンドゥ...さん。御馳走してくださって有難うございます。とても...美味しかったです。
それと申し訳ないのですが、ひとりで横になって休める場所はありませんか?」
夢の中で休むとは滑稽だけれど、とにかく1人になって考える時間が欲しかった。
夢にしてはリアル過ぎる。そして長い。
「おお...それはこちらこそ申し訳ございません。
既に用意はしてありますが、先にお伝えしておれば良かったですね」
なんだ、本当に至れり尽せりだな。
「これ...アルモニア様をお部屋へお連れしなさい」
「ハッ!」
あの若い男ともう1人別の男が応じた。どうやら彼らが部屋へ案内してくれるようだ。
席を立つと残念そうな目線を浴びた気もしたが、吹っ切るように歩き出した。
夢の中であればどんなに不躾な振る舞いをしても構わない気もするのだが、何故だかそうする気にはなれなかった。
まあ、必要もないし無理にするような事ではない。ただそれだけの事だ。
ホールから出て大きな廊下を案内役2名と歩く。
「お食事如何でしたか?」
若い男が話を振ってくる。
「ええ、あんなに豪華な食事...満足しないわけがないですよ。美味しかったです」
「それはこちらも光栄です」
もう1人の男も無言で頷く。
「あの、あなたを何とお呼びしたら良いですか?」
そう言えばこの男の名前を知らなかった。
「私ですか?...私はジュナク・マハールトと申します。マハールトとお呼びください。
もう1人はハサン・ゴードゥンです。ゴードゥンとお呼びください」
一体何語なのだろうか。会話は出来ているけれど。
「マハールトさんとゴードゥンさん、承知」
大きな扉の前に着いた。
マハールトとゴードゥンが扉に手をかけ開く。
見ると多くの書棚がある部屋だ。数千...数万...もしかすると数十万だろうか。
個人の部屋らしいのにまるで書庫か図書館だ。体育館2つ分くらいの広さだ。
とても静かで先程の騒ぎと対照的だ。
「奥に執務場とお休みどころがございます。御用がありましたら、壁のボタンを押すか、この笛をお使いください」
マハールトに笛を渡された。
扉が閉まり、1人だけになった。
「..........」
これでようやく落ち着ける。
本に興味もあったがとてもじゃないが把握しきれないし、どの様に分類されているのか分からなければ読んでも仕方ない気もして、書棚の本の背を軽く撫でるだけにして、取り敢えず寝床へ向かった。
寝床は目覚めた時に背中に敷かれていたのと同じ素材の敷物が置かれていた。ダイブしても十分受け止めてくれるであろう自分の身長の4倍くらいの厚みあるサイズで、これなら先ほどの巨漢も使う事が出来るであろう。
なんとも豪華。
寝心地はかなり良さそうだ。夢の中なのだが...
早速寝転がり目を閉じる...
奇妙な夢だがもうすぐ覚めるだろう。
多少楽しかったがこれで終わりだ。
意識が....遠のいていく。
.....
...
..
「...ねぇ起きてよ。寝ているの?」
意識が途切れていたのが急に引き戻される。
静かだがハッキリと通り、感情がこもった女性の声がする。
目を開けるとゼンドゥと話している最中にこちらを見つめていた例の黒い衣装の女性がいた。
「君は...あの時俺を見ていた...」
「そう、あなたを見ていました」
不思議な態度だ。親しくもあり、かしこまってもいる。
「これは...夢なんだろう?君も夢の登場人物なのか?」
「....そうとも言える。でも正確じゃないわ。
....アルモニア様、わたし本当に貴方様に会いたかった...そして、謝りたかった」
夢の中で夢の人物にこれは夢かと問いかけるとは、なかなかに面倒くさいシュールな夢だな。
なんだか複雑な事情がありそうだが、生憎俺はアルモニア様とやらの記憶はない。
彼女は子供として扱って欲しいと同時にひとりの特別な....たとえば恋愛対象としても....
ーって....
そんな馬鹿な。考え過ぎだ。
何かの間違いだ。
もしかしたら俺は果実ジュースではなく酒を飲んだのかもしれないな。
何かのご都合主義なコンテンツならまだしも、俺がその対象になるだなんて。
こんな複雑な感情を向けられるなんてぶっ飛んだ夢だな。
起きたら小説にでもしてみようか?文才は乏しいけれど。
「やっぱり忘れてるのね...!ちゃんと謝ることもできやしない!」
彼女が声を荒げ瞳を潤ませる。元から美しいが更に魅力が増したようだ。
よく見ると彼女は身体のラインがはっきりと分かる肌が透ける下着のような格好なので酷く欲情を刺激する。
....ハズなのだが、何故か興奮が達しない。
恋愛対象を可愛くて大事に思うと性的に意識出来なくなる場合もあると聞いた事があるが、そうではない。
なんだろう...自らの子供に対する親心のような感覚が欲に勝っているのですらなく、親心しか彼女に抱いてないのだ。
親心だと?初対面の自分より僅かに年上であろう女性に....親心?
黙っていると彼女が抱きついてきた。良い香りがする。
思わず受け止めて彼女の頭を撫でる。
そうだ。俺....私は、君は悪くないんだって慰めてあげたかったんだ。
立派に育ったねって褒めてあげたかったんだ。
私も君に、君達に会いたくて仕方がなかったんだ。
ようやく帰ってきたんだ。
記憶じゃない感覚が戻ってきた気がした。不思議だ。
彼女が俺の腕の中で嗚咽を漏らしながら子供の様に泣いている。
涙と鼻水が俺の服につく。
別に良いよ。夢だから。
続
次回 戻らぬもの 得たもの
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?