見出し画像

あの忘れじの映画音楽~~♪「ドクトルジバゴ」㊱

毎日投稿82日目

おこしやす~~~
ようこそいらっしゃいました~~~♪

忘れられない映画、その映画と共に音楽も忘れられない!
そんな心に残っている映画音楽を勝手に選んでみましたよー

「ドクトルジバゴ」

1965年公開
以下画像、「ドクトルジバゴ」予告編!
キャスト・紹介   (youtubeから引用させていただきました)

映画ワンシーン、つい引き込まれます!

撮影秘話・オマーシャリフ語る・・

#ストーリー
19世紀末のロシア。
ユーリー・ジバゴ(オマー・シャリフ)は、
医学の勉強を続けるかたわら詩人
としても知られるようになった。
幼い頃両親を失い、科学者グロメーコに
ひきとられた彼は、
その家の娘トーニャ
(ジェラルディン・チャップリン)を愛していた。
2人の婚約発表のパーティーの日、
近所の仕立屋の娘ラーラ
(ジュリー・クリスティー)は、
弁護士コマロフスキーの誘惑から
逃れるため、彼に発砲するという事件を起こした。
彼女は帝政打倒の革命に情熱をもやす
学生パーシャ(トム・コートネイ)を愛していた。
1914年、ロシアは第1次大戦に突入し、
ジバゴは医師として従軍した。
戦場で看護婦として働らくラーラに
再会した彼は、彼女がすでに
パーシャと結婚したのを知り、
自分もまた家庭を持っていたが、
ラーラへの愛をどうすることもできなかった。
それにパーシャは戦死したとの報告も入っていた。
その頃ロシアは内戦が激しくなり、
ジバゴはモスクワの家族のもとへ
帰った革命軍の手に帰したモスクワは、
飢えと物資の不足にあえいでいた。
ジバゴが革命軍のリーダーで、
義兄のエフグラフ(アレック・ギネス)に
初めて会ったのはその頃だった。
義兄の勧めもあって、
田舎で休養することにした彼は、
旅の途中で白軍のスパイと間違えられ、
赤軍の将校に尋問された。
この将校は、戦死と報じられていた
パーシャだった。
彼は変わりはて、
今や革命への狂信以外、何もない男になっていた。
ラーラとの愛も再燃した田舎での生活、
ジバゴにとっては幸せの日が続いたが、
ある日突然、
彼はパルチザンの1隊にとらえられた。
妻に2人目の子供が生まれると知り、
ラーラと別れる決心をした直後のことだ。
しかし彼は脱走し、
ラーラのもとに帰ったが、
2人の関係を知った妻が、
子供をつれて、パリに亡命したと告げられた。
今や亡命者の夫となったジバゴと、
すでに追放の身となっていた
パーシャの妻ラーラの前に、
コマロフスキーが現れた。
彼は2人に危険がせまっていると再三話し、
ついに身重のラーラをつれて極東に去った。
8年後、
ジバゴはモスクワの市街電車の中で
ラーラを見かけ必死に追ったが、
かねてわずらっていた心臓発作で
倒れ亡くなる。
何年か過ぎた。
エフグラフはダムの建築現場で
働く若い娘
(リタ・トゥシンハム)に出会った。
彼女は、ジバゴとラーラの間に
できた私生児だ。
彼は両親のことを話してきかせ、
ジバゴの詩集を贈りこう言った。
「彼の仕事は党には容れられなかったが、
詩を愛する人は彼を忘れない。
彼ほど詩を愛した者はいなかった」と。

感想・・・・ラストシーンでラーラの娘が背負っている
      バラライカ(ジバゴがラーラに渡したもの)が
      印象的で心に刺さりました!
                     何度聴いてもこのテーマ曲がステキ過ぎますね~~~♪

キャスト


オマー・シャリフ「ジバゴ

ジュリー・クリスティ「ラーラ

ジェラルディン・チャップリン「トーニャ

ロッド・スタイガー「コマロフスキー」

スタッフ

監督

デイヴィッド・リーン

原作

ボリス・パステルナーク


製作

カルロ・ポンティ


作品データ

原題
Doctor Zhivago

製作年
1965年
製作国
イギリス アメリカ
配給
MGM
初公開日
1966年6月18日
上映時間
197分

ドクトル・ジバゴ』(Доктор Живаго, 英語: Doctor Zhivago)は、ソ連の作家ボリス・パステルナークの小説。1957年出版。ロシア革命の混乱に翻弄される、主人公で医師のユーリー・ジバゴと恋人ララの運命を描いた大河小説。「戦争と革命の最中でも、人間は愛を失わない」内容でノーベル文学賞を授与された。「ウィキペディア」







いいなと思ったら応援しよう!